第14話 味覚と体毛

「おーい。そこのねーちゃーん!」

 ブチョウが手を振りながら叫ぶと、突然崩れ去った。


 どたどたとブチョウが外のスポーン地点から舞い戻る。

「ハァハァ……。こ、これはハラスメントに該当するのか……。

 もう残金が60㍱しかねぇ……」


「だめですよブチョウ。そんな呼び方じゃ」

 そう言って、ブチョウに説教する。


「こういうときはですね……。」

「すみませーん。そこの可愛いおねーさーん!」

 立ち上がり手を振りながら叫ぶと、やはり崩れ去った。


「ぶ、プアァ……! また初期スポーン地点かよ!」

  :

  :

(5分後)


「ハァハァ……。お、おまたせ……。キュートの方がよかったのかな……」


「まったくもう二人ともダメだよ。」

「ここに呼び鈴あるんだからこれ使わなゃだめだよ」

 ユウは二人に説教する。


 ミーナが髪をかき上げながら俺のほうを向いて言った。

「やれやれ、シンがなかなか帰ってこないから、シンの分まで注文しちゃったよ。『ダイナャマイトハンバーグ』のAセットとライス大盛と、あとエナドリで良かったんでしょ?」


 ミーナの目に視線を合わせてお礼を言った。

「ありがとうミーナ。よくエナドリ付きって分かったね……」


「ほらあんた、いつも机に空き缶並べてるじゃない。それくらいわかるわよ。まぁ今回は面倒だから全員分頼んだんだけどね」

 ミーナは少し顔を赤らめて、視線をそらすように言った。


 しばらくするとオレンジと黒のメイド服を着たウエイトレスが配膳ワゴンを押してきた。


 まず、ワゴンからは透明のビールジョッキのようなものを取り出した。

 その器は表面に細かい水滴が滴っており、その水滴からはうっすら白く煙が出ている。それはこの透明の器が極度に冷えていることをさも主張しているかのようであった。

 器には、大き目の氷が入っており、カランカランとまるで雨粒に打たれるガラスの風鈴のように高い音が鳴り響き、小気味よいシュワシュワとした音を立てている。そしてその中には薄い小麦色の液体が注がれていた。


 まず、それが各人のもとへと運ばれ、次々に配膳されていく料理たち。

 白の器には、レタス、ケール、薄くすらスイスされた玉ねぎ、白いドレッシングに薄いペールオレンジの細かい粒が見えた。白いスープカップはあたたかな湯気を立てている、その中には真っ白なスープと、散らしたバジル、クルトンと思われるものが入っていた。

 白く縁に金装飾している平たい円盤状の器には、ライスが……それは1粒1粒がまるで純白の真珠のようにつやつやと光っていた。

 最後に、鉄製の厚い器に、蒸かしたジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーのようなもの、そして、中心には表面が網状に黒く焦げた真ん丸のハンバーグが乗っており、ジュウジュウと音を立てている。

 眼前にテーブルの上にその鉄製の器が置かれると、ウエイトレスが銀色の刃先のギザギザしたナイフと長いフォークを取り出した。

 フォークを少し焦げた肉の表面に立てその肉塊を押さえると、ギザギザのナイフの刃先が肉の表面に『プッ』っと刺さり、その刃先からはうっすらと黄金色の液体が漏れ出る……。

 そしてそれは滴り落ち、加熱された鉄の器に達すると、まるで滝壺に落ちる水を見ているかのように跳ねる。

 ――ジュウゥゥ……!

 あたりには、なんとも言えない肉の匂いと白い煙が立ち込める。ウエイトレスはその肉塊を、手早く切り開いていく……。肉の断面はから再び肉汁が漏れ出る、肉塊をちょうど半分にするとワインのように赤い断面を、鉄板の下にするようにして2個に分けた。すると今度はワゴンに手を伸ばし、薄い茶色の大根と玉ねぎをすりおろした様なものをかけ、フォークとギザギザのナイフで肉塊をそっと押さえつけた。

 ――ジジジュウゥゥ……!

 肉汁と、うす茶色のソースが合わさりより一層音を立て、鉄板の上で踊っている。

 最後に油が跳ねないようにと、肉に触れぬようドーム状の透明の紙のようなものをかぶせた。


 一同は、その様子を、ただただ息をのみ、観察している。


 ――ゴクリ……

 一同は思わずつばを飲み込んだ。


「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか。それではごゆっくりしていってくださいね」

 そう言うと、ウエイトレスはにっこり笑いガラガラとワゴンを押して立ち去った。


「おおー。なかなか良いクオリティだな!」

 それを見たブチョウは適当に言っている。


「や、やばいですね……これ……。現実以上じゃないですか……。何より匂いが凄いのなんのって……」

 そんなブチョウをよそに思わず言葉がこぼれた。


「わたし何度も『ダイナャマイトハンバーグ』食べたことあるけど、

 これはちょっとやり過ぎなんじゃないの……」

 ミーナは両手で口をふさぐと、おどろきの表情を隠せないでいる。


 そう言って、おもむろにグラスを持ち、音頭を取るブチョウ。

「とりあえず。これからの皆の働きと健康祈って乾杯するか! ほらグラス持て」


 一同は、グラスを手に取ると、言った。

「カンパーイ!」

 そして、手に持ったグラスを口に運ぶ……。


 苦味はほとんどない、癖のないわずかな甘みと、極限まで冷え、グラスの縁で踊る炭酸がのどを刺激しながら潤していく。


「うっ、くうぅうぅぅぅ……! フハぁ!」

 耐えられないほどにこぼれる幸せの叫び。


「こんなもの今まで飲んだことないですよ! 

