第三節『貴族の坊っちゃん』

「―――…おい、坊や。起きろ。」

目を開けると、そこには―――

「…―――わっ…!」

革鎧を身に纏った、冒険者風の男が、私の顔を覗き込んでいた。

「…失礼、何でしょうか。」

驚いて、少し叫んでしまった事を謝り、要件を聞く。

「坊や、孤児か?」

は?――…いや、確かにそうか。

「…突然何でしょうか、…坊やって。」

それに、私が坊やに見えるって?

これでも身長は170cm(体感)あるんだぞ。

…まあ相手は、私より20cmは高そうだが。

その時、後ろから、別の冒険者風の男が現れる。

「ハインツ、何やってんだ?」

「あぁ?いや…どうやらこの若さで浮浪者らしい。」

言ってくれるじゃないか…。

「えぇ?…君、歳は幾つだい?」

「子供扱いしないで頂きたい。私は15ですが。」

「子供じゃないか――」

「子供じゃないです。」

意地でも子供とは呼ばせない。

…確かに、成人の儀はまだ終えていないが。

「君、此処で何してるんだ。」

そんな答えづらい質問をしないで頂きたい。

「そんな強がる必要ないと思うぞ、坊っちゃん」

「…―――浮浪者の無一文です。」

恵んでくれ、特に金を。

「そうか、この先に教会があるんだが、浮浪者の保護をやってるぞ。」

教会…残念ながら、私はそこまで信心深くないのでね。

「そうですか、どうもお気遣いありがとうございます。」

すると、後ろに居た別の冒険者が、不思議そうな顔して、こう言った。

「…貴族か?」

「…――っ…。」

貴族と分からぬよう、きらびやかなジャケットを脱ぎ、長い髪はバッサリと切って、

色々と誤魔化した筈だけども…

「私はタントリス・フォン=ベルフルスブルクと申します。

諸事情で旅をしてる途中です。」

あくまでも否定はしなかった。

"聞くな"と言う意思表示である。

「そうか…。

ハンス、そろそろ行くぞ。」

「ああ。」

その冒険者は立ち去った。

 「…。」

しかし、教会か…。


「…―――ありかもしれない。」


私は木の根から立ち上がると、通りの方へ歩き始めた。


"アルトシアス派魔法教会"

神を持たず、魔法を信仰する、この世界でも珍しい宗教である。

この宗教は、サキュミナ地方に伝わる宗教に由来し、そちらは多神教であった。

幻影じゃ無い方の月を"ニンナの月"と呼ぶのは、

サキュミナ地方に伝わる宗教の、月の神に由来している。


私は今、この町の教会に居た。

とは言っても、まだ中には入っていない。ただ単に見ているだけである。

先程から人を見かけない、何とも不気味だ。


 …個人的に宗教は嫌いだ。あんまり、入る気がしない。

「…。」

中から声が聞こえてきた。

人通りが少ないのは、中で礼拝が行われている真っ最中だからであろう。

…今入るのは気まずいのでは?

元日本人としての感性が、そう告げている。

そんな感じで、ふと、直ぐ横を見ると、気になる建物を見つけた。

 "アドベントゥラーギルド冒険者組合"

南エルリッヒでは、稀にアドベントラーギルデとも発音するが、そんな事は今どうだって良い。

 冒険者か…少し憧れていた職業ではある。

ダンジョンを駆け回り、古代遺跡から遺物を発見し…。

家の残骸や古戦場から、何でもかんでも使える物集めるスカベンジャーからは、一線を画す職業だ。

あのまま伯爵当主として暗殺されるよりも、遥かにマシな事じゃないかと思う。

 この冒険者ギルドは、教会の別建屋を間借りする形で存在している様だ。

勇気を出して、教会内部に入ってみる。

 中は暗く、仄かに蝋燭の灯りで照らされた、何とも幻想的な空間であった。

"…洗脳と言うのは、こういった場所で行われるのでしょう、そうに違いない。"

そんな事を考えながら、冒険者ギルドの入口を探す。

 …入口横の通路の先、恐らくあっちだろうか?

行ってみると…―――。

…残念、診療所だった。

「失礼、冒険者ギルドが何処にあるか知りませんか?」

近くの看護婦に話しかけてみる。

「えっ?あ、あぁ…この通路の先にありますよ。」

こっちの道であっていた様だ。

この診療所の奥にあるらしい。

「ご親切にどうもありがとうございます。」

「どういたしまして…。」

さて、行ってみるか…。


 「では、銀貨五枚頂こうか――。」

「すいません辞退します。」

「えっ。」

拍子抜けした様な声が、後ろから聞こえた気がしたが…気にしない。

いや、冒険者登録ってお金いるの?

 …冒険者はギルド組合に参加しなければ、不利な事が多い。

ギルド組合が報酬金を支払うから、依頼者が死んでも確実に金銭を貰えるし、

仕事も直ぐに見つかる。(もっとも、仕事なんかよりも、スカベンジャーみたいに、残骸から何か漁る事の方が多いらしいが…。)

あと、盗人扱いされる事が多々あるのも不利らしい。

 何でこんなにも知っているのかと言うと…。

昔、私の教育係だった司教様に、教えてもらったからだ。

 もし貴族じゃなかったら、"あんたら手数料で金稼いでる癖に、何で未来ある新人に金取るんだ"とかケチつけてやる所だった。

…あっ、そうだ。私は貴族じゃないんだ。

まあ…そんな事、自分の性格上無理だけどね。

「ちょっと良いか。」

…どっかで聞いた声――あぁ、さっきの人か。

私はあまりの恥ずかしさで、一刻も早く立ち去りたいんだ。

「銀貨五枚、出そうか?」

「え?」


…―――まさか、誘拐しようとしてないですかね?


―――――――――――――――


「踊り病患者ですか?」

「ああ、それがこっちに来なかったかね?」

ベルノルティング王領警察の詰所。

彼らは知る由もないが、此処は、先日トリスタンを不審尋問した、警官の詰所である。

「いえ、そんな狂った奴は来ませんでしたが…。」

「そうか…。」

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転生グラーフ放浪記 〜殺されかけた伯爵は冒険者となる〜 赤目のサン @AkamenoSan

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