第13話 ヒーラーと18番ホール

そんなこんなで、再びギルドで合流し、奥の方にある食事スペースに移動する。

雲間から差し込む黄金色の西日が室内を温かく照らしており、もう夕暮れが近いことを告げていた。


「今日はいろいろな事がありすぎて大変だったね……」

ユウが食事スペースへと歩きながら言葉をこぼした。


「はぁ……、こっちに来てからというもの色々な事がありすぎてバタバタしてたもんね……」

疲れた様子でため息交じりにミーナも言う。


「初期の世界崩壊から始まって、転職とクエスト、スキルの確認調整まで結構ハードだったな……」

両手をだらりと下げとぼとぼと歩く。


「お前らは良いよ、お前らはさ。

 俺なんてこっちに来てから体感で何日ここにいるかわからないんだぞ。

 こちとら無限とも言えるような停止した虚無の時間過ごしてきてるんだよ。

 だから今日が初の1日なんだよ」

と、よくも分からない事を言っているブチョウ。その割に元気である。


「そういやブチョウ? その両腕の無いボロボロのスーツとワイシャツはいい加減替えないんですか? 

 ちょっとワイルド過ぎじゃないです?」

――よっこらせと声を掛けながら椅子に座った。


――ぶおぉぉうぁあああぁぁっしょいと声を出しながら足をブルブルと震わせゆっくり着席した。

「ふうぅ……。袖が落ちちゃったのは残念だけど、俺はスーツが好きだからいいんだよこのままで。

 それにこっちじゃ現代的なものも無いしな。

 それよかお前はどうなんだよ。女性陣はちゃんと職業イメージしておしゃれしてるってのに、

 シンのそれはどう見ても普段着だろうが。ちゃんとアバター設定しなかったのかよ」


どうもブチョウは自分の事はどうでも良いのに他人にはちょっと口うるさい。

もちろん仕事もだが。


「いやもう、こういっちゃ何ですけどね。

 課長の世話ばっかりでアバターの設定とかそんな時間ちっとも取れなかったんですよ。

 あの人、すぐ俺に聞いてくるし、教えてもメモとらないし。自分で調べようともしないんですよ……」

と、愚痴り始める。


後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

「なんか言ったか藤井?」


ハッとした表情になりとっさに後ろに振り返った。

「うわぁ! ビックリした! なんでこんなところに課長が居るんですか!」


「なんで居るんですか? じゃないよまったく……。専務に1階上にあるゴルフの打ちっ放しに、こっそり行ってることがバレて怒られてさ。その流れで部長が行ってるんだから、お前も行って働いてこいって言われてこのザマだよ。本当はモニター室でゆっくり茶を啜っていたはずなのにさ……」

「こんなの部長だけ行かしておけば良いんだよ」

両手を額に付けてテーブルでぼやく課長。


何があったか知らんがそういやこの人(課長)も袖なしスーツなんだな……。


するとブチョウが課長の方を振り向き苛立ちを隠せない様子で、半笑いで課長を見た。

「ほう……。仕事を部下に押しつけてゴルフねぇ……」


「ぶ、ぶぶぶ部長ォ!? 何時からそこへ!」

椅子から転げ落ちそうになるくらいビックリする課長。


「藤井こと、シンといるときからだよ全く……。ったく、これだから、『鈴木』は……」

ブチョウは片腕で頬杖付きながら、『鈴木課長』の方を見て言った。


「あ、そうそう。さっきカウンターのねーちゃんから聞いたんだけど、ちゃんとハンドルネームで呼ばないとペナルティらしいから注意だってさ」

水を啜りながら鈴木課長は言った。


「え。マジで!?」

ブチョウが目を丸くして驚く。


「うそうそ。まぁどっちみち俺のハンドルネーム『カチョウ』だから。関係ないんだけどさ」

右手の親指を立てブチョウに向けた。


はっはっは。という乾いた笑いが響く。


「そりゃそうと、なんでまたお前までスーツなんだよ」

ブチョウは呆れたようにカチョウに言った。


「そんなの時間が無かったに決まってるだろ。所詮αだし適当でいいんだよこんなものは」

少し投げやりな感じでブチョウに言った。


すると、ブチョウが立て続けに訊いた。

「そういやお前、飯食ってるってことは金あるのかよ? サボらずちゃんとクエスト消化したってことか?」


「当たり前じゃないですか、ちゃんと、ほら、ヒーラーになってばったばったと敵を倒しまくってますよ」

そういうカチョウの背中には1本のゴルフクラブがちらりと見えた。


「おまっ、おまえ、ヒーラーなのにゴルフクラブで戦うのかよ」

すかさずブチョウが突っ込む。


「けっこう良い運動になりますよ。こんな野っ原でフルスイングしまくれるんですから。ヒーラーなら疲れたなぁって時、フルスイングしながら回復キメられるんですよ! あとアレですよ。ラフに玉いっちゃっても、ファイヤーで焼き払えるんですよ。サイコーじゃないですか!」

息をまくカチョウ。


「カチョウ……、お前何しに来てるんだよ……。異世界来てまでゴルフやってんじゃねーよ……。ヒーラーの職業どこ行ったよ」

若干あきれた様子でブチョウは突っ込んだ。


「まぁまぁ、異世界の18番ホールは……、俺が攻略してやりますよ!」

そう言って指を立てると、トレイに食器を載せて、奥のカウンターへと消えていった。


(異世界の18番ホールってなんだよ……)

