3.3.何があったのか

「……ていうことがあって……」

「そう、だったんですか……。あのヴィルソン様が……」

「僕を庇いながら戦ってくれたから……それが原因で……」


 これまでの経緯を全て話したところ、チャリーはようやく刃天を味方だと認識してくれたらしい。

 アオの説明も上手かった。

 そのお陰で再び刃を向けられることはなさそうだ。


 チャリーに刃天が味方であることを説明して理解してもらった今、こちらから説明できることは全て話した。

 次はチャリーから話を聞きたい。

 あの後……一体どうなってしまったのか。

 そもそもどうして謀反が起き、どのようにして大義名分を得たのかがまだわからない。

 子供であるアオにもこの事は説明されていないだろう。


 一通りの話を終えたチャリーに、刃天は問う。


「お前に聞きてぇことが山ほどあるんだが……いいか?」

「さ、先ほどは大変失礼いたしました!! まさかエル様の恩人様だとは思わずあのように武器を向けてしまうとは……!」

「いやそれは別にいい。お前弱かったし」

「ほぐ!?」


 鋭利な言葉を投げつけられて撃沈してしまったチャリー。

 彼女もそれなりに鍛錬を積んで特質元素である光の元素を使いこなすまでに至ったのだが、それを一言で『弱かった』と言われてしまえば落胆もするというもの。

 だが刃天に手も足も出なかったのは事実。

 反論することもできず肩を落として落ち込んだ。


「ちょ、刃天……」

「強さを求める者に世辞を言っちゃいけねぇ。当たり前のことだろうが」

「でも……」

「い、いいんですエル様……。その通りですから……」


 案外すぐに気を持ち直したチャリーはこちらに顔を向けた。

 この一瞬で何かが変わるということはないのだが、少しばかり考えを改めたということがその視線から分かる。


 だが刃天はチャリーに教えを与えるために話しかけたのではない。

 この世の事、そしてアオのことを詳しく知る為に声をかけたのだ。

 話を戻して再度問う。


「まずはアオの身に起こったことを教えてもらおうか」

「……アオ?」

「僕のことだよ。本名が覚えにくいから、目の色を見て『アオ』って名前を付けてくれたんだ」

「そ、それでいいのですか……?」

「僕は気に入っているよ」


 アオはにこりと笑う。

 そんなに簡単に名前を変えることができるのか? とチャリーは不安に思った。

 仮の名前だとしてもこの妙ちくりんな相手から貰った名前など好まれはしないだろう、と思ったのだが……その表情から嫌悪感は一切感じられない。


 しかしよく考えてみれば、この名前は好都合かもしれない。

 エルテナという名前で日常的に会話をするより、アオという偽名を使用して会話をした方が怪しまれにくくなる。

 しばらくは表舞台に立つことはできないだろうし、期が熟すまではこの偽名を使用した方が何かと都合がいいのではないだろうか。


「気付いた?」

「……え?」


 表情の変化を読み取ったのか、アオはそう口にした。

 何のことかよく分からなかったチャリーだが、彼は今自分が思い至ったことに気付いたのだということが分かった。


「……え、もしかしてエル様は既に……名前のことを考慮されていたのですか?」

「今は追われている身だし、エルテナの名前は暫く使えないなって考えてたよ。敵に見つかりやすくなっちゃうしね」

「……以前から思っておりましたが、年相応とは思えない頭の回転速度ですね……」

「爺のお陰だね」


 二人が思い出話を始めそうな気配を感じた刃天はチャリーを睨む。

 背筋に悪寒を感じた彼女はすぐに刃天に向きなおった。


「い、今からご説明しますね!!」

「はよせんかい」


 苛立ちを隠そうともしない姿を見て若干委縮する。

 背を正し、どこから説明するべきかをまず考えた。

 刃天の姿からして異国から来たということは簡単に見破ることができたので、まずは領地の事から説明しなければならないだろうと思い、ダネイル王国との歴史から説明を始める。


