第二節『失踪』
大聖マグノリア帝国。
このエルリッヒ地方の大部分を占める国家であり、マグノリア暦40年に"マグノリア"と言う名の僧侶が、かつてのヘルツァーアインルィヒ帝国に反旗を翻して建国した国家だそうだ。
「…前世の記憶か…。」
…もしこの世界が、昔読んだ小説の世界であるならば…。
しかしこの国はマグノリア暦75年に、教皇
機会を待ち、姉に復讐をした後、南に逃げのびるしか無いだろう。
南には朝貢国が幾つかあり、文明自体は存在している。
「…何処に行こうか…。」
別に私は特殊スキルを持っている訳でも、何か秀でている訳ではない。強いて言うなら剣は少し得意だが。
…しかし匿ってくれる者など居るだろうか?
私は転生者だが、回りは果たして信じるのか?
若くして踊り病に狂ったなどで毒殺されてしまうかも分らん。
まあ、平民に紛れなければならん事は分りきっていたが。
…そんな考え事をしながら暫時歩いていると、
風の吹きつける丘に、ポツンと道標が立っていた。
「…ベルノルティング領、公爵閣下の直轄地か。」
閣下は南エルリッヒの王族、ベルノルト家の血筋で、皇族たるマグノリア=エルリッヒ家の遠い親戚にあたる。そして此処から先は、公爵閣下の直轄地の様だ。
…保護など、考えてはいけない。
私は、死んだ筈の男、タントリスだ。
「ふふっ…。」
少し笑って見せた。
―――――――――――――――
その頃、ヅィークシュタイン伯爵家の邸宅。
「トリスタン様は踊り病に罹ってしまわれたのか?」
「恐らく…一体どうしたものでしょうか…。」
「アーデルハイド様は、今どうなされている?」
「お嬢様は寝室で就寝なされております。…まだ気付いておりません。」
「…私が探してみよう。幸い、私の友人には"長けた者達"がいる。」
彼、
「お嬢様には、そうだな…―――私から呼び出しを受けたとしておけ。
…必ずや、見つけてみせる。」
―――――――――――――――
高原の終りに辿り着き、山々や森の草木で、先程まで吹き付けてきていた冷風から逃れた頃。
自分が、無一文である事に気付いた。腰のベルトをさぐれば、先程自らの髪を切るのに使った短剣と、飲料水の入った水筒のみ。
どうしようか…。
「ん…?」
暫く歩いていると、少し開けた場所に出た。
暗くて良く見えないが…―――。
「貴様、そこで止まれ。」
声の方を見ると、左手にランタンを持ち、腰に数丁の燧石式拳銃と、一振りのサーベルを携えた、恐らく※警察官と思しき軍人が居た。
※"ベルノルティング王領警察"と良い、帝国最大諸侯たるベルノルティング王国の準軍事組織である。
「貴様、何処から来た。」
元貴族としては、"貴様"と呼ばれる事が不快にしか感じない。
(日本人としては、お坊ちゃまと呼ばれる方が不快。)
「失敬、何かありましたか―――」
「簡易検問だ。出身と名を述べよ。」
ちゃんとした関所で無かった事が幸運か。そうで無ければ大分恥ずかしい事になっていただろう。
全裸で所持品検査とか堪ったもんじゃない。
「私はタントリス・
警官は、何故だかは分からないが、不思議そうな顔をした。
「…?…――通っていいぞ。」
「…どうも。」
何の意味も無い検問な気がするのは私だけだろうかね。
どうやら此処は広場らしく、奥の方には石造りの建物が両脇に立ち並ぶ町があった。
検問があったんだ、それなりに大きな町であるのは間違いないだろう。
…しかしそんな事より…。
「――…眠い。」
寝る所が無い。何処かに泊めてもらおうにも、対価として支払えそうなものが無い。
あったらそれを売り払って、宿で一晩明かすだろうな。
…。
寝れそうな所を探すと、少し外れに、封鎖された井戸を見つけた。
そしてその側に、一本の木がある。
私は、露出した木の根っこに腰掛け、そこで一夜を明かす事にした。
―――――――――――――――
「さっき、貴族っぽい坊っちゃんが通ってな。」
「ほう?」
街の入口に存在する、警察の詰所。
先程タントリスと遭遇した警察官は、※ルキダスバイエルンの瓶を開ける傍ら、同僚達と談笑をしていた。
※ルキダスバイエルンとは、エルリッヒ地方で飲まれる蒸留酒である。
「やけに丁寧な言葉遣いの癖して、フォン=ベルフルスブルクと名乗ったんだ。」
この国で名字を持たぬ平民は、自らの出身地を名字とする事が多い。もしくは
つまりフォン=ベルフルスブルクは平民の名字なのだ。
「ベルフルスブルクの町長か何かの息子じゃないのか―――」
コルク特有の、スポン!と言う様な音で、話は遮られた。
「ほら、空いたぞ。」
ルキダスバイエルンを木のジョッキに注ぐ。
グラスでもあれば良いのだが。
「「「乾杯。」」」
余談だが、同町の町長の名字は"ベルフルスブルク=
しかし彼らは、そんな事を知る由もなかった。
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