2.7.宿探し
数時間何もせずに立ちっぱなしというのはなかなか辛いもので、ようや手続きを終えたのは夕刻であった。
先ほどであった兵士が手続きを行ってくれたので、仮の身分証明書を発行してもらい、それを二人分手渡してもらう。
大きさとしてはとても小さい物だが、鉄で作られているので頑丈そうだ。
これがあればこの国限定で仮の身分証明書になるとの事。
首に掛けられるようになっているようで、滞在中はこれを首に掛けなければならないらしい。
少し邪魔だが仕方がない。
己と、己の腕の中で寝ているアオの首に証明書をぶら下げておく。
説明をしてくれた兵士が最後に忠告を挟む。
「大丈夫だとは思いますが、悪事は働かないように。犯人逮捕の協力をしてくれた貴方を牢に入れたくはありませんから」
「心配しなくても自ら牢に入ろうだなんて思わねぇよ」
ひらひらと手を振って適当に別れを告げる。
分厚い壁の門を通ってようやく中に入ることができたのだが……。
「なんじゃこりゃあ……」
まず目を瞠る程の人、人、人、人!
門の入り口ではあるが多くの人々が行きかっており、人で足の踏み場がないほどだ。
どうやら屋台などが出ているので人がごった返しているらしい。
入国したばかりの人々が、小腹を満たすために何かしら購入するのだろう。
そして次に驚くのは地面。
すべてが石畳の道なのだ。
段差もなく整然と敷き詰められた石の道は、一国の全てを覆い尽くさんと何処までも広がっていた。
さらにこの技術力。
石材は見事な正方形に整えられており、曲道などがあればそれに沿うように削り出されている様だ。
国を囲う程の石の壁を造り上げる技術があるのだから、これくらいは茶飯事なのかもしれない。
それにしても規模が大きすぎて圧巻だった。
そして次に見たこともないとんがり屋根の城、家屋、店。
屋根に使われている素材は瓦ではなさそうだ。
城に至ってはすべてが石材でできているのではないだろうか、という程に白い。
一つの店をとっても石材と木材を混ぜこぜに使っていて、更に色合いは派手である。
どっちを向いても新しい物ばかりが目に入り、本格的に目が回ってきそうだった。
目を閉じて眉間を押さえ、頭を振るって顔を上げる。
「ち、珍妙な……。このような場所に居ては目が回る……。人気のない場所はどこだ……」
とりあえず人気がなさそうな場所を選んで歩いていく。
ここにはいる前、アオは宿を取らなければならないと言っていた。
野宿にも慣れているし寝られるならどこでもいいのだが、拠点となる場所は必要だろうということに落ち着いたのだ。
それにこういった大きな国だと、どんな悪事を企んでいる奴が潜んでいるか分からない。
身の安全を確保するためにも、宿探しは必要であった。
だが……うるっさい。
この辺りはとにかくうるさくて仕方がなかった。
というより宿は何処だ。
見るもの全てが初めてな物ばかりで何も分からない。
自分だけでは探すことが難しそうだと感じたので、とりあえず人が少ない場所に移動してからアオを起こすことにする。
気配を辿って静かな場所へと来ることができたのだが、この辺りは寂れていた。
これだけ多くの人を抱え込み、城下すらも壁で覆っているというのにここまで静かな場所があるということには驚いた。
どれもこれもまだまだ使えそうな家屋が並んでいるのだが……人が住んでいる気配はない。
「なんじゃここは……。ふむ、一旦戻るか」
くるっと踵を返して元の道を戻る。
さすがにこの場所は静かすぎだ。
こんな所に宿があるとも思えないし、紛れるためにはある程度人の往来は必要だ。
騒がしすぎる場所には極力居たくはないが……。
森の中で迷子にならない術を持つ刃天は、やはり始めてきた国でも迷うことはなかった。
すいすいと道を戻って人の往来が少しばかりある街道へと出る。
この辺りでアオを起こすことにした。
「むぅ……?」
「お前の出番だ。宿って何処にある?」
「ちょっと待って……」
目を擦って意識を覚醒させてから、自分の足で立って歩く。
周囲を見渡してここがどういった場所かを確認したアオは、看板を見ながら宿を探した。
どうやら看板を見ることで、この家屋がどんな商いをしているかが分かるらしい。
薬草が描かれていれば薬師、食器が描かれていれば食い処、といった具合だ。
宿は寝具が描かれているらしいが……。
「あった」
「……これは、寝具なのか?」
「ベッドだよ?」
初めて見るものだが、これも慣れていかなければならなさそうだ。
刃天は懐からいくつかの革で作った巾着袋を取り出した。
「……刃天? それって……」
「善行を成したと思ったら下手人に騙されたんだ。ちったあくすねたって罰は当たらねぇ。それに、今は金がねぇからな」
「ま……まぁ……ううん」
刃天が取り出したのは財布だった。
下手人たちに弁明するため、アオがひっくり返した魔法袋の中にあった物である。
戦闘の最中にいくらか足で跳ね上げて回収しておいたのだ。
四袋しかくすねることができなかったが、一日分の宿代くらいは充分にあるだろう。
しかし金銭に関して刃天は疎い。
どの銭がどれだけの価値を持っているかはもちろん、宿や売り物の相場も分からないのだ。
なのでこれはすべてアオに任せる。
金銭を全て渡し終えたところで、刃天は堂々と宿の扉を叩いた。
するとアオが扉を開けて中に入って行く。
どうやらこの国では扉の前で返事を待つ風習はないらしい。
ここが店だからだろうか?
中に入ってみると、意外にも木材が多く使われた家だった。
外の喧騒も気にならないし、なにより静かだ。
目にも優しい色合いの間取りで刃天はようやく一息付けたような気がした。
スパアアンッ!!!!
「なんだ!?」
「うわあ!?」
受付の奥から乾いた音が鳴り響く。
音があまりにも大きいので二人揃って飛び上がりながら驚いてしまった。
すると、何かが倒れる音がする。
そのすぐ後に軽い足音が近づいて来て、奥から女の子が涙を貯えながら飛び出していく。
呆気にとられながら呆然としていると、もう一人奥から人が出てきた。
片頬の頬を真っ赤に染め上げている男だ。
恐らく親子なのだろうが……。
((修羅場……?))
嫌なタイミングで来てしまったな、と刃天とアオは同時に苦笑いを浮かべた。
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