第12話泥棒モンスター

「――はっ」


 …寝てた。

 ふかふかベッドに吸い込まれていつの間にか夢の世界に…


「今何時だ…?」


『17時』


 時計を確認する前に、頭の中で声が響いた。


「夕飯まだかな……」


 とりあえず部屋から出よう。


 体を起こす。布が擦れる音が静かな部屋に響いた。

 扉を開けて廊下に出ると、窓から差し込むオレンジ色の夕日が目に止まった。

 この世界の夕日はすごく綺麗。会社の窓から見る夕日とは全然違う。

 夕日に照らされた扉をノックすると、扉の向こうから気の抜けた声が聞こえてきた。


「はぁい」


「ヨドンナです。夕食って何時からなんでしょうか?」


 少し間が空いたあと、声が聞こえてきた。


「あれ、もうそんな時間だっけ…あぁ、ほんとだ」


 ドアが開く。勇者は私のことを見るや否やなにかに気づき笑みを浮かべる。


「寝てたでしょ」


 自信満々に言う勇者。

 的中している驚きは顔に出る。勇者は笑いをこぼした。


「えっなんで…?」


「目が寝起きの目だから」


 私の目を指さして言う勇者。

 どうやら私の寝起きの目を覚えるくらいには、この世界に転生して時間が立っているらしい…


「そんなとこまで見られているとは…」


「自分の側近だからね」


 そんなことを話しながら二人で笑い合っていると、不意にドタドタと足音が聞こえてきた。

 目をやると、慌てた様子でノギーさんがこちらに走ってきていた。


「ノギーさん?」


 勇者が言うと、ノギーさんは息を切らしながら口を開いた。


「お二人方!ちょうどよかった!大変です!作物が!」


「作物が…?」


 私が訊くと、ノギーさんは一呼吸置いた後言った。


「残っていたものもすべて盗まれました…!」


「え!?」


 え!?夕飯の時間は!?