 いつも買ってくる、コンビニの数倍……、いや数十倍はうまいですよこれ!」

 思わず言葉を漏らした。


 ユウは頬を赤らめ、愉悦の表情で言葉が漏れた。

「わ、わたし、止まらなくなりそう……」

 ミーナも頬を手で押さえ驚いていた。

「こんなに美味しかったのコレ!? 癖になりそうなんだけど!」


 一方ブチョウはというと、

「んー。普通じゃね?」

 と言いながら何の感想もなくグビグビのんでいた。


「さてと、肉から食べると太るから、アプラ跳ねが落ち着くまでサラダから食ようかなっと……」

 ユウはそういうと、手を合わせ「いただきます」と言うと、サラダを食べ始めた。

「わ、わたしもそうする!」

 焦りを隠せないミーナもフォークを手に取りサラダを食べ始める……。


――もぐもぐもぐ……


 そのきめ細かい白いソースには、新鮮なオリーブの香り、わずかなクルミの甘みと、程よい塩分と酸味。

 二人とも目を丸くして驚いている様子である。

「ブチョウ! なんか現実のものよりおいしい気がするんですけど!」

 ユウが左手で口をふさぎながらに言う。


「そりゃあ、あれだよ。お前らしてないからだろ。

 体を限界まで動かしたあとは、何食ってもウマいん……だャビョウ!」

 ブチョウは手に持っているフォークで二人の方を《ピッ》と指さすと、崩れ去っていった。

 再び、外から舞い戻るブチョウ。


「ブチョウ、それはあまりよろしい行為とはいえないですよ……」

 例のスポーン地点からブチョウが舞い戻るなりスープを食べながらに言った。


 クルトンとその白い液体を掬い口に運ぶ。

 口の中にジャガイモのさっぱりとしていて、コクがある味わい、カリッとクルトンの香ばしい食感が口の広がる。

――もぐ、ゴクッ……


「うっ。くぅうぅ……」

 なんて旨さだ。手で口をふさぎ声を漏らし、そのまま《ごくごく》とスープを空かし飲み干した。


「ふはぁ……! 最高ですねこれ! 

 こんな美味しいジャガイモのスープなんて初めて飲みましたよ!」

 思わず顔を上げた。


 ブチョウは俺の方見て少しあきれ顔である。

「まったく、こんなのいつものだよ……、でもちょっと薄いかな……?」

 首をかしげながら言った。


 ユウもミーナもスープに口を付けると驚いた。

「す、すごいこれ……、なんどか口にしたことはあったけど

 こんなにもまろやかで味わい深いのは初めて!」

 思わず驚くミーナ。


 ユウは、スープを片手に言った。

「まだサラダまでなのに、こんなに完璧でおいしいなんて……! 

 お肉なんてたべちゃったらどうなんだろう……」

 ユウはそんな未知に対する不安と喜びが隠せないでいる。


 そういって、ハンバーグに掛かっている透明の紙を外した。

――シュウゥゥゥゥ……


 切った直後とは異なるうす茶色のたれと焦げた肉汁、ニンニク混じり濃厚が匂いが漂ってきた。

「ふうぅぅ……! なんていいい匂い……」

 ユウが言葉を漏らす。


 ナイフを持ち、ゆっくりとその肉片をキコキコと切り分け、滴る肉汁とともにゆっくりと口へと運ぶ……。

「んんんんーーーーっ!」

 ユウは口を両手でふさぎ眉をハの字にしながら愉悦の表情になっている。

 口に入った柔らかい肉は噛みしめるたびに、肉汁を出すが獣臭さは一切なく、うす茶色の玉ねぎと大根のタレと混ざる、わずかなコショウとニンニクも、まるで彼らに出逢うのが運命化のように、口の中になんとも言えないハーモニーを醸し出す! 


