3.4.それからこれから


 仲間も一人増えたところで、本格的にこれからどう行動するか考える必要が出てきた。

 仲間が増えればできることの幅が大きく広がる。

 刃天とアオとは違って、チャリーは本格的に追われている身ではない。

 あの女二人組は脱走した使用人たちすら始末しようとしていたが、これは刃天が処理したので一先ず彼女は安全と言っていいだろう。


 それに情報収集に長けていると豪語したので、これからの情報源は彼女を頼りにすることが増えそうだ。

 だが、まだまだ仲間が足りない。

 三人でできることなどたかが知れている。


 今から相手にしようとしているのは大きな領地を抱える領主。

 それにダネイル王国の後ろ盾もある相手だ。

 これに対抗するには多くの兵力と綿密な策を要する。


 だが最も重要なのは戦力。

 これから喧嘩を前提に仲間を集めるのであればこれを蔑ろにはできない。

 未だに散らばっているはずの使用人たちを見つけ出し、彼らの協力を経て大きな戦力を築き上げる必要がある。


「しっかしこれからどうするか……」

「チャリー。他の皆のことは知らない?」


 視線がチャリーに注がれる。

 彼女は今し方、外から来たばかりの重要人物だ。

 それにこの世のことを理解している大人でもある。

 聞ける事は多そうだ。


 だがチャリー残念そうに首を横に振った。


「この道中……知り合いと出会うことは一度としてありませんでした……。最後に顔を見た者は多くいますが、その誰もがヴェラルドの陣営に……」

「僕が生きてるって知ったら、戻ってきそうな人はいた?」

「……正直なことを申しますと、それは彼ら次第です。ウィスカーネ家に恩があっても、今の状況だとマドローラ家に勝てる算段がなければこちらに靡く者たちも少ないかと」

「そっかぁ……」


 アオの存在は戦力を左右する大きな鍵になる。

 だがチャリーの言う通り、今のままでは味方になってくれる者は少ないだろう。


 その理由の一つとして、ウィスカーネ家が敗北者であるという事。

 ヴェラルド陣営に靡いた者は身の安全を考慮してその選択をした。

 ほとんど強制的な選択になったかもしれないが、命があるだけまだましだ。

 逃走している者は現在刺客によって捜索され暗殺されそうになっている。

 そう考えるとヴェラルドに着いた彼らの選択は、間違っているとは言えない。


 とはいえ領民を騙していた領主に仕えていた使用人、という酷いレッテルが貼り付けられている。

 その使用人がどういった扱いを受けるのかは想像に難くないが……まだ刃天たちに彼らを救う力はない。


 戦力を欲するならば強硬手段を取って救い出すことは可能かもしれないが、受け入れる準備も何もできていないのだ。

 後先のことを考えずに手あたり次第当たると痛い目を見る。


 では、まず何が必要なのか。


「拠点が欲しいな」

「活動拠点は確かに必要かもしれませんが、同じ場所に留まるのは今の段階だと危険です。刃天さん……ダネイル王国で斬ったギルドマスターの事、多分知らないですよね」

「おん?」


 どうやらチャリーは刃天が起こした事件についてあらかた調べて知っているらしい。

 昨日の今日だというのによく調べられたものだ。

 ……どちらかというと、騒ぎが大きくなり過ぎただけのような気がするが。


 だが確かに刃天はダネイル王国で斬り伏せたあの男のことを良く知らない。

 コクリと頷いて見せると、チャリーはすぐに説明してくれた。


「ダネイル王国、冒険者ギルドマスター……。召喚魔法を得意としてる人で、使役していた魔物は二十体以上と言われていました」

「強いのかそれ」

「召喚魔法使いでそんなに大量の魔物と契約するなんて普通無理ですよ!? 剣術の腕も凄かったと聞いていたのですけど……」

「雑魚だったが」

「死人が起き上がったらそりゃ誰でも隙ができるでしょ……」


 その言葉に刃天は首を傾げた。

 手負いの相手というのが最も危険な状態なので残心を残して警戒を怠らないようにする。

 それを疎かにしただけの話だ。

 首を落としたのならまだしも、毒で殺して死んだことも確認せずに悠々としていた。


 これがあの男の敗因だ。

 己も姑息な手を使われて本当に一度死んでしまったのではあるが……生きているので己の勝ちである。


「んで?」

「まぁ、あの人の強さは別にいいです。問題は使役していた魔物です」

「なんか問題があるのか?」

「主を殺された魔獣が、黙っていると思いますか?」

「……おいおい待て待て……」


 刃天は頭を抱えた。

 あのギルドマスターが使役していた魔物という生物。

 蛇とか獣とかの類だろうということは分かるが、それが主の敵を取る為に遠路はるばる刃天の下までやって来るのではないか。

 恐らくチャリーはそう言っている。


