2.12.宣言
冒険者ギルド内は歓声で満ち溢れていた。
明らかに凶悪面をしていた異国の人間を、碌な抵抗させることなくギルドマスターが仕留めたのだ。
受付嬢も顔を大きく怪我をしてしまったが命に別状はない。
足に噛みついていた蛇は既にギルドマスターの足元でとぐろを巻いており、主人に撫でられていた。
他にも二匹の大きな蛇が同じ様に待機している。
「いやぁお疲れ様ですギルドマスター! 流石の召喚魔法……と蛇ちゃんズ!」
「褒めても何も出ぬよ。さて、その子をどうするか」
己を称える歓声を片手で制し、亡骸に縋りついている子供に視線を送る。
未だに顔をよく見ることができていない。
これはこの子が自主的に顔を隠しているからだということが分かった。
なにか大きな事情を隠し持っているのかもしれない。
まずは子供の素性を確かめなければ。
それと同時に死体を処理しなければな、という考えに至ったので、死体に背を向けて冒険者たちに指示を出す。
「まずは死体を運んでくれ。それと子供は連れてこい」
「「了解しましたっ!」」
一斉に動き出そうとした冒険者だったが、その時……一瞬で静まり返った。
それと同時に刃物が地面に突き刺さるような音を三回聞いた。
なんだ、と思ってギルドマスターが振り返る。
すると死んだと思っていた男がゆっくりとした動きで立ち上がったのだ。
その手は武器の柄に置かれており、今すぐにでも抜刀しそうな勢いだった。
「お、お前たち! 噛み殺せ!」
咄嗟に手を前に出して使役している蛇に指示を出したが、一向に動く様子がない。
自分の足元にいるはずなのですぐにでも動き出すはずだったが、いくら待っても動かなかった。
「……お前たち? な……!?」
気になって足元を見てみれば、ナイフが三本、蛇の頭蓋を貫いて床に突き刺さっていた。
先ほど三回聞こえた音はこれだったか、と目を瞠ったところで視界が歪む。
体に走る激痛。
視界に映る男が抜刀した武器。
この数瞬で肉体が斬られてしまったということを、ギルドマスターは理解する。
「が……ぎ……」
「良くも殺しやがったな」
「じ、刃天!?」
切れ味のよすぎる刃は簡単に男の首を刎ねた。
だがそれだけに留まらず、横から腹部を斬って内臓をぶちまける。
真っ赤な鮮血が大量にまき散らされ、それを浴びてしまった者は戦々恐々として後ずさりをした。
人を殺すと幸が減る?
そんなこと、もう知った事か。
勝手に下手人だと決めつけられて襲い掛かってくる奴らの経営する店で、何故に己が頭を下げねばならぬのか。
殺されて黙っていられるほど、刃天はできた男ではない。
この時ばかりは復讐できる不死身の体に感謝した。
「アオ! ちぃと方針かえっぞ!」
「ほ、方針!? いま!?」
「ああ、今だ!」
刃天はバッとアオを抱え上げ、被っていたフードを引っぺがす。
「おわっ!? じ、刃天!?」
「隠すな、見せろ」
目を隠そうとする腕を押さえ、肩に担ぎ直してアオを見せつける。
冒険者たちはその奇行に注目するのでもちろんアオを見る事だろう。
そして青い瞳であると知るはずだ。
ざわつきが大きくなり『あの瞳は』『あの目の色は』などと言った言葉が聞こえ始めた。
この瞳の色がどれだけ大きな存在なのかを知っている者はやはり多い。
刃天はそこまで重要性を理解してはいないが、彼らの反応からこの行動は正解であったと満足げに口角を上げた。
「このお方をどなたと心得る! 分かる奴なら分かるだろう……。とある一族の最後の生き残りだ!」
「じ、刃天……? どうするつもりなの……?」
「まぁ黙って見とけ。最後に名前を叫べよ? いいな?」
小声で少しやり取りをしてから、刃天は再び前を向く。
こうなってしまったのだから事を大きくしてやった方がいいと刃天は考えたのだ。
地道に金を稼いで資金を溜めることはもうやめた。
こちらから使用人共を探しに行くことも今やめた。
であれば、ここで大きな騒ぎを起こし、アオのことを大々的に報じさせて使用人側から集まってくるように仕向ける。
