第5話 バグの報告は落ち着いて

 街は、ロールプレイングでありがちな中世レンガ造りで構成されており、露店なども出ている。

 さすがに街と言うだけあって、人は多い、NPCと現実の人間の区別はそうそう付かない。

 人種は様々で、ありがちな耳の尖っている人やヒゲを生やした筋骨隆々な小さなおっさん、あとこの世界にマッチングしない我々と同じような普段着やスーツ姿の人も居る……。


 あれ……社員だよな。


 例の矢印の下に向かって走っていると、所々でNPCらしき人や、社員ぽい人もガクガクしている。

 もちろん、うちらも。


 走っていると日野が脱落した。

 真っ先に走っていった先で足を滑らし、建物の曲がり角で頭と手が建物に触れ、スタックしたのだ。

「俺を置いて先に行ってくれー」

 と言う声が聞こえた。振り返ると半身が建物にさらにめり込みガクガクし始め停止した。



 その建物は、白くビルのような……、

 いや……ビルそのものであり、10階くらいの構造物であった。


「どこのオフィスビルだよ……」

 心の声が漏れた。


 デカい矢印の影響で建物の下は凄く暗かった。

 どこぞのオブジェクトをコピーしたのか、テンプレートから引用したのか解らないが、設定がキャストシャドウ*になっているようであった。


キャストシャドウ*: 光に照らされた物体によって、その先の別の物体の上に落ちる影のこと。設定が《有効》になっているとその物体の影が他の物体に投影される。


 その構造物に近づくと1階部分は壁が殆ど無く、総ガラス張りに近い。

 観音開きの扉を開け中に入ると、なんとも言えない開放感があった。それもそのはずである建物全て吹き抜けであった。

 天井は遙か上空にあり、蛍光灯らしきものが僅かに見える。

 職員らしきNPCを探そうと見渡すと、不自然に並んだ幾つもの柱とカウンターらしきものだけは前方にうっすら確認出来た。

 異様な光景はそれだけではなく、多数のNPCがガタガタ小刻みに上下に震えつつ徘徊しており、それはまるでゾンビ映画のワンシーンのようであった。


 地獄かここは。


 職員は入口から真っ直ぐ進んだところに居た、ビジネススーツを着ているオフィスレディらしき人に息を切らしながら声を掛けた。

「はぁはぁ……。ば、バグの報告は修正はどこで行えばいいんですか……」


 職員はにっこり笑うと

「入口左手の階段を上がったと2階にある端末で報告を行ってくだサい。報告が適切であれば受理され、AIがそれに基づき自動的にし(42hdjr……」

 と言い固まった。


「す、すみません。2階から先が無いんですが……どうすれば……」

 訊くなり揺さぶってみるが、職員は笑顔のままで刮目し、固まっている。


「くっ、ダメか!」

 思わず不満を口に出す。


 その一方で、入口できょきょろと見まわす高橋さんが、端末を発見し指を差している。

「もしかして、あの柱みたいなやつじゃない? 柱の先の部分が光ってるみたいだし」


 不自然に並んで居たのは柱ではなく、端末であった。


 それは高さ6mくらいの金属性の柱で、太さは2mくらい、つまり横幅だけで自分の身長分くらいはあった。

 それが1……5m間隔で均等に4本ほどあり、地上から5mくらいの位置が煌々と光っていた。


 端末をよじ登ろうとするが、端末が太すぎるせいか、掴める場所がなかった。


 佐藤さんは、じっと柱を眺めるなり提案した。

「この太さじゃ抱き着くようにして上るのは無理そうね……。端末の間を手と足を突っ張るようにして登ったらいいんじゃない?」


 俺は、すかさず柱の間に入ると、子どもの頃家の廊下でやっていたように、手と足を大の字にして突っ張った。

「そうだな、とりあえずその方法で試して登ってみるか」


 もくもくと端末の間を登っていく。

 上まで登ると両足でバランスを取り、右手で端末の画面を触った。

 とりあえず現状のオブジェクトがスタック・融合するなどの不具合を入力した。

 続けて幾つもの不具合と部長のイタズラらしき事例を入力していった。


 どこからともなく音声が響く

「システムはこれヨヨり360秒後ニ再起動されまママママ……」


「くっそ。なんでこのタイミングで再起動なんだよ。しかも、音声壊れかけてるし」

 そんなことを考えながら、苦しい姿勢でさらに入力していく。


 そして、最後の項目を入力し確定を押すと、モニターの画面にプログレスバー出現し処理状態が更新されていく。


 ――49%――64%――97%――89%


 コンソールの処理状況は100%を見ることも無く『89%』で停止し画面が消えた。

 そしてその時であった、つっぱっていた足が、突然端末をすり抜け、体が地面に落下してくような感覚になる。

 目の前が真っ暗になったかと思うと、深い闇に飲み込まれるかのように、意識が遠のいていった……


――

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