3.5.夢にて地獄
『亡者刃天』
「……」
『亡者刃天、起きろ』
「……あ……?」
聞き覚えのある声を聴いて目を開ける。
するとどうしたことか何も見えなかった。
黒よりも濃い空間。
目はしっかりと開いているはずだが、どれだけ手を近づけても漆黒だけが目に映る。
長時間こんな所にいると狂ってしまいそうだったが、幸いなことに空から声が聞こえてきた。
『起きたか』
「おーまぁえは~……地伝か!」
『ふむ、成功したようだな』
「おいおい待て待てなんだここは! 何も見えねぇが!?」
『案ずるな。貴様が死なねば話ができぬというのはちと面倒だと思ってな。夢の中に干渉したまでの事』
「そんな陰陽術みてぇなことできるのか……」
刃天が感心していると、地伝は話題を切り替えた。
『して、刃天。こうして話ができる様に工面したのには理由がある』
「おうおうなんだなんだ?」
『この世の魔法なる物は既に知っているな? アオが駆使していた妖術だ』
「ああ、それなら知ってるぜ」
『貴様も少しばかりだが、その恩恵を受けているらしい』
刃天は思考を停止させる。
しばらくの沈黙の後、大きく息を吸い込んだ。
「本当か!!!?」
『うるっさ……! ええい、大きな声を出すな!』
「おっとわりぃわりぃ……。で! 俺はどんなまほーを使えるんだ!? いろいろ元素ってのがあるのは聞いたが……。火か? 水か!? それとも雷か!?」
『正直よく分からん』
「ほぁ?」
なんじゃそりゃ、と心の中で呟いた。
期待させるだけさせておいて、詳しく分からないというのはどういうことなのか。
真っ暗な空間で訝しむように目を細めると、その気配の変わり様に気付いたのか、呆れる様に大きなため息をついた。
そして地伝が口を開く。
『こちらの世にはない代物だ。詳しく分からなくて当然だろう?』
「……ああ、まぁそりゃそうか」
『だが目に見えるような魔法ではなさそうだ』
「ええー……」
それを聞いてガックシと肩を落とす。
叶うことなら大量の炎で周囲一帯を燃やし尽くしたり、アオのようにド派手な量の水を操って戦いたかったものだ。
しかし沙汰の内容からして人を簡単に殺せるような魔法は授けられなかったのかもしれない。
となれば、戦闘を避けることが可能な魔法を所有しているのだろうか?
そう思って今までのことを思い出してみるが、思い当たる節は一切なかった。
未だに魔法を発動したことはなさそうだ。
『いいや、二度使った』
「嘘つけぇ!!!!」
『うっぐ……! ええい、やかましい! 大きな声を出すな!』
「いやいやいやいや待て待て待て待て! 使った覚えなんてねぇが!? いつ!? どこで!? 何をしている時に使った!?」
『やはり自覚なしか。まぁそれほど分かりにくく、地味なものだからな』
「知ってんなら早く教えろやぁ!」
ダンダンと足を踏み鳴らして怒りを露わにする。
こうして勿体ぶられるのは好きではないのだ。
簡潔に、要点だけまとめて欲しい。
地伝は一つ咳払いをする。
そして一つだけ確認を取った。
『……地味だぞ?』
「でもあるんだろう? ほれ、早く教えやがれ」
『ねめつけ……だ』
「……????」
暫く、いや……長い時間沈黙が続いた。
今しがた聞いた言葉を己なりに噛み砕いて何とか飲み込もうとするのだが、噛み砕けそうにない。
地伝もこの地味な力をどう説明し、どう刃天を慰めようか考えているのか息遣いすら殺して静かにしている。
余りにも地味過ぎるのだ。
だがこの力は確かに二度使用され、刃天を少なからず救っている。
発動する条件が少しばかり厳しいのだが……。
これを理解すれば異なる世で死ににくくなるだろう、という地伝なりの気遣いで夢に干渉してきたのだ。
しかし今考えてみると知らない方が良かったのかもしれない。
