誰の仕業だ

 面倒なことになったわね……。柘植狛人を前にしたあたしはもう何度目かのため息を吐いた。

 正直、こうなりそうな予感はしていたけれど、まさか柘植がここまで強引な手段でくるとは思わなかった。別にこの告発書があたしの仕業だと言いふらされても、他の連中からしたら何の証拠もないうえにクズ野郎の言い分なので、こちらに甚大なダメージが入るわけでもないと思う。ただ、穏便に済ます余地があるなら乗るのが賢明だろう。

 さて、どうしたものかしらね……。プランを考えていると、エアコンの前から動こうとしないアスマが口を開いた。

「ところでさ、夏目さんと蕨野さんとはどうなったの?」

 重要な話ではなさそうだが、確かに気になるところではあるわね。

 この質問に柘植の顔が苦虫を噛み潰したようなものに変わる。

「二人ともに振られたに決まってるだろ。ワンチャンどっちかは許してくれないかなと期待してたけど、普通に駄目だった」

「二人ともその手のことには潔癖っぽいものね。そもそも期待するなって思うけれど」

 夏目は中学時代の出来事から男女の交際に関しては思うところありそうだし、蕨野はもともと夏目との仲を怪しんでいて身を引いたので、こうなるのは当然だろう。

 あたしは人差し指でとんとんと机を鳴らし、

「とりあえず、これだけは絶対訊いておかないといけないわね。柘植は青春破綻者という単語を誰かに教えたりした?」

「まさか。とっくに忘れてて、これを読んで思い出したくらいだ」

 こいつが嘘を吐く理由もないし、つまり柘植から容疑者リストが派生することはない、と……。

「じゃあ、これが撮られた日に心当たりは?」

 あたしはしわくちゃの告発書に載っている二枚の写真を指差す。柘植は腕を組んで唸り声を発しながら、

「結華が夏服着てるから、七月に入ってからなんだろうけど……。香薇とはよくこの公園でイチャついてたしなあ。人があんまこない穴場なんだ。……少なくとも、ここ数日で撮られたものではあると思う」

「なんの手がかりにもならないよ」

 アスマが呆れた様子で言った。……どうでもいいけど、しゃがんでいるせいでやたら長い髪がろくに掃除していない床に着いているのは気にならないのかしら。ならないか、アスマだし。無駄に綺麗な髪なのにもったいないわね。

 あたしは脚を組み替えた。

「訊いたのはあたしだけど、写真が撮られた日と時間帯がわかったところであんまり関係ないから別にいいわ」

「どうしてだ? アリバイを調べて容疑者を絞り込めそうなもんだけどな」

 疑問を呈する柘植に、気づいてなかったのかと心中で舌打ちをする。仕方なく答えた。

「写真なんて他人に撮らせればいいだけだもの」

「あ、そりゃそうか」

 こんなことなら柘植に写真を撮られた心当たりのある日と時刻を思い出させて、そのときにはアスマといたことにしておけばよかった。

「狛人くんは二人と付き合ってたこと、誰にも言ってなかったの?」

 アスマが柘植を見上げながらきょとんと首を傾げた。

「当たり前だろ。ラブレターのとき以外、俺は誰にも女子と付き合っていることを話してない。香薇と結華だって誰にも言ってないはずだ。……ったく。結構巧妙に二人と付き合ってたはずなのになあ。やっぱり桂川さんだろ、犯人」

「自分の間抜けを人に押し付けんじゃないわよ」

 軽く睨みながら言うと、柘植はややたじろいだようだった。威圧感を振り撒くだけのあたしの鋭い目もこういうときは役に立つ。

「今日のところは訊きたいことももうないわ。帰っていいわよ」

 しっしっと動物を遠ざけるように手を振ると、柘植は渋々という具合に立ち上がった。

「期限は一週間以内な。それまでに真犯人を見つけなかったら桂川さんが犯人だと断定するから。じゃあな」

 柘植は途中ため息を吐きながら生物部をあとにした。その背中を見送ると、

「なんで被害者面してるのかしらね、あいつ」

 そんな感想が湧き上がってきた。

「いやー、二股はともかく今回の件では一応の被害者ではあるし」

 アスマは立ち上がって自分の定位置に戻る。こちらに顔を向けてきた。

「それで、容疑者……青春破綻者の単語を知る人たちって誰がいたっけ? とりあえず私たちと狛人くんは知ってるとして」

「あとは纐纈と夏目、蕨野ってところかしらね。あいつらの前で口走った憶えがあるわ。あんたが一人のときに誰にも話していなければ」

「話すわけないじゃん」

「でしょうね」

 頬杖を着きながらため息を吐く。アスマが不思議そうに眉根を寄せ、

「ミノさん、なんかあんまりボルテージ上がってないね」

「そりゃそうよ。頼まれる場合はこっちの立場が上になるけど、今回は脅しに屈したみたいなもんじゃない。使われる立場になるのはどうあっても面白くないわ」

 吐き捨てるように言うと、アスマは納得したように頷く。

「いつも無関係の位置から明月さんや十塚さん、その他諸々を振り回してるもんね。流石に当事者の一人になっちゃうのは面白くないか」

「失礼ね。無関係じゃなくて第一発見者よ。殺人事件の捜査には正当な権利があるわ」

「第一発見者の定義について、私とミノの間に分厚い隔たりがあるみたい」

 第一発見者は警察の捜査に混じることが許される。何故なら犯人から多大な迷惑を被っているのだから。尤も、あたしは迷惑云々ではなく、青春破綻者を見るために首を突っ込んでいただけだが。……警察の話で思い出した。

「そういえば蕨野の前で青春破綻者の単語を口にしたとき、明月たちもいたわね」

「あー、そうだったかも。何ならあのとき以前にも二人の前で話してそうではあるけど」

 あたしたちのことなので、話していてもおかしくはないか。ポケットからスマホを取り出す。

「犯人かどうか訊いておきましょうか」

「いや信じてあげようよ。大の大人で、それも刑事さんが密かに学校に忍び込んで高校生の二股を暴露してたら怖いって」

「冗談よ。単語を誰かに教えたことがないか訊くだけ」

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