 ちら、と顔を見やれば大きく頷いた。

 どうやらこの憶測は正しいらしい。

 ということは……いつその使役されていた生物がやって来るまで怯えながら過ごさなければならないということだ。

 気配に敏感な刃天ではあるが、野生の生物相手となるとその精度は数段階落ちる。

 さすがに今すぐやって来るということはないだろうが、来る日の為に警戒は怠らない方がよさそうだ。


 だがよく考えれば、獣などそこまで脅威ではない。

 若干敵が増えてしまったがその数二十匹程度。

 そこまで多い数ではないではないか。


「まぁいいか」

「良くないですってぇ!! あのギルドマスターが使役してた魔物ってめちゃくちゃ強いって話ですよ!?」

「数が分かっているだけありがてぇ」

「な、なんなのこの人……」

「まぁ俺のことはいいんだよ。こっちで何とかするから心配すんな」


 手をひらひらと振って話を終わらせる。

 こっちで何とでもなることは別に気にしないでもいいのだ。


 問題はもっと別にある。


「まだ仲間が足りねぇ。アオに忠誠を誓っている者を探し出さねば。戦場にいて生き残った奴が居ればなお良いのだが」

「僕もまずは皆を探すことが最優先だと思う。それから小さな村で活動すればいいかな?」

「まぁ……私もそれには賛成です。ですが先ほども申しましたが私は逃げた使用人、護衛などの足取りは知りません」

「じゃあさ……」


 アオが言いにくそうにしながら、チャリーの顔を見る。


「あの場に、誰が居なかった……?」


 酷なことを言っているのは重々承知している。

 あの磔の場面を思いだせと言っているのだ。

 だが今はそうしてもらわなければならない程、情報が枯渇している。

 今は少しでもいいから情報が欲しい。

 チャリーが見た光景は今回に限らず、必ず今後でも役立つはずだ。


 チャリーは嫌な表情をすることもせず、静かな表情で頷く。

 本当はこの記憶を真っ先に伝えたかった。

 刃天が指の骨を鳴らしたのでそれに気を取られて伝えられなかったが、今ならしっかりと伝えられる。


「あそこにいなかったのは……分かっているだけで三人。エディバン様、メメちゃん、レノムさん」

「エディバンとレノム……!」

「お? 聞いたことのある名前だな」


 確かこの二人はアオに魔法を教えていた人物ではなかっただろうか。

 アオの師匠ということだし、戦力としては十二分。

 もし仲間にすることができたのであればできる事も数段階増える事だろう。


 問題はどこにいるか、なのだが……。

 こればかりは分からない。

 逃げている最中に追っ手に殺されている可能性も捨てきれないが、アオとチャリーは『エディバンは生きている』と言って聞かなかった。


「そいつはそんなに強いのか?」

「僕の師匠だからね! 絶対どこかにいるはず!」

「私もそう思います。というか、彼が生きていなければウィスカーネ家の無実を証明できません」

「知恵が回るんだっけか? いかほどのものかは知らねぇが、この状況を打開する人材にはなってくれそうだな」


 アオとチャリーが頷く。

 この二人にも相当信頼を置かれている様だ。

 魔法の技術が卓越しているのであれば、追ってから逃げることも可能だろうし、己の忠義を示すため、先に逃げたアオを探しているかもしれない。


 しばらくすればダネイル王国で刃天が引き起こした事件が広がるはずだ。

 そうなれば彼はダネイル王国の近辺で情報を収集するだろう。


「となれば、ここで待ちだな」

「え、探しに行かないの……?」

「俺とアオは探しに行かねぇ。行くのはチャリー、お前だ」

「まぁ順当ですね」


 この中で最も自由に活動できるのはチャリーだ。

 彼女であれば使用人の顔も覚えているだろうし、対して警戒されることもない。


 なんにせよもう少しこの仮拠点でじっとしているしかない。

 時間が経つほど刃天が起こした事件は広まり、散らばっている使用人たちに届く可能性は増えるが、それと同時に敵にも情報は届く。


 一度か二度……。

 刺客が襲ってきたら拠点を移動しなければならないだろう。

 人間であれば気配は辿りやすいし、刃天が森の中で奇襲を受けることは万が一にもありえない。


「やることは決まった。しばらくはお前が頼りだ」

「貴方に言われるとなんか釈然としませんね……」

「チャリー、お願い!」

「任されました!」


 どん、と胸を叩いて颯爽と森の中へ消えていく。

 後姿を見送った後、刃天は昼寝の続きをするため寝転がった。


「後は帰ってくるのを待つ」

「頼んだよチャリー……!」


 一人は気楽に、一人は懇願する様にチャリーの帰還を待つことになったのだった。

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