3.6.次手


 思ったより静かに目が覚めた。

 目を開けて上体を起こしてみるが、周囲の様子は眠りについた時とさほど変わっていない。

 半刻も経っていないのではないだろうか。


 すると隣からガチャガチャとやかましい音が聞こえた。

 見やればアオが魔法袋の中をひっくり返して大量のガラクタや武器などを吟味している。

 刃天はこの世の道具について非常に疎い。

 思わず声をかけて色々聞きそうになったが、その前に整理しなければならない問題が一つあった。


(地伝の野郎……。勿体ぶらずに全部教えやがれってんだ……)


 夢の中で最後に聞いた地伝の言葉、『次に会う人間に気を付けろ』。

 これがどういう意味なのか分からなかったのだ。


 思いつく限りの可能性としては、大きく分けて二つある。

 刃天が次に出会った人物、もしくは刃天が次に“新しく”出会った人物。

 この『次に会う』というのが非常にややこしいのだ。


 目が覚めて次に会った人物?

 これはすれ違った場合でも勘定にはいるのか?

 チャリーが戻ってきたらそれが次に会った人物になるのか?

 これがよく分からない。


 単純に次に出会った人物が何かしら危険を帯びているということであれば、分かりやすいことこの上ない。

 だがさすがにそんなに単純な話ではないだろう。

 なにせ地伝が夢の中にまで干渉して伝えたことだ。

 誰もがちょっと考えたら気付けるようなものではない……。


「ではなんだ……? 何故に、分かるように言わなんだ……?」


 これも分からない点の一つである。

 助言をしに来たのであればサクッと全てを教えてくれたらいいはずだが、地伝はそうしなかった。

 干渉云々と何かしら言っていたが、そこまではしてやらないというある種の意地悪なのだろうか。

 とはいえ口調からは悪意を感じられなかった。

 もし悪意を持っているのであれば、このような助太刀はしないはずだ。


 地伝は警告をしにきたのだ。

 地獄の獄卒の一人が、である。

 明らかにただ事ではないことが起こる予感しかしないのだが……もしや地伝は全てを伝えたくても伝えられなかったのではないだろうか。

 そう考えると、彼が曖昧な言葉を口にしたことにも納得することができる。


 では、それは何故?

