2.11.法


 受付嬢の一言により、冒険者が一斉の武器を引き抜いた。

 何てことしてくれたんだ、と刃天は本気で面倒くさそうにため息を吐くしかなかったが、敵意を向けられたとなればこちらも反撃しなければならない。

 とはいえ門の前で戦ったゴロツキと違って、こっちは防具もしっかりしているし武器も重そうな物ばかり。

 まともに相手をすれば命が幾つあっても足りないだろう。


 まだ冒険者という者たちの戦闘を見たことがないのだ。

 そのため、逃げるか戦うかの判断が鈍った。


「んま、まずは……」


 バッとアオを抱え上げてカウンターを飛び越えた刃天は、先ほど叫び散らした受付嬢の頭をひっ捕まえてカウンターに叩きつけた。

 咄嗟の行動に反応できなかった職員は成す術が無い。


「ガッ!?」

「ふざけた真似しやがって……」


 盛大に舌打ちをした刃天は受付嬢を人質にしながらこの場を何とか突破できないか思案する。

 アオではなく己の方が標的になるとは考えてもみなかったのだ。


 よく考えてみれば魔法という奇妙な妖術があり、更に珍妙な道具があるくらいだ。

 過去の経歴を探り当てる魔法道具がったとしても不思議ではない。

 アオもこういう所には不慣れなため、この水晶の存在は知らなかったのだろう。


「じ、刃天……ごめん……!」

「なぁーに、気にするこたぁねぇ。だがこりゃ骨が折れるな」


 終わったことを気にしていたって仕方がない。

 今は何としてもこの場を脱さなければならないわけだが、ギルドの中にいた冒険者らしき者たち全員が戦闘態勢に入っている。

 出入り口の把握はしているが距離が遠い。

 尚且つアオを守りながらとなるとその難易度は跳ね上がる。


「ったく地伝さんよぉ、ちーとやりすぎだぜ……」

「人質を解放しろ!」

「んじゃ道開けてくれねぇかなぁ?」


 急かすようにして、受付嬢をもう一度カウンターに叩きつける。

 彼女の顔は既に真っ赤なのだが、やはりというべきか誰も助けには来ない。

 次第にざわつきも大きくなり数名の冒険者は道を開ける様に説得しているが、数名はそれを聞かずこちらを睨みつけている。


 人質を取るか、ここで下手人を捉えるか。

 その葛藤は分からんでもないがこちらはそれに付き合っている暇はない。

 脅すようにもう一度カウンターに受付嬢を叩きつけて、首を傾げた。


「さぁ、どうする?」

「ぐっ……!」


 背後から気配。

 もちろん気付いた刃天だったが、それはあえて無視した。


「『水よ』」

「ん!? ぬおああああ!?」


 後ろから忍び寄っていた男は、アオが作り出した水によって簡単に持ち上げられてしまった。

 そのまま冒険者たちがいる方へと思いっきり投げ飛ばされる。

 冒険者の群れに突っ込んだ男は数名を巻き添えにしてようやく勢いを殺したようだ。


「やるじゃねぇか」

「後ろは任せて……」


 ぐっと手を握ると、刃天の背後で水の壁がせりあがる。

 背後に逃げ道はないのでこうして水で埋めておいた方が逆に安全だ。


 だが規格外の水魔法を見て冒険者たちは驚いたらしい。


「ま、魔法使いか!」

「ちょ、どうすんだよ……人質は取られてるし魔法使いもいるし……」

「ぐぬぬ……」


 双方膠着状態。

 このままでは人質が死んでしまうぞ、という声も出始めたようだ。

 あと一押しだと思った刃天はゆっくりと受付嬢の頭を持ち上げる。


 それに気付いた冒険者の一人が慌てた様子で止める。


「! お、おいやめろ!」

「遅いなー。あーあー遅いなぁー。まーだ外出られないのかなぁ~?」

「……おい、皆下がれ……!」


 ようやく冒険者が数歩下がり始めた。

 それと同時にカウンターから出て歩こうとすると……二階から大きな音が聞こえてきた。

 巨漢の男が降りてくるような足音だ。


 なんだか面倒なことが起こりそうな気がする。

 本格的に日本刀を抜かねばならなくなりそうで、思わず柄に手を置いた。


 すると、思っていたよりも細身の男が顔を出す。

 老齢の戦士であることは目に見えて分かるのだが、内に秘めている力は未だに若々しい。

 わざとらしく足音を立てており、その踏み込みは力強い。

 怒気すらこもっているように思うのだがそれは刃天が職員を血まみれにしているからだろう。


 パリッと決め切ったスーツにワックスをかけたオールバックの髪型。

 四角の眼鏡をかけており、額には青筋が伸びている。

 硬い靴をカコッと鳴らしてその場に直立した男は刃天と少しばかり距離を取って対峙した。


「……うちの職員が何か粗相を起こしたかね」

「殺人き? だったか? そんな扱いを受けた。そしたらなにか、急に全員が武器を持って立ち上がって来るじゃねぇか。こりゃあ何かの試練かぁ?」

「違うぞギルドマスター! 水晶が真っ黒に濁ったんだ!」

「なるほど」


 刃天もこの老人も、説得できるなどとは考えていない。

 互いに値踏みをしあっているだけだ。

 

 老人が腰に取り付けていた魔法袋からステッキを取り出した。

 刃天は暫く思案したが、受付嬢をその場に捨てる。

 これ以上人質にしていてもこの男には意味がないと直感的に悟ったのだ。


(この老人、女ごと斬るつもりだったな)

(ほぉ、捨てたか)