「えと……。エル様のいた領地、ゼングラ領はダネイル王国の領地の一つです」

「ああ、あの城の領地か」

「はい。そこを治めていたのはエル様のお父様であるディセント様です」


 アオの父親、ディセント・ケル・ウィスカーネ。

 彼もアオと同じ青い瞳……蒼玉眼そうぎょくがんを持っており、水魔法に特化した力を有していたようだ。

 元々はダネイル王国でその力を振るっていたのだが、領主となる様にと国王から命令されてゼングラ領という地を開拓した。


 水資源が乏しいこの近辺で彼の力は大いに役立ち、飲み水はもちろん田畑を開墾するだけの水量を確保し、領地の発展に大きく貢献したのだ。

 ダネイル王国からの支援もあって領地はどんどん大きくなり、たった数年で賑やかな領地へと発展を遂げた。


 だが彼は『この功績は己だけでは成し得なかった』と隙あらば言う様な人間だった。

 選んだ土地が良かったこと、家臣たちの多くが付いてきてくれたこと、国王からの支援が手厚かったこと、大変な開墾作業を多くの人々が手伝ってくれたこと、それぞれが得意なことをこなしてくれたこと。

 上げていけばキリがないが、ディセントは領地開拓に関わった一人一人に感謝するような人間だったのだ。

 それもあって領内でも人気は高かったとチャリーは教えてくれた。


「人望溢れる領主だったようだな」

「ええ、まったくその通りです」

「では何故、そのような人間が裏切られた?」

「……今思い出してもはらわたが煮えくり返る想いです……!」


 ぐっ……と握り拳を作る。

 彼女なりに怒りを制御しているようだが、小刻みに震えている拳からその度合いを測ることができた。


「……それで?」

「裏切った男はヴェラルド・マドローラ……。ディセント様が築き上げた水源に毒を流し込み、ディセント様の謀反をダネイル王国に密告した張本人……」

「毒?」


 水に毒を投げ込むとは、随分大胆なやり方だ。

 下手をすれば大量の死人が出る。


「そんなことで失墜させられるのか?」

「事の発端は一年前でした……。水質汚染が一部の田畑で確認されたんです。ディセント様は水魔法に関してで言えば領地一番の実力者……。変化にはいち早く気付かれました」


 当時はアオも水魔法の訓練ということで、一緒に調査をしていたらしい。

 この頃から頭角を現しマドローラており、水質の変化にもしっかりと気付くことができた。

 原因を調べると同時に水質の浄化も行ったのだが、どうしたことか水源の水質はなかなか改善されなかったのだ。


 アオは水魔法の訓練として水質浄化を常に行い、ディセントは水質変化の原因を調査し始めた。

 この時一緒に原因を捜査していたのが、本件の犯人、ヴェラルドである。


 ヴェラルドはディセントには劣るものの、水魔法で小さな国であれば支えられるだけの力を有している人物だった。

 ダネイル王国からディセントの補佐として共に領土の開拓を行ってきた信頼のおける人物だったのだという。


「あの女ぁ……。もう少し丁寧に説明しやがれってんだ……」


 ここまで聞いたところで、刃天はゴブリンの巣に投げ込んだ女の話を思い出した。

 すべての話を聞かなかった己も悪いのかもしれないが、あの女も説明を端折りすぎだ。

 一旦あの話を忘れることにして、チャリーの話だけを信じることにする。


「そんで?」

「……ヴェラルドは田畑を枯らす毒物を定期的に水源に投入していたんです。この時、ヴェラルドは水魔法を使って汚染される時間帯を変えていたんです。そのため……原因を発見することができなかったのです……」

「そんなことが?」

「あいつであれば、それくらいは出来ます。特別な水魔法を有しているからこそ……できる事も多いのです……!」


 刃天はふとアオを見やる。

 すると神妙な様子で話を聞いていた。

 アオからしても、この話は知り得なかったことなのだろう。

 子供だから、と親がこの話を子供にするのは良くないと判断して隠していたのかもしれない。


 チャリーは悔し気にしながら話を続ける。


「それから一年……! 不作が続きました。汚染された水源と止めて別の水源から水を引いてきましたが、距離と水量からしてゼングラ領全ての田畑に回せる程の水は確保できなかったんです。ヴェラルドもすべての水を汚染すれば生活が成り立たなくなることくらいわかっていたのでしょう。もちろん他の水源は汚染させず、最も大きな水源のみを汚染し続けました……」