――もぐ……、もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……ゴクッ……


 その肉をずっと舌の上で味わっていたい、まだ喉の奥に入れたくない、そんな感じを永遠の時の中で味わっていたい、そんな感覚に襲われる。


 ユウがの目は酔っぱらったかのような愉悦したような表情になり、頬も耳も赤くして言った。

「も、もうだめぇ……! こ、こんなに美味しいのずるいよ、ずっと食べていたい!」

 そういうと、また肉を切り分け、口へと運ぶ。


――もぐもぐ……


 そして、つやつやと立ったライスを口へと入れる。

 口の中でひと噛みひと噛みするたび、口の中のごはんと唾液とが出逢う、それは必然であり偶然ではない。ライスに含まれるでんぷんは、唾液のアミラーゼと出逢い分解され、それが優しい甘みを醸し出す。そしてそれは肉汁とも出逢うことで、かつてないほどの痺れるような旨味となって口の中に広がる―


「んんんんんんんんっ!」

 再び声を上げながらガツガツと食べていくユウ。

 職場でもこんな姿は見られない。


「やばいよ、これ、このクオリティ……

 なんだか知らないけど味も見た目も匂いすらもすべての次元を超越してるんだよ!」

 興奮して声を荒げるユウ。


「AIが完璧にまで調整したんかね……。コレ……」

 そういうと、俺もミーナも肉を切り分け、口へと運んだ。


「んんんんんっ!」

 口に肉を含みながら絶叫する。


 やばいやばいぞ! これは……! 

 永遠に食っていられる! いつも食っているやつとは次元が違い過ぎる! 

 こんなにも、こんなにもウマいとはヤバすぎるだろ! 

 蒸かしたジャガイモも、ニンジンも絶妙な蒸かし加減であり、少し焦げたブロッコリーは肉汁とタレが混ざり、さっぱりとした肉のような味へと変貌したのである。


 そんなことを、おもいなが一同はガツガツと食っていく。


 そして、皿に何も残らず全て胃袋へと消えていったのである。

 ブチョウを除いては。


「いやぁ、食った食った……」

 ブチョウはどれも中途半端に残している。


「なんか全体的に味が薄くなかった?」

 ブチョウがぽつりと言った。


「いや、そんなことないですよ! 最高にウマかったですよ!」

 息をまくブチョウ以外。


「そ、そうか? いつものよりかなり味が薄かったんだよなあ……。

 味の完全再現は無理だったか……」

 少し寂しそうにぼやくブチョウ。


 ウエイトレスがワゴンをガラガラと押してきた。


――カチャリ……


「食後のコーヒーです。どうぞ」

 そう言うと、食べ終わった食器を片付け初め、それと引き換えにコーヒーと1枚の伝票を置いていった。


 このコーヒーもとんでもないことになってるのかな。

 そんなことを思いつつ、皆、おそるおそる口に運ぶ……。


――! 


「ふつうですね……」

「ふつうだね……」

「ふつうね……」

「白湯かよこれ……」

 ブチョウだけ感想が違った。そういうなり

「しかしまぁ、この世界は公共の場が一番危険なんじゃないのか? 

 下手なことやると身が持たんからある程度寛容にしてもらえるよう修正報告入れておくか……。

 60㍱しかないし……」

 そういうと、コーヒーをずずっと啜りはじめた。

 そんな中、先ほどのブチョウの発した言葉に妙な違和感を覚えた。

 横を見るとノースリーブのブチョウいる。

 ブチョウは常に腕が露出しているわけだが、改めて見ると明らかにのだ……。

 さっき、ブチョウの残高は60㍱と言っていた。そしての前も60㍱と言っていた。味も薄いとか言っている。

 つまり導き出されるのは―もしかして、体毛や感覚などがペナルティとして持っていかれたって言か!? 


 はっとした様子で席を立ちあがり、ブチョウの後ろに回り込む。

 そしておもむろにブチョウの髪を少しかき分ける……。


「お、おい! 何をするんだシン!」

 ブチョウが頭を振って、逃れようとする。


 ……! 


「ぶ、ブチョウォ! け……、毛が無くなっていますよ! 

 ここが、ここの毛が円形に無くなってますよ!」

 思わず叫んだ。


「ちょ! えっ、なに!? マジかよ……」

 そう言われるなりブチョウの顔は青くなり慌てている様子であった。


 少し沈黙した後、何かを思い出したように口を開いた。

「って、あぁ……。なんだそこかよ、そこは元からだよ。ストレスで抜けてるんだよ」


 安堵の表情に戻り、コーヒーを呑もうとするブチョウ、自分の手が視界に入るなり、その異変に気付く。

「俺の腕毛がああぁぁぁぁぁぁ! 

 み、見ろ! こ、こんな。ゆで卵みたいにツルツルの腕になっちまったじゃねーか!」

 絶叫する部長。再び顔が青くなったと思ったら、はっとした表情で言った。

「ち、ちょっと、トイレ行ってくる……」

 そう言い残すと、食事そっちのけでトイレへと行くブチョウ……。

 俺も気になったのでブチョウについていった。


 ユウとミーナは談笑しながらコーヒーを嗜んでいる。


 ブチョウと俺はすぐに戻ってきた、そしてほっとした安堵の表情で席に着いた。


 そんなうちらにミーナが突っ込む。

「なんだか知らないけど大丈夫だったみたいだね!」


 そんなミーナにセリフを聞くなり、ユウは顔を赤くしてうつむいていた。

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