「このお方はぁ! 重臣に裏切られ、家族を殺された! だがそれでもお家再興を目指してこの場に来たのだ……。されど今! ここでそれは意味がないことを知った!」
栂松御神を血振るいし、その切先を今し方切り殺したギルドマスターへ向ける。
「別の道を探さねばならなさそうだ。己らはここより去ろう。だが一つ! この名を聞け! ……アオ、いけ」
「えっ、う、うん! 僕の名前はエルテナ・ケル・ウィスカーネ! ゼングラ領、元領主の……息子です!」
「裏切った家臣の名前は」
「ま、マドローラ……」
「よし」
刃天が大きく足を鳴らした。
その音にびくりと肩を跳ね上げた冒険者に向けて、鋭く放つ。
「領主を裏切ったマドローラに良く言い伝えろ!! お前のその座に、死神の大鎌を振るってやるとな!! 以降! 己らを追う者はこの方の邪魔をする者として切り捨てる!! よいな! この事、ゆめゆめ忘れるでないぞ!!」
そこまで言い切り、ようやく刃天は踵を返してギルドを後にした。
死んだのに生き返ったことによる恐怖心、更に子供の立場、最後の刃天の怒声によって委縮した冒険者が二人の後を追いかけていくことはなかった。
暫く堂々と移動した後、刃天は急に全速力で走り出す。
「はーっはっはっはっは! 上手く行ったぞ!!」
「おわっうわわっ! ちょっ刃天待って! これからどうするのさー!!」
「外に出るしかねぇな! またしばらく森で生活だ~! くはははは! まぁそれも一興! あとは使用人が集まってくるのを待つ! 以上!」
「喧嘩!! 売りすぎだよーーーー!!」
あれはもはや宣戦布告である。
確かに最終的にはそこに行きつく予定だったかもしれないが、如何せん早すぎる。
あれだけ大きな騒ぎにしたのだからこの事は本人にも伝わるはずだ。
こんなので本当に使用人たちは帰ってくるのだろうか。
大きな不安を抱えながら、アオは刃天に担がれて街を走って行ってしまったのだった。
◆
「これは……なんと」
水晶で刃天の行動を見ていた地伝は、大層驚いた様子で目を瞠っていた。
刃天の行動が予想外だったとかそういう話ではない。
彼が行うことはある程度予想していたし、あの場で人を殺さないという道はどうしたって出現しなかっただろう。
では何に驚いているかというと、“幸が減らなかった”ということだ。
いや、正確には一度減った。
だがすぐにそれがなかったことにされて元の値に戻ったのである。
老人を殺した時、刃天の幸は大きく減った。
これが『幸喰らい』の力であり、次に訪れる道を大幅に減少させてしまう力がある。
減ったままの状態であれば探している使用人は訪れない。
だがどうしたことか……その幸は刃天の演説によってすべて回復してしまったのである。
今まで『やりなお死』の沙汰を下した二人は、どうしたことか二度と人を斬ることはなかった。
そのため『幸喰らい』の正確な力について地伝すら理解していない。
だが現状を見ると『幸喰らい』は周囲の印象によって沙汰が大きく変化するもののような気がする、と地伝は仮定した。
他者から見て絶対悪である殺人。
これに理由を持たせることができれば殺人でなくなる可能性がある。
つまり『幸喰らい』は……審判。
「奇しくも私たちが仕事とする沙汰と同じということか……」
沙汰が沙汰の度合いを決める。
これは閻魔であっても知らない『幸喰らい』の本当の力だ。
「フフフフ、面白い」
苦い茶を一気に飲み干し、懐から和綴じの本を取り出して矢立てから筆を取る。
知らないことの連続だ。
別の世の理は難しく理解するのに難儀はしたが、ある程度まで行けば理解できるようになる。
これを研究しないわけにはいかないだろう。
数少ない休み時間の楽しみなのだ。
面白い話を期待しているぞ、と地伝は水晶に映る刃天に声をかける。
無論聞こえるはずはないのだが……刃天は何かに気付いたように空を見上げたのだった。
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