「今すぐ向かいましょう」


 勇者は私と違って落ち着いた様子で言う。


「どうやら作物を咥えた獣のモンスターの影を見た村民もいるようで…急ぎましょう」


 ◇◇◇


 畑の状態を確認しようとしたが、周りは野次馬まみれ。


「皆さん!勇者様と側近様がお通りになられます!」


 ノギーさんが声を上げると村民達は振り向き道を開けてくれた。

 子ども達の小さな歓声と、大人達の小さな会話が耳に入る。大人たちが何を話しているのか、なんとなくは想像できる。


『いやぁ~申し訳ないなぁ私のせいで。色々言われちゃって可哀想に』


 考えたくないことをもう一人の私が無理矢理考えさせてくる。

 もう…こいつの思うがままに思考がかき回されていく…


「うわぁ…」


 勇者が呟く。畑は全体が穴だらけになっており、昼見た景色とは大きく違っている。

 散らばった葉だけが、ここが畑だと認識させた。


「さっき何かが向こうに走っていくのを見たぞ!」


 野次馬の1人が畑の近くの森を指さす。「ありがとうございます!」と一言お礼を言ってから森へ向かうと、確かにそこには小さな足跡があった。

 もっと刺々しい足跡を想像していたが、実際はネコのような可愛らしい足跡。それが森の中まで続いている。


「中に入ろう。ノギーさんはモンスターが来ないか見張っててください」


「わかりました!」


「行くぞ、ヨドンナ」


 剣を抜き、私に目を向ける勇者。

 先程とは違う鋭い目。私も気合いが入った。


「はいっ!」


 拳に力が入る。どんなモンスターが出てくるのか。今から少し緊張してきた。


 足元に注意しながら草木をかき分けていく。

 枝が皮膚に当たりチクチクと痛むが、お構い無しに足跡を辿る。


 一直線に何処かへ向かう足跡を追っていくうちに、辺りがすっかり暗くなってしまった。

 木々が光を遮断し、視界が不自由になる。足跡も相当見づらくなってしまっている。


「光源石を使うか」


 光源石。私と勇者が初めて対面したときに辺りを明るくしてくれたあの石か。

 勇者が小さなハンマーで光源石を叩く。金属音と共に辺りが明るくなった。


「なんだかあの時を思い出しますね」


 あの時の緊張、焦燥、恐怖。じんわりと蘇ってくる感覚を勇者に伝えた。


「だな。あの時はほんとにびっくりしたよ」


 笑い混じりに言う勇者。


「あの時、私を信じてくれてありがとうございました」


「どういたしまして。お前を信じてよかった」


 素直に感謝を伝えると、勇者は照れくさそうに笑う。


『はぁ~私がこんなこと言ってんのクソキモ…クソウザ…』


 なんか1人不機嫌なやついるけどほっとこう。


「――あ、これ…」


 どうやら勇者が何かを見つけたらしい。


「葉っぱ?」


 乾いた小さな葉。野菜の葉に見える。乾いてるってことは落ちてからあまり時間が経っていない。モンスターの住処にどんどん近づいていっているようだ。


「そろそろモンスターと出会ってもおかしくない。周りに何かいないかよく見ながら進もう」


「はい!」


 …といっても、辺りは草だらけ。モンスターを視認するのは難しそうだ。


 足跡は未だに真っ直ぐ続いている。後どのくらい時間がかかるのだろう。そんなことを考えている内に、予想外の出来事が起こった。


「足跡が増えた…」


 右からモンスターの足跡が伸びてきて、最初の足跡にピッタリくっついている。新しい足跡は最初のものと比べて小さい。恐らく、


「モンスターの子供か」


「ですね」


「段々話の全貌が見えてきたな…」


「家族で餌を食べるために畑から作物を盗んでいる。こういうことですよね…」


「そういうことだな」


 自分の空腹を満たすためではなく、家族の空腹を満たすために。なんとも憎めない話になってきた。


「もう少しだろうし頑張ろう。あと少しだ」


 気づけば日は沈みきっている。光源石がなければ遭難待ったナシだ。

 そういえば全然疲れないな。この体すごい。毎日同じ姿勢で長時間労働してたら運動不足で体力が落ちるのは当然なんだけど。


 しばらく一直線の足跡が続いたが、変化は突然現れた。

 足跡がカーブし、小さな茂みに続いている。茂みには小さな隙間があり、ここからモンスターが出入りしていることは容易に想像できた。


「入るか」


「入れますかね…これ」


 隙間は一メートルもなく、入りこむのは厳しそうだ。入り込めたとしても、恐らくモンスターは小柄。安易に入り込むとモンスターを刺激してしまう可能性がある。


「無理か…ならせめて様子を見るだけでも――」


「ギャガァ!!!」


 勇者が茂みに近づいた瞬間だった。茂みが大きく揺れ、勢いよくモンスターが飛び出し、爪を立てて勇者に飛びかかる。


「おっと…!」


 振り下ろされた爪をヒラリと躱し距離を取る勇者。

 私には目もくれず牙を剥き出しにして低く唸るモンスター。巣に近づいた勇者だけを敵対視している。


「一旦村に戻るか…」


「わかりました。転移で――」


 いや、どうやって勇者も一緒に転移させるんだ。

 でもわかりましたって言っちゃった。

 やばいやばいやばいよ。


「あっ、えと…」


『じれったいな…』


 お前は出てくるな…!あぁもうどうすれば…


「ん?どうした」


「あぅ…」


 あぁマズイ。悪い癖だ。焦ると声が出なくなる。


『――あぁもう身体貸せ!』


 …は?


