2.6.徒党を組むは烏合の衆


 なにかを目で、そして手で合図を送り合っていることが分かった。

 長旅で休息をしている集団かと思ったが、その半分は盗みを働く下手人共だったらしい。

 国の中ではなく外であれば掟に触れることはないと思っているのだろう。

 それは間違いないのかもしれないが、相手にしたのが刃天だったことが彼らの運の尽きである。


 しかしよく考えている集団だ。

 長蛇の列からは近くもなく遠くもなく、だが兵士がいる場所からは相当遠い場所に陣取っていた。

 何も知らない人間から見れば、ここで休憩してから列が短くなるのを待てばいいと勘ぐってしまうことだろう。

 それこそが罠であるとも知らないのだから、騙されても仕方がない。


 刃天は彼奴等が下手人だと看破したまでは良かったが、ここからが面倒だ。

 相手は何か合図を送り合っている。

 と、いうことはこうした場面を想定していた可能性は充分にある。

 こちらが敵対行動を取った時の為に、何かしらの対策を講じていても不思議ではない。


「アオ、魔法の気配があれば教えろ。俺にはまだ分からん」

「分かった……!」


 小声でやり取りをした後、刃天はそっと栂松御神に手を掛ける。

 静かに鯉口を切ってすぐに抜刀できる状態に構えた。


 細い気配。


「ッ!」


 バッと手を伸ばしてアオの顔を守る。

 するとちくりとした小さな痛みが走った。

 手を引っ込めて見てみれば小さな針が突き刺さっている。

 これは吹き矢の針だということに気付き、更に紫色の液体が垂れているということにも気付いた。

 どうやら毒が塗ってあったらしい。


「ハッ。あの女より忍びらしいじゃねぇか」


 ギョロリ、と吹き矢を放った女を睨む。

 女は攻撃が命中したことに笑っていたが、刃天が睨むと蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。


 針を手から抜き、ピッと飛ばす。

 すると前にいた者たちが一気に伏せた。

 四名ほど突っ立ったままだったのだが、恐らく今伏せた者たちが徒党を組んでいる連中だ。

 今刃天が投げ飛ばした針に毒が塗ってあるということを知っている。


「覚えたからな」


 目が回ってきた。

 視界がぐにゃりと曲がって平衡感覚を完全に狂わせられた。

 膝をついてしまい、回ってきた毒に耐えかねて吐血する。

 どうやら相当強力な即効性の毒だったらしい。


 アオの声がかすかに聞こえる。

 他の声もよく聞こえないが、蛇が出ただのと騒いでいるということは分かった。


(なるほどな、悪くない騒がせ方だ)


 すると、冷たい物が体に入ってきた感覚がしたのだが、そこでふと体が楽になった。

 めまいがだんだん収まって視界がはっきりするようになる。

 近くにいるのはアオだけのようだし、こっそり毒を抜いてくれたのかもしれない。

 今すぐにでも動けるようになったのだが、ここは毒に侵されている風を装って隙を伺った。


(クソ、死んでも構わんと考えると無茶しちまうな)