皆、頭を抱えていた。


「さて、アホなカチョウは置いといて、うちらも飯食うか!」

ブチョウは、テーブルに置いてあるメニューペラペラとめくっている。

「なにがあるんですかね……」

俺も皆もペラペラとメニューをめくっている。

そしてこの当たり前の行為に疑問が沸いてきた。


「ブチョウなんで異世界にファミレスがあるんですか?」

ミーナが突っ込んだ。

俺も思ったなぜファミレス、『ドャニーズ』があるのかと。


頬杖を突きながらあきれた様子で言うブチョウ。

「はぁ? あるに決まってんだろ。ここは俺担当だぞ。『ドャニーズ』好きなんだよ」


「ブチョウ、俺ちょっと目安箱に投書してきますわ……」

俺、ユウ、ミーナは立ち上がると、入口付近の目安箱に行こうとした。


あわてて立ち上がり懇願する部長。

「悪かった悪かったよ! ちょっと、ちょっとだけでいいからこの『ダイナャマイトハンバーグ』だけ残して置いてくれよな! なっなっ!」


「『ダイナャマイトハンバーグ』だけですよ……。とりあえず、投書してきますんで、明日を楽しみにしててくださいね……」

そう言うと紙に詳細事項を書き、投書した。


テーブルに戻るなり頭を抱えているブチョウにユウが声をかけた。

「ほら、今日はいろいろあったし現実を思い出してブチョウの好きなもの食べましょ」


「そうだな、俺は『ダイナャマイトハンバーグ』のAセット、ライス大盛にするわ!」

子供のようにはしゃぐブチョウ。続けてミーナもメニューを見ながら言った。

「わたしもお腹すいちゃったし、ブチョウと同じのでいいかな」

ユウもそれに被せるように。

「わたしもそれにするー。でもライスは普通ね」

と言った。

俺はペラペラとメニューをめくりながら、『エナジードリンクRiver』があることに気づく。

「面倒だから俺もそれにして、プラスドリンクをエナドリにしますわ。ブチョウのおごりなんですよね?」


「あぁ構わんぞ今日は給料入ったばかりだからな!」

そう言いながら内ポケットを弄るブチョウ。

「あ、あれ? 財布……」

内ポケットに財布がないのだ。というか、財布など初めから存在する訳がないのだ。

「ブチョウ、ここ異世界ですよ」

俺は、ぽつりと言った。


「し、しまったああぁぁぁぁ! ちとまて、金の管理はどうなってるんだ!」

オロオロと慌てるブチョウ。


「お金は、銀色のカードあったじゃないですか、あれの右下に親指あてると、現在の所持金出ますよ」

あきれた様子で、ブチョウに言う。


ブチョウはカードを取り出し、その銀のカードに親指を押し当てた。

「お、マジか……。どれどれ……いくら振り込まれているんだ?」

------------------

残高:120㍱

------------------

カードに表示される、120㍱を見て、ブチョウが言った。

「おっ。なんだこの120㍱って……」


俺は、すかさず言った。

「120㍱ですよ」


手を横に振りながらブチョウが言う。

「いや、そうじゃなくて」


再び、ブチョウに説明する。

ヘクトパスカルですよ。単位が適当すぎるのはいささか気になりますが㍱ですよ」


手を横に大きく振りながらブチョウが言う。

「いやいや、それでもなくて、俺の所持金がなんで120しかないのかと訊いているんだ」


頭に手を当てブチョウに説明した。

「そりゃあ、ブチョウ。あれですよ。

 報告した後ハラスメントでペナルティ受けてたじゃないですか」


驚いた表情で、ブチョウが聞き返してきた。

「あ、あれやっただけでそんなに金取られるの?」


俺は、テーブルのメニュー片付けながら言った。

「NPCに触れるのはご法度のようですね。変な想像と変なところ見るだけでも結構持っていかれますから……」


ミーナとユウがセルフのコップに水を注いで持ってきてくれた。

(ありがとう、ユウとミーナ)

俺は小声でお礼を言った。


「えっ。じゃあお前いくら持ってるん?」

コップの水をずずっとすすりながらブチョウが聞いてきた。


カードを見ながら言った。

「俺ですか、俺は500㍱ですよ。エナドリ2本はいけます」


ブチョウは驚いた表情で訊き返してきた。

「えっ……。ミーナとユウは……」


ユウは、ゆっくりと口を開くとカードを見て言った。

「50,000㍱です……」


「……。お、俺水でいいわ……」

ふさぎこむブチョウ。

「あっ、俺も水でいいです……」

そういうと、頭を抱えふさぎこむ。


ユウが俺とブチョウの肩を叩きながら言った。

「まぁまぁ、元気出してよ二人とも。うちらがお金出しますから! ねっ。ミーナ」

そういうとミーナの方を振り返るユウ。

「今日だけですからね。これに懲りてシンもブチョウも変なことしないでくださいね」


「ご、ごめんな……」

「す、すまんなお前たち……」


そう言うと、ブチョウの好物である『ダイナャマイトハンバーグ』を注文した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る