「転移!」


 もう一人の私が勇者に手をかざす。

 視界は生きているが、体を動かすことができない。


 勇者と私の体が光り、姿が消える。

 激しく光る視界の中、ぼんやりと見えたのはギノーさんの姿だった。


「おぉ!無事で何より!モンスターは…?」


 私に何か言いたげな勇者だったが、ギノーさんの問いに答えるため、私が口を開いた。


「モンスターが作物を盗んでいたのは、家族を守るためでした。どう対応するかは、ギノーさんに委ねます」


 殺せと言われたら殺せるだろうか。「わかりました」と言えるのか。正直自分でも分からなかったけど、依頼を完遂するのが私達。覚悟はできた。


「す、少し待っていてください。勇者様、良ければ手伝ってくれませんか?」


「あぁ、わかりました」


 このリアクション、どっちなんだろう。

 勇者とノギーさんは2人で集会所へ歩いていった。


『礼は無しか?』


「正直嫌だけど…まぁ、確かに助かった。ありがとう」


『礼を言われるのも気持ち悪いな』


「なんなのもう…」


 本当にこいつには悩まされる。

 でも今日は例外だった。


「というか身体使えるの?」


『お前が嫌がればできないな。…言ってしまった。今回限りかもしれない』


 質問に答えるだけの情はあるのかもしれない。


 集会所に目をやる。ちょうど扉が開いて、二人が出てきた時だった。どうやら段ボールを二人で運んでいるようだ。


 程なくして二人は森の前に着き、段ボールをおろした。ドサッと音を立てて土煙を上げるそれは相当重量があるように見える。


「これは…」


「野菜とか、色んな食べ物を倉庫から運んできました」


 なんだか、肩の荷が降りたというかなんというか。私が野蛮すぎただけだった…


「わかりました。私が転移で運びます。勇者様はまた威嚇されたりしたら大変なので待っていてください」


 正直心配はあるけど、側近として成長する良い機会にも感じた。


「わかった。これ、光源石。気を付けて」


「はい。行ってきます」


 段ボールを抱える。思ったより重くて一瞬よろけそうになったが足に力を入れて耐えた。


「転移!」


 視界が真っ白になり、私の姿が消えた。


「良い側近様をお持ちになられてるんですねぇ…」


「はい。自慢の側近です」



 さて、森についた。巣は目の前。


 光源石の光に気づいたモンスターが茂みから顔を出す。


 赤茶色の狐のようなモンスター。相手が勇者ではないからか表情は少し柔らかいが、警戒はしているようだ。


 段ボールを不思議そうに見つめるモンスター。ガムテープは剥がされており、中に様々な食料が詰め込まれているのが見える。

 その中から人参を手に取り、モンスターに差し出す。目を見開き、茂みから身体を出した。クルクルと鳴きながら私の足元に寄ってくる。


 こうしてみるととても愛くるしい仕草と見た目。しゃがんで足元に人参を落とすと、すぐにそれを咥えて茂みに入っていった。小さく咀嚼音が聞こえて数秒後、親モンスターに続いて小さな子モンスターが二匹茂みから出てきた。

 段ボールを見つめる目からは「それをくれ」という意思をなんとなく感じた。


「待ってね…今――」


 辺りが真っ暗になった。光源石の光が消え、ただの石と化している。


「嘘…どうしよ…あっ転移で村に――」


 手をかざそうとしたが、人間の手は2つしか無い。3匹を一気に転移するのは不可能だ。一匹欠けるとこの子達がパニックになりかねない。


「どうしよ…」


「クゥ?」


 目の前に優しい光が灯る。見ると、3匹の尾から小さく火が出てあたりを照らしていた。


「これなら戻れる!食べ物は後で渡すね!」


「クゥ!」


 ◇◇◇


 出口が見えた。勇者とノギーさんがこちらの様子を伺っている。


「勇者様!」


 名前を呼ぶと、勇者も声を上げる。


「ヨドンナ!大丈夫か!」


「大丈夫で~す!」


 モンスターたちの様子を見てみると、出口を心配そうに見ながら唸り声を上げていた。


「大丈夫だよ。さっきはごめんね」


 勇者に代わって私が謝ると、私を信じてくれたのか再び歩きだしてくれた。


 そんなこんなで森を出ると、ノギーさんは驚いた様子で私から段ボールを受け取った。モンスター達は案外焦ること無く、ノギーさんを見つめていた。


 ノギーさんがダンボールからトマトを取り出しモンスターに差し出すと、親モンスターがそれを咥える。


「私が人参をあげたので、お腹いっぱいらしいです」


「そうなんですね。それにしても、まさかテラシギツネだったとは」


「テラシギツネ?」


「テラシギツネは警戒心が強いのですが、自分に対して優しくしてくれた人には素直に従うかわいいやつなんです」


「この子は…」


 私が言うと、ノギーさんは優しく言った。


「私が預かります。子どもたちが育ったら、農業の手伝いとかしてもらいましょう。村の人も新たな村民に喜んでくれるはずです」


 そう言ってテラシギツネを優しく撫でるノギーさん。


「私からの依頼は、これにて終了となります。報酬は明日お帰りの際にお渡しします」


「「ありがとうございます」」


 依頼は完遂。穏便に済んで良かった。


 ノギーさんがテラシギツネと一緒に集会所に戻るのを見届けた後、勇者と顔を見合わせる。


「お疲れさま」


「勇者様こそお疲れさまでした」


「今日は軽く晩酌してから寝るか。まだお店開いてるし」


 予想外の嬉しい一言に、私の心臓は躍動する。


「本当ですか!?嬉しいです!」


「今日はおつまみ忘れないようにしないとな」


「ドラゴンの肉にも気をつけましょう」


「ハハ、そうだな」


 二人で笑い合いながら市場に向かう。集会所の開け放った扉からは楽しそうな声が聞こえていた。










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魔王の側近に転生したけどまた働かされるのは嫌なので優しい勇者の側近になります。 舘夢ゆき @yukiyukiay

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