 ダネイル王国の支援もあって全領民に被害が出るということはなかったが、水質汚染が発覚した直後の作物を食した者は不調を訴えた。

 幸い最悪な事態には陥らなかったがこれは何とかしなければならない、とウィスカーネ家は全力で原因を調査したが……。

 共に領地を開拓した部下が主犯だと誰が思うだろうか。


 今から半年前、領民たちからの苦情が届くようになった。

 その時からヴェラルドは暗躍していた様で、密かに味方を付けて来る日の為に準備をしていたのだ。


 水質汚染に使用した毒を大きな証拠に、ヴェラルドはウィスカーネ家がわざと水質汚染を発生させ、ダネイル王国からの支援を不正に受け取っていたと告発した。

 国民を苦しめて尚金が欲しいか、とヴェラルドは怒りを募らせた振りを装って味方を一気にかき集めてウィスカーネ家に火を放ったのだ。


「その時……私は運悪くその現場には居ませんでした」

「運悪く?」

「当主の……命を守るために戦えなかったのです……! 運が悪かったに決まっています! ……私が戻った時には……すべてが、終わっていました……」


 威勢の良かった言葉は次第にしぼみ、消え去るような掠れた声になっていく。

 当時の記憶を思い出し、体が小刻みに揺れる。


「ウィスカーネ家で働いていた皆が……磔に縛られて石を投げられている姿を見て、私は気を失うところでした」


 アオが目を瞠った。

 刃天も非道すぎる扱いに眉を顰める。


 これを実際に見たチャリーは生きた心地がしなかっただろう。

 真っ赤に染まった衣服から見える大きな切り傷を鮮明に覚えている。

 あの場で声を上げようものなら、まだ残党がいたとして捕まっていたに違いない。


 その時見たメイド、執事たちの多くは、ヴェラルドの陣営に寝返っていたように思う。

 だがその表情は晴れやかなものではなかった。

 彼ら彼女らはウィスカーネという一族がどれほどダネイル王国に力を振るい、ゼングラ領を発展してきたかを知っている。

 好き好んで寝返るような人たちではないと、共に暮らしていたからこそチャリーは気付くことができた。


 この場で自分ができる事を当時の彼女は考えた。

 最後にできる事など高が知れているが、声を上げて己の主を非難し、領民に石を投げさせている男に刃を突き刺すくらいは容易い。

 腰に取り付けている二振りの短剣。

 その柄を握って飛び込もうとした刹那。


「エル様の姿がなかったことに気付いて、その場からすぐに立ち去りました」


 あの場には確かに多くの者たちが磔に縛り付けられていた。

 だが同時にその場にいない者も多いと気付いたのだ。


「まだ生きていると信じて探し回ったんです。ようやく……見つけられた……」

「チャリー……。そこにいなかった人は……誰? どれくらい?」

「あそこには──」


 パキポキッ、パキッ……。

 指の骨を鳴らす音がやかましいほどの大きさで聞こえた。

 二人は刃天の方へ顔を向けると、額に青筋を走らせて眉に深い皺を作っている。

 そして大きく息を吸った。


「糞野郎だな!!!!」


 話を聞いているだけで怒りが込み上げて来る。

 民を想い領地を発展させた偉人が、何故家臣から、そしてダネイルの城主から、民から恨みを買わなければならないのか。

 話を聞いて確信した。

 これは確かに裏切りであり、謀反だ。

 そんな下手人が治める土地に安寧など訪れることはないだろう。


 なにより死人までもを弄ぶ蛮行ぶりに刃天は御立腹だった。

 幾百人を殺してきた己が言える事でもないかもしれないが、部下の裏切りほど腹の立つことはない。

 それで何かを奪われるのであれば尚更だ。


 正直者が馬鹿を見る。

 幼き刃天が一番最初に辿り着いた教訓だ。

 身の周りにいた者が少しでも善人ならば、あのような地獄の幼少期を過ごすことはなかったかもしれない。


 周りの行いが、周りを貶めるのだ。

 殺してしまうのだ。

 死人を弄んだ者が一人でもいたならば、それを見た者はそれに倣うだろう。


 もう一度言う。

 これは幾百人を殺してきた己が言えることではない。

 説得力もこのような発言にも価値がないことも分かってはいるが、どれ程の下手人だとしても一人の人間。

 生きている以上、湧き出した感情に従って何が悪いというのか。


 アオのような子供が、自分と同じような道に落ちようとしている。

 その道に陥れようとした奴は誰であろうと許すことはできない!

 無論ただの自己満足!

 だがしかし!


 手前の価値観など聞いちゃいねぇ!

 説教御無用、悟りも無用!

 すべて、己の、決めた道!


「アオ!!」

「っ! な、なに……?」

「お前の仇、絶対に獲りに行くぞ! いいな!!」

「う、うん……!」


 俄然やる気が出てきた刃天は、鋭い歯を見せて笑った。

 アオとチャリーも一度顔を見合わせて頷く。


 ここから始まるのだ。

 そう、その場に居た誰もが理解した。

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