 結果的にアオを助けることができたので別にいいのかもしれないが……己らしくない。

 心の中で大きなため息をついてから、近寄って来た下手人を手刀で仕留める。


「ほぎゅっ……!?」

「手前ら如き、これで充分」


 アオに手を伸ばそうとしていた男に飛び掛かり、蹴りを繰り出す。

 喉を狙った一撃は見事に命中して唾液をまき散らしながら吹き飛んだ。

 そのまま次の相手を目視して鳩尾に拳をめり込ませる。

 更に今し方殴った男を振り回して一人を叩き潰す。

 これだけでは倒れただけなので、追撃をしっかりと入れて気絶させた。


 瞬く間に四人をのしてしまった刃天。

 喧嘩は刀の次に得意な戦闘方法だ。

 己の拳は裏切ることはしないし、鍛えた分だけ強くなれると実感させてくれる。


 細い気配を再び感じた。

 流石に二度も同じ攻撃を喰らってやるほどお人よしではない。

 懐から短剣を取り出して弾き、アオがばら撒いた銭袋を足で掴んで上に蹴り上げ、片手でキャッチしてから全力で投擲した。

 硬貨の入った小さな袋は石と同等かそれ以上の硬度を持つ。

 それは頭部に直撃したらしく、吹き矢を持っていた女は頭を押さえてひっくり返った。


「五人」


 残りは九人といったところか。

 さすがに目の前で五人が倒れす姿を見てしまったが為に、士気が大きく下がっているようだ。

 逃げ腰になっているのが七名、逆上して向かってきているのが二名。


 図体のデカい男が大きな拳を突き出してきた。

 真っすぐな攻撃は確かに強力ではあるが、これ以上に対処しやすい技はない。

 半身引いて軽く躱し、右手で手首を掴み、左手を相手の肘に掛ける。

 相手の攻撃の勢いに抵抗しながら前の踏み込み、相手の腕を掴みながらぐんっと下から上に持ち上げるようにして回してやった。

 すると前のめりに倒れて一回転し、背中をしたたかに打ち付ける。

 踵で腹部を蹴り落とし、悶絶している最中に次の相手に視線を向けた。


「はああっ!!」

「ほぉ、ようやく得物を持ったか」


 魔法袋から取り出した剣とも短剣とも言えない微妙な長さの剣を振り込んできた。

 この世の剣術は初めて目にするかもしれない。

 少しばかり期待してみていたのだが、馬車を護衛していた鉄の鎧を全身に身に着けていた男よりも不格好な足捌き。

 ただ振り上げて剣の重さだけで殴りつけようとしている構え。


 つまらん、と胸の内でため息を吐く時間すらあった。

 刃天は一歩踏み込んで肉薄し、剣を持っている手首を掴んだ。

 これで剣を気にする必要はない。


 素人ほど武器を持つとそれに頼りたくなるものだ。

 これは刃天にも経験があるのでよく分かる。

 だが合戦場でそれは命取りである。

 得物が長ければ確かに有利に事を運ぶことができるかもしれないが、時と場合によって武器を変えることができなければ、武具を身に着けた敵には勝てぬというもの。


 刃天は即座に肘を腹部に打ち込んだ。

 体がくの字に曲がった男の顎に膝を打ち込んで更に追い打ちをかける。

 跳ね上がった頭部は力を失ってそのまま仰向けに倒れそうになるが、襟首をつかんで引き寄せて頭突きを喰らわせた。

 鼻が折れたらしく鮮血を散らしながら今度こそ地面に転倒する。


 ぱんぱんと手を払いながら残りの七名を睨んでやると、誰もがその場で固まった。

 逃げるだけの距離は充分に開いているのに動かないとは暢気な奴らである。


「うっし」

「じ、刃天! 大丈夫!?」

「あん? おうよ! 徒党を組む奴ってのは烏合の衆が多いんでな。素手で充分。そういやお前が何かして毒を抜いてくれたんだろう? あれは助かったぜ!」

「良かった……」


 心底ほっとして安堵したアオは、その場に座り込んでしまった。

 そこまで緊張するものだっただろうか。

 子供だから仕方がないのかもしれないが。


 すると、騒ぎを聞きつけた兵士が三名駆け寄ってきた。

 これはさすがに逃げるわけにはいかなさそうだ。

 アオと目を合わせると頷いたので、兵士との会話を試みる。


「何事だ! 何をしている!」

「下手人とっちめてただけだ」

「げしゅ……? あっ! こいつら!」


 刃天が一番最初に気絶させた男を見て、兵士が驚いた様子で顔を確認した。

 懐から一枚の紙きれを取り出して見比べてみると、人相がよく似ている。

 どうやら指名手配されている人間だったようだ。


 それを確認し終わった後、他二名の兵士に倒れている数名の男女を確認させた。

 少し離れたところで固まっている者たちに刃天が手招きすると、まるで地獄に向かて歩いているかのように憂鬱な表情をして近づいて来る。

 どうやら観念はしてくれたらしい。


「なんだぁ? こいつら常習犯か?」

「まぁそんな所です。ご協力感謝します。この場に居る者たちで全てですか?」

「俺が確認したのはこいつらだけだな。親玉はいねぇようだが」

「分かりました」


 刃天と会話していた男は、兵士一人に指示を飛ばして増援を送ってもらうように手配する。

 残った二人で犯人を縛り上げて連行する準備を整えた。

 次第に周囲からの視線が集まってきたように思える。

 目立ちすぎたようだが、これだけ目立っていれば刺客が襲撃してくることはないだろう。


 だが視線の多くは刃天に向けられている。

 この格好がそうさせているのだろうとは思うが、生憎この世の服を着るつもりはない。

 あのような動きにくそうな服で刀を振れるものか。


 すると、兵士が声をかけて来る。


「えと、貴方はどういった御用でこちらに?」

「んあ? いやぁ……なぁ」

「じっ、実は身分証明書がなくて……」

「おや、そうでしたか。どちらから来られたのですか?」


 刃天とアオはその問いを聞いて悩む。

 ここで変なことを言わない方がいいことは間違いないが、アオは身分を明かせないし、刃天は何処から来たのか本当に分からない。

 だがこの世と元の世は違うのだ。

 どうせわかるまい、と思って刃天が口を開く。


「日ノ本だ」

「異国ですかね? 初めて聞きました」


 予想通りの反応。

 刃天はそのままつらつらと今し方考えた言葉を吐く。


「この地は初めてでな。長旅の末ここまで来たのは良かったが門前払いされるとなると……懐が痛くてなぁ」

「ああ、それは苦労されたでしょう。常習犯は貴方のお陰で捕まえることができましたし、仮の身分証をお渡ししますね」

「おお!? 誠か!?」

「はい。ですがギルドで正式な身分証を作っておいてください。この国を出国するのはこれが条件になります」

「よし! わかった!」


 刃天はしめた、と笑ってアオを見る。

 アオもほっと胸をなでおろして安堵している様だ。

 果報は寝て待てというあの鷹匠の言葉はあながち間違いではなかったのだな、と証明してくれた一件となった。


 入国はできるとはいえ、順番待ちを無視するわけにはいかない。

 最後尾に並んで時を待つことにした。


「……日が落ちねぇか? これ」

「入国できるのは夜かもねー……」


 案の定、ダネイル王国に入国できたのは夕方であった。

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