 そこまで考えたとき、はたと一つの結論に至った。


「……人間が干渉できる領域ではない、か」


 地獄にいる者共の決まりごとに、人間が口を出せるわけがない。

 恐らく彼がすべてと伝えられなかった理由はその決まりごとに関係しているのだろう。

 ともなれば、刃天ができることはない。

 できる事と言えば、地伝が残した言葉をどうにかして噛み砕き、その真意を見出すことだけだ。


 では、その真意は一体何か……。

 刃天はちらとアオを見た。

 未だに様々な道具を吟味しているようで、種類ごとに分けている様だ。


 ……もし、目が覚めて次に出会った人間が危険だというならば、アオが危険人物ということになる。

 だがこれはさすがにないだろう。

 今更アオが敵意を向けて来るとは思えない。


 となれば、これから次に出会う人間。

 まずはこれに注意をしておいた方がよさそうだ。

 それが誰だって構いはしない。

 とにかく次に面を合わせた人間……こいつに注意をしておけばいいだけの話だ。


 ようやく結論が出て肩の力を抜いた刃天は、アオに声をかけた。


「お前何してんだ?」

「あれ、もう起きたの? もしかしてうるかった?」

「単に眼が冴えただけだ。それで? そいつはなんだ」

「これからのことを考えて使える物を確認しておかないとって思って。まぁ旅に使える物があればいいかなぁ~くらいに考えてるんだけど……」

「武器ばかりだな」


 アオが分別した道具のほとんどは武器だった。

 ゴブリンから奪った物資、女から奪った魔法袋など……出てくるものは武器や戦闘に役立つ道具ばかり。

 他の安全な道具といえば、野営に使うものくらいだった。


「役に立ちそうなのはねぇか」

「チャリーだったら上手く使えそうだし、これは全部チャリーにあげよう。僕たちは食料とかかな?」

「ああ、そいつぁ大切だ。だが金銭はお前に任せる」

「う、うん、そうだね……。刃天お金の価値分らないもんね……」

「文字も読めんからな」


 腕を組んで誇らしげにそう言う刃天に、アオはため息をついた。

 だができないことは仕方がない。

 そもそも異国の人間なのだから期待する方が間違っているだろう、と頷いてから再び分別作業に取り掛かった。


 刃天は手持ち無沙汰になったので、一つの小さな暗器を手に取って器用に指を使って回し続ける。

 ある程度気が済んだのか、それとパシッと掴んで地面に置いた。


「アオよ。次はどうする」


 また、他力に頼った問いを口にする。

 これからどうするのかは、やはりアオに聞いた方が一番良いような気がするのだ。

 だがたったこれだけの言葉ですべてを理解して回答を得ることはできないだろう。


 そう思い直して体を向けてみれば、アオは顎に手を当てて真剣に考えていた。

 また、子供らしくない一面。

 一体どのような教育を受ければこのような子供ができ上るのか。

 そんなことを考えていると、アオはすぐにこちらを向いた。


「隣国に向かう」

「ほぉ?」


 これまた大胆な行動だ。

 つまりは故郷を捨てるという事。

 故郷付近で活動して返り咲く方法を密かに考えるのかと思っていた刃天は、思わず目を瞠った。


 だが、これは道理でもあった。

 この近辺の領土はすべてダネイル王国のものだ。

 今アオの一族はそのダネイル王国の主から切り捨てられており、ここで活動したとしても返り咲くことは到底できない。

 何故なら、ダネイル王国の主が裏切り者の息子を信用するとは思えないからだ。

 アオが元の地位を確立するためには、一度この地から離れる必要がある。


 それに暗殺者も隣国に逃れればそう簡単には襲ってこれない。

 身の安全を確保するためにも必要なことだ。

 加えて……時間はかかるかもしれないが、アオの地位を新しく確立させるにはやはりこの国の近辺で活動するには都合が悪すぎる。


「であればやることは決まっているな」

「亡命だね」

「……? うむ、そうだな」


 聞き慣れない単語ではあったが適当に相槌を打った。

 だがここから移動しなければならないということは分かっているので、アオが口にした言葉の意味も同じようなものだろう。


 しかし仲間が集まるのであれば、それを待ってからでも遅くはない。

 彼らを探すためにダネイル王国に入ったが結果はあの様だ。

 もっとうまく立ち回れたかもしれないが、過ぎたことを悔いても仕方がない。


 刃天は目を細める。

 アオが隣国へ向かうといった時点で気付いていた事ではあるが、この意味をしっかり理解できているのか気になった。

 遠くを見やりながら言葉を口にする。


「……ダネイルの敵方になるつもりはあるな?」

「まぁ、うん」

「分かっているなら良し」


 アオの故郷の付近での活動を中断し、隣国へ行けばやりやすくなる。

 だがダネイル王国と敵対関係になる可能性は充分にある。

 刃天はこの近辺の情勢については全く分からないが、敵対していれば最終的にはここへ乗り込むことになるかもしれない。

 その時、アオは故郷を破壊することができるか、否か。


 とはいえ、そのことも分かっている風な様子だった。

 返事をした時のある一拍。

 この中に諦めと似た感情があったと刃天は読み取った。

 覚悟があるのは良い事だ。

 アオの中にある諦めは妥協に近いかもしれないが、何かを成すには犠牲も必要となる。


 刃天は黙って頷いた。

 別に励ますつもりはないし、その選択が正しいと言うつもりも一切ない。

 選んだ先の全てを受け入れることが選択だ。

 どうなったとしても刃天はそれに付き合うだけである。


(しかし、どう育てばここまで聡く育つのか。よほど親のお教えが良かったか)


 胸の内でそう呟き、ゴロンと再び転がった。

 今はやはり待つことしかできない。

 あのチャリーがしっかり仲間を見つけることができるかどうか。

 まずはそれからである。

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