第11話 1分しか保たない

 なんとかブチョウとミーナだけで1,000匹以上のスライムを処理することに成功。

 俺はというと、殆どがスキルのテストで、ユウはMPが回復するのを待ちながら、ブチョウたちを遠めに見ながら歓談し、定期的にヒールをかけてくれていた。


 向こうからブチョウとミーナが駆け寄ってくる。

「おーい。スライム1,000匹くらいぶっ倒したぞー」

 粘液まみれのブチョウは近づいてくるなりその粘液を俺に向かって飛ばしてきた。


 ――ヒュッヒュッ

 手を振るブチョウ。


「ちょ。やめて下さいよブチョウ。さっきの葉っぱは偶然ですって」

 左手で顔を守るように防ごうとする。


「やれやれ、バットの用途がバッティングじゃなくて、敵を懲らしめる用とはな……。流石にこれだけの量を倒すのは骨が折れるわ……」

 その場にドカッとあぐらをかいて座り込むブチョウ。


 ミーナもユウの隣に座ると両手を後ろに付いて休んでいる。

「はぁ……さすがに疲れたわね……。会社でデスクワークしてるよりは、久しぶりになんかこう健康的な汗かけたみたいだけどね。シンもユウも熟練度上がった?」


「私は死にかけのシンでヒールの練習しかしてないかなぁ。ちょっとずつだけど、シンの死ぬ間隔が長くなっていった気がするの」

 そう言うとユウは足を伸ばしミーナと同じように両手を後ろに付けた。


「俺はサーチしまくって、リソース消費量の少ないもの集めてまとめたり、何度も死にながらオブジェクト置換や召喚、機能とか特性を調べていたけど、現段階ではさっきの大岩が+0……5秒くらい長く置換できるようになったくらいかな……」

「はぁ……。まだまだ、熟練度が足りないようだ……」

 ため息交じりに語った。


「とりあえず。とっとと報告してきましょう。もう、みんなクタクタですよ」

 『はァ。どっこらせ』というかけ声と共に立ち上がる。


「おっさんかよ」

 ブチョウがすかさず突っ込んだ。


「ブチョウも十分おっさんじゃないですかっ。と」

 服に付いていた粘液をブチョウに投げつける。


 頭だけ横に動かし粘液をスッと軽やかに避けるブチョウ。


「俺はなぁ、立ち上がるときに、そんな爺くさい『どっこらせ』とか『どっこいしょ』なんて使わんからなー」

 と言うと、右手のバットを垂直に地面に立て、両手でバットにすがりついた。


 立ち上がろうとするブチョウの膝はガクガクしている。

 その様子は生まれたての子鹿が初めて地に足を付け、立ち上がろうとしているかのようにも見える。


 ――ぶぅぅるるるるおぁうあぁぁぁあァらっしょイ!

 謎のかけ声を出してなんとか起き上がった。


「ブチョウの方が酷いですよ! 『どっこらしょ』の方がよっぽどマシですよ!」

 思わず突っ込んだ。


 やっとの思いで立ち上がったブチョウは、腰をたたきながら苦悶の表情を浮かべている。

「あいたたた……。仕方ないだろ、久しぶりに慣れない運動してるんだし。

 こちとらミーナと違って、畑をくわで耕しているような動きしてるんだからさ」


 ミーナも腰をさすりながらに立ち上がった。

「そ、そんなこと無いわよ。わたしだって常に投球してるようなもんなんだからね。

 わたしはどらちかと言うと、腰よりも肩の方がつらいわ……」


 みんな疲労困憊ひろうこんぱいである。


 俺は手を頭の上に延ばし伸びをした。

「よーし、それじゃ特別にできたてほやほやのスキルを試してみますか!」


 ブチョウの腰に左手をかざし詠唱する。

「いくぞォ! サモンオブジェクト! スロットナンバー002!」


 幾つもの青い粒子が、ブチョウの腰に集まりそしてその光が長方形になる……


「うひゃあ! なんか冷たいぞシン!」

 ブチョウは声を挙げ。シャツの下に凄く冷たい何かが張り付いたような感じに襲われた。


 成功と言わんばかりに、ぐっと拳を握りしめた。

「よし! 冷感湿布召喚成功!」


「くっうおっ。こんな使い方もあるのか……」

 冷たさにもだえるブチョウ。


「ふっふっふ。実はですね。例のスライムの粘液とミーナの冷気魔法の霜とその辺のヨモギっぽい草、俺の靴の中敷き、靴底と接着剤を解析して組み合わせて登録してあるんですよ!」

 少し興奮気味に説明した。


「ちょっ。なんかそれ汚くないか!? よりにもよって靴の中敷きとか使うなよ……。しかも何だよその草……」

 引くような目でこちらを見るブチョウ。


「大丈夫ですよ。材料を細かく分解して各IDで組み合わせてるだけですから、スライムの粘液と霜、靴底のにかわを7:2:1の割合で混合し、それにその辺の草をスパイス的な感じで少々ブレンド、それを極限まで薄くした中敷きの布部分靴底のゴムをブレンドして配合することにより……、パャッブビョゥ!」


――ドシャア

 変な声と共に体が崩れ去った。


――シュゥゥ……

 再び構築されリスポーンする体。


 再生が終わるなり興奮気味にブチョウに説明し出した。

「そんな訳で、概ね湿布のような柔らかい感触と冷たさが長時間保持できるって訳ですよ!」


 そして、暗い表情で下を左手を見るなり、

「……まぁ、1分しか持ちませんがね……、俺の体が……」

 ぽつりと呟いた。


 ブチョウも暗い表情で口を開いた。

「シン……、それ、湿布の意味あるのか……?」


 ブチョウから目をそらすように明後日の方向を見る。

「ごめんなさい……。いまのところは……」


 ブチョウもうつむいたまま。

「そうか……」

 そう一言言うと、沈黙したまま歩き出した。


 その空気を割るように明るい声でユウが励ました。

「はいはいはーい! そんな暗い顔しないで、おなか空いてるんだし、報告してお金貰って、美味しい物たべにいこうよ!」


 沈んでいたブチョウの表情がパァっと明るくなる。

「そ、そうだな! みんなで美味しいものでも食べに行こうか! 俺のおごりだ!」


 そんなブチョウをよそに、ふとした疑問が沸いた。

 おなか空いてる……? 美味しい物? おいしいもの? 

 ゲーム内なのに空腹とか食事とか生理現象とかあるんだろうか……。

 というか確かにお腹が空いてきたのだ。


「ちょ、ちょっとブチョウ? これってゲーム内なんですよね? おなかとか空いたりとか、尿意便意とか大丈夫なんですかこの世界?」

 ブチョウの方を見て訊いた。


「あっ……」

 と、一言だけ言うと、シンから目を背け、先ほどより暗い表情になった。


「ちょ! ブチョウ! やっぱり中途半端に転生してるんじゃないですかコレ?! よくよく考えると雑草の青臭さといい、スライムの臭気だってそうですし、粘液に至ってはところてんと生卵の白身だけをブレンドしてグチャグチャにしたような

ドロッとした何とも言えないテイストと舌に乗せたときのカカオ99%みたいな泥のような苦みもありましたよ!」


 ブチョウは数秒の沈黙の後、何か吹っ切れたかのように。

「あはははっ。とりあえずおいしいものたべにいこっかー!」

 そう言って、走り出した。


「ブチョオォォォ! 絶対何か隠してるでしょ! ブチョオォォォォ!」

 シンの叫び声が、草原にこだました。

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