 両者の間にピリリとした空気が走り続ける。

 人質が居なくなった今、絶好のチャンスだとして出る機会を窺っている冒険者が数名いたが、どうしても足を踏み込むことができなかった。


 しばらくの沈黙。

 刃天はアオをその場に降ろし、ついに鯉口を斬る。

 老人はその場でじっと動かず相手の動きを待っていた。


「異人、一つ問う」

「なんでぇ」

「貴殿の故郷で人殺しは重罪か?」

「はっ! 土地を求めて殺し合いがあるってのにそんなことで罪に問われてたまるか!」


 鼻で笑い飛ばす。

 己の生活を支える上で力は偉大だった。

 それに戦場では罪に問われないのにそれ以外では罪に問われるという理屈も理解できない。


 これを聞いた老人は水晶について説明する。


「選別水晶は貴殿の過去を色で判別できる魔道具だ。どす黒くなったということは多くの人間を殺したことがあるという証拠。つまり罪人」

「だから何だってんだ」

「冒険者ギルドは実力もそうだが信頼も重宝される。ここは罪人が来るような場所ではない。法がそう言っている」

「んじゃ法が間違ってんだな」

「残念だ」


 左右から濃い気配。

 バッとしゃがみ込んで回避をしたところで、足にちくりとした痛みが走った。

 見やれば二の腕ほどの大きな蛇が足に噛みついている。

 緑色の蛇で瞳は不気味なほど濃い紫色をしていた。


 そして妙なことが起こっている。

 丸い円のような物が地面と空気中に展開されており、そこから蛇が顔を出しているのだ。

 刃天はこれが何か一切わからなかったが、アオは知っていた。


「いづ……!」

「召喚魔法!? 刃天!」

「んだそりゃあ……!」


 これも召喚術だったようだ。

 吹き矢の毒よりも強い猛毒だったらしく、刃天はすぐに膝をついてしまった。

 これに冒険者一同は声を上げる。


「おお! 流石ギルドマスター!」

「もっと早く出てくれても良かったんじゃないですかー!?」

「まぁまぁ、そう言ってやんな。歳なんだよ」

「まだお主らには負けぬぞい? さぁ、暫し離れておれ。まだ、毒の臭気が残っとるからの」


 老人の言葉を聞いて誰もが数歩下がった。

 蛇が噛みついている所からは確かに青い煙がうっすら発生しており、それが毒になっているらしい。

 アオはこれを解毒することが可能である。

 しかし今回……刃天に解毒をする事が間に合わなかった。

 何より蛇がかみついたままなのだ。

 これを剝がさない限り毒が常に流し込まれる。


 だが、アオは非力だった。

 蛇の硬い鱗をナイフで貫く力もなければ、引きはがすこともできなかったのだ。

 得意の水魔法も鋭利にする技術はまだ持っていない。

 せいぜい大量の水を作って壁を張ったり、敵を押し流したりする程度である。


「刃天! 刃天!」

「──」



 ◆



「スー、ハー……。クソがあああああ!!!!」

「やかましい」


 地べたに大の字で寝転がった刃天は大声で文句を口にするが、地伝は軽く叱っただけで苦い抹茶を口に運んだ。


 また死んでしまった。

 召喚術というのは本当に厄介だ。

 大きな動物はもちろん小さな生物すら何処からともなく出現させることができるとは。

 何より手名付けているのが面倒くさい。


