第10話邂逅

「じゃ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 就寝前の挨拶を交わし、階段を登る。

 勇者との戦闘で疲労が溜まった身体は、早くベッドに行けとしつこく催促してくる。


 ドアを開けて部屋に入る。私の部屋は元々物置き部屋だったものを綺麗に掃除し、ベッドや机などの必要最低限のものを集めた部屋。どこか温かくて安心する。


 電気を消しベッドに横たわると瞼はすぐに重くなり、私を夢の世界へと誘った。




「――あれ?」


 私、ついさっきまでベッドの上だったよね?


 気がつくと、いつものゴスロリ姿で一面黒一色の謎の空間に横たわっていた。

 十中八九明晰夢だろう。でも、こんな薄気味悪い夢を見ることになるとは。


「――起きたか」


 え、誰。


 低くて暗い女性の声。いかにも「悪」って感じ。

 だが、なんだか聞き覚えのある声だ。


 起き上がり、声がした方向に身体を向ける。


「え…」


 そこに立っていたのは私だった。

 服装も、背丈も、顔も全く変わらない。唯一違ったのは声だった。

 全く違うわけではない。でも、威圧感のある低い声。勇者が初めて私と出会った時、何かが違うと察したのは声の違いからか。


「…あなたは?」


「自分に名前を訊くのか?」


 やっぱり私なんだ。本当に変な夢…


「ハァ…」


 目の前の私が溜息をつく。掌を私の腕に向けると、中心から冷気が放たれた。


「痛ッ!?」


 鋭い痛みと共に、肘までが氷に包まれる。


「先に言っておくが夢ではない」


「…本当にあなたはなんなんですか?」


「いつまで私を演じるつもりなんだ?余所者…」


 驚きで硬直する。

 まぁ、理解はできた。


「なるほどね…あなたは私が転生する前のヨドンナ。合ってる?」


「当たりだ」


「何が目的なの?」


 淡々と、質問を続ける。刺激しすぎないように。


「お前こそ何が目的なんだ?勇者と馴れ合い、シナリオを完全に破壊している!」


 シナリオ。どうやら彼女は理解しているらしい。


「あなたもしかして…」


「この世界は『げぇむ』なんだろう?お前が私の身体を奪ってくれたお陰で、お前が知っている事実が頭に流れ込んできた」


 苛立ちを帯びながら、彼女は続ける。


「リスタート、リセット、ゲームオーバー、セーブ、ロード。いずれもこの世界にはないものだが、『げぇむ』というものが何なのか知るには十分だった」


 私が見てきたヨドンナとは違う。あの気品は魔王がいたから成り立つものだったのか。


「この世界には、リスタートも!リセットも!セーブもない!あるのは死のみ!わかっているのか余所者!?」


強い憤りを帯びた声。そんなことはとっくのとうに理解している。


「一週間もこの世界で生きればそのくらい理解できるに決まってるでしょ」


「…質問を変えよう。お前は何故勇者と馴れ合う?」


 馴れ合う。腹の立つ言葉だ。


「馴れ合うなんて言わないでくれる?側近として、仕えていると言わせてもらう」


 この喋り方、久しぶりだな…


「ほざくな」


 笑い混じりに吐き捨てる彼女。


「仕える者に向ける気持ちはあなたが一番理解してるはずでしょ?私は今あなたに無性に腹が立ってる。側近として、ヨドンナとして勇者の元で暮らしてきたから。身体は渡さない。絶対に」


「…クソが」


「そして、あなたを攻撃するつもりもない」


 彼女は黙りこくり、静かに私を見つめている。大きく溜息をついたあと、口を開いた。


「契約をしよう。私もお前を攻撃することはない。だが、魔王様に危害を加えた場合すぐにお前を殺す。氷結の制限も無しにしてやる。魔王様に危害を加えずにこのゲームを『くりあ』してみせろ」


「氷結の制限って…」


「腹が立つから氷結に制限をつけておいたんだよ。解決策なんて無いのになぁ…勇者のやつ…ハハ…」


「おい」


 言わせておけば言いたい放題。


「おっと、申し訳ない。で?契約は?」


 ニヤニヤしながら私に問うヨドンナ。100%反省してない。いや、するわけ無いな。


「飲んでやるわ」


「よし。契約成立だな。このことは勇者に話すなよ」


「はいはい」


 否定してもどうせ無駄無駄。この数分でこいつがどんなやつかは理解した。


「はいは一回にしろ」


「何?母親面?」


「私がいないとお前はいないんだからな。実質母親だろ」


 本っ当にウザい。なんなんだこいつ。


「それじゃあまた」


「は?また?」


「定期的にここでお前と話させてもらう。私の娯楽のために」


「冗談でしょ…」


「そううんざりするな。戦闘について教えたりしてやるよ」


「勇者様がいるんで大丈夫――なにこれ…?視界が――」


 視界がぼやけてあいつの輪郭が歪む。感覚は水の中で眼を開けたときに近い。


「時間か。お目覚めの時間だぞ」


「うっさいな――」


 ここで意識は途絶えた。




 日光、小鳥のさえずり、リビングから聞こえる油の音。

 やっと開放された。


『なにホッとしてんだよ』


 頭の中であいつの声が響く。気色悪い感覚に顔をしかめると、また頭の中で声が響く。


『戦闘中にアドバイスぐらいはしてやるよ』


「あんたにアドバイスされるとか…てかこれができるなら夢の中で会う必要ないでしょ」


『それもそうだな』


「とりあえず黙っててよ。リビング行くから」


 返事はなかった。「わかった」ぐらい言えないのか。

 単にシカトしただけなんだろうな…


 リビングを降り、仕えるもの勇者の元に向かった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る