知らなければまだ努力できたかもしれないからだ。
地伝は失敗したかもしれない、と若干後悔した。
そもそもこうして亡者と干渉するのは良くないことなのだ。
だがそれでも夢に干渉できるようにし工面したのは、刃天を見ているのが面白いからという私欲からでもある。
それに『幸喰らい』の力を調べるため、という理由もあった。
とはいえ、とはいえだ。
この空気をどうしてくれようか。
『……亡者刃天、聞こえているか?』
「……その、なんだ。おい地伝」
『うむ』
「こりゃ、なんの冗談だ?」
『悪いが冗談でもなんでもない。相手に強い殺意および敵意を向けると繰り出される技だ。ねめつけられた相手は行動を制限、もしくは行使させられるそうだ。使えるか否かは貴様次第だな』
「おいおい待て待て……」
刃天は思わず頭を抱えた。
魔法について学ぼうとした矢先だというのに、こうして現実を突きつけられるとは思っていなかったのだ。
夢がない、と言えばいいだろうか。
だが思い返してみれば……確かに覚えがあるような気がする。
一度目は刀を盗んだ商人だっただろうか。
あの時は栂松御神を強制的に手渡すよう促した。
二度目はダネイル王国へ入る前に一悶着あった時だったか。
烏合の衆が戦闘を仕掛けてきたが、数名は睨みつけて動きを制限させた記憶がある。
確かに二回使用している。
冒険者ギルドでは殺意を表に出しはしなかったし、ギルドマスターを殺したことですっきりしていた自分がいた。
あの時は殺意も敵意も既に無かったのだ。
だから発動しなかった。
真っ暗な空間でしゃがみ込んで頭を掻きむしる。
だがそれだけでは芽生えた嫌な感情を払拭させることができず、べんっと大の字になってゴロゴロと転がった。
「うぐぬおおおおお~~!!」
『……いい年をした人間がするような行動ではないな』
「見えてんのかよ!!」
『まぁな。だが……まぁ貴様の技は使い方を間違わなければ人を殺めぬ技となり得よう』
「だからってねめつけってなんなんだよ~~~~~!」
再び転がって大の字になって停止した。
もう動くことも面倒になってきた。
どうせそれしか魔法を使うことはできないのだ。
それに一度は諦めたのだし、今更未練たらたらとしていじけている場合ではない。
これを得てどうしようかと考えるより、どうするかを考えた方が有意義だ。
ばっと一発で立ち上がって首と肩を回す。
こういう切り替えの早さは刃天の良いところだ。
「んで? それだけか?」
『貴様に伝えなければならなかったことはこれだけだ。あとは私の暇つぶしだな』
「地獄の仕事ってのは暇なのか?」
『時の流れが違うのだよ。貴様のいる世は、こちらと比べて流れが少し遅い。貴様が呼べば応じられるくらいの時間は摂れる』
「あっそ。んで、もう一回聞くけどそれだけか?」
何も見えない真っ暗な空間で上を見上げる。
『どういう意味だ?』
「いや、そのままの意味だが。お前夢の中にまで入って来て伝えたかったことがこれだけってこたぁねぇだろ」
『正直侮っていた。亡者刃伝、思ったより鋭いな』
相手が隠している事に感づくことは、荒れくれ者の中で生き抜くために必要な技術だった。
ただそれだけである。
「んで、本当の用件は何だ」
『本来は強く干渉してはならぬ決まりだが、閻魔様はあまり貴様に関心を抱いていなくてな。私の暇つぶしに付き合ってもらっている礼だ。一つ教えてやろう』
「おう」
己のことを暇つぶし程度に考えられていることに少しむっとしたが、それは胸の内に秘めておく。
刃天は地伝の次の言葉を待った。
『刃天』
「なんだよ」
『次に会う人間に気を付けろ』
様々な思考が交差する中、言葉を発することも許さない勢いで意識が暗転した。
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