 妖術一つ取っても取り扱い方でいろいろ変わってくるようだ。

 ここで暫く思案して対処方法を考えたいところだが、今は急がなければならない。


「おい地伝! 今からあいつらしばく! 生き返らせろぉ!」

「時の流れは遅い。暫し言葉を交えたとしても支障はあるまいて」

「あ、そうなの?」

「だから少し付き合え」


 地伝はそう言いながら湯呑を差し出してきた。

 確かに少し落ち着いてから戻った方がいいだろうし、なにより聞きたいこともある。

 刃天は湯呑を受け取ってその場に座り、ぐっと飲み干そうとしたのだがあまりの苦さに顔をしかめた。


「ごっ……!? おげ、にがっ……!」

「地獄の粗茶だ。亡者で飲んだのは貴様が初めてだな」

「こ、こんなのが好きなのか地獄の連中は……」

「私だけだが」

「……お前がただの変わり者ってのが今分かった……」


 呆れる様にして湯呑を返し、舌を出して息を吸う。

 苦すぎて舌が縮みそうだ。


 その様子をくつくつ笑って愉快そうに見ている地伝は、再び茶を作って飲み始める。

 よくあんなに苦い茶を眉一つ動かさずに飲むことができるな、と感心した。

 一体どんな葉を使っているのか気になったがなんとなく聞くのは憚られたので黙っておく。


「して? 何を聞きたい」

「あ、そうだった……。あんまり苦い茶だから忘れてたな」

「それで?」

「幸についてもう少し詳しく教えてくれ。なんだか……道が多すぎる気がする」


 そこに気付いたか、と地伝は顎を撫でた。

 頭で理解するのは苦手としているようだが、経験で理解することが得意なようで、今までの経緯を考えてこの答えに辿り着いたのかもしれない。


 確かに刃天には既にいくつかの道が用意されていた。

 大きな三つの道の内、彼は水の子と行動を共にする道を選んだ。

 そして大きな国へと渡り、宿を取って店主とその娘に出会い、今ギルドという場所で一悶着起きている。

 今刃天に起きていることは、幸を使った道の提示と元々の運の悪さが招いた不幸だ。


「門番と面識を持ち、宿屋の店主と娘と顔見知りになった。そうだな?」

「ああ」

「これが幸が提示した道。つまり良い道だ」

「ふんふん。んじゃあぎるどってところのこの問題は何だ」

「単なる不幸。だが人を殺し、幸が減ればこの不幸が増える」

「ふざけんな」


 ふざけるも何も本当のことである。

 だが地伝からしてもあの道具で急に下手人となるのは理不尽なものだな、と思った。

 そして次の行動で刃天の大きな未来が決まる。


「亡者刃天」

「なんでい」

「あの者共をどうする?」

「決まってんだろ」


 地伝は刃天の目を見た。

 彼の意志は固く、蘇ってから行う行動は既に決まっており、覆るものではないということも分かる。

 己が何を言っても無駄だろう。

 すべて彼が決めた道だ。


 地伝は杓子を担ぎあげ、刃天に狙いを定める。


「苦難しか待っていないぞ。もしやしたら、修羅やもしらぬ」

「あの世もこの世も、地獄にゃ代わりねぇだろ」

「はは、違いない。したらばその選択、後悔するなよ」


 ゴウッ……と振り抜いた杓子は刃天の顔面にめり込んだ。

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