第8話アクアはねぇ~!ホントにねぇ~!可愛くてねぇ…

「お、お水準備してきます!」

 腰を上げ噴水の向こうへ駆けていくアクアくん。女王はそれをやれやれ…と見守る。


「さて、とりあえず移動しようか」


 歩き出した女王の後ろを歩く。すでにアクアくんの姿は消えていた。

 廊下に敷かれたカーペットを踏みしめながら歩みを進めるうちに、大きな両開きの扉の前についた。

 扉には至る箇所に雫の模様が掘られている。女王は扉に手のひらを押し当てるとそれはギィと音を立てて開く。


 扉の先にあったのは金色のシャンデリアが目立つ大きな部屋だった。

 大きな長方形のテーブルとそれに沿って並べられた木製の椅子、一際目立つ白い玉座。

 このいかにも「城」って感じ。テンションが上がる。


「んじゃそこに座って」


 女王が椅子に座る。玉座ではなく椅子に。

 私は向かいの椅子に座る。多分ここに座るべきなんだろうなぁ~という直感を信じた。


「多分アクアがそろそろ来るはず…」


 直後、扉が開いた。


「おまたせしました!」


「は~いありがとね~」


 二本のグラスが乗ったトレンチを女王が受け取る。アクアくんは短く礼をして部屋を出た。


「アクア――」


 さんorくん。一瞬の迷い。


「――くん」


 ッ!?私の迷いを即座に読んでノータイムでサポートしてくれたッ!?


「くんでいいんだよ。いや、くんにしてくれ。アクアはくんでないとダメなんだ」


 すんごい必死。真剣な顔で何を言ってるんだこの人。


「あ、ありがとうございます。アクアくんは女王様の側近なんですか?」


「うん。そうだよ」


 私のくん呼びに至極満足した様子で答えてくれた女王。

 側近に年齢は関係ないらしい。


「アクアはねぇ~!ホントにねぇ~!可愛くてねぇ…」


 この言葉だけで女王がどれだけアクアくんを溺愛しているのか、嫌と言うほど理解した。


「アクアくんって――」


 息子さんなんですか?

 女王の一言に私の言葉は遮られた。


「養子だよ」


 何か問題でも?という表情。


「そうなんですね」


 ここは落ち着いて。空気を読め私。


「親がこの国じゃ珍しい極悪クソ野郎でね。即座に引き取ったんだ。もちろん両親はすでに他界してるよ」


 なぜ他界したのか。理由は問う必要なし。女王の苛立ちに満ちた目を見ればわかる。…裁いたのだろう。


「思い出すだけでもイライラするね…この話はやめにしよう。さて――」


 この世界について。やっと知る時が来た。


「――あんた勇者とどこまでいったんだい?」


「へっ?」


「言い方を変えよう。あんた勇者のことどう思ってる?」


 何言ってんだこの人…?

 困惑と呆れ。話題が変わり過ぎではないだろうか……


「えっ、ちょっ……えぇ?」


 ヨドンナの気品を忘れ本気で戸惑う私。


「だぁ~!焦れったい!だぁ~から好きなの!?そうじゃないの!?」


 身を乗り出して叫ぶ女王。


「私は側近です!仕える者に恋愛感情を抱くことはありません!」


 負けじと正直に叫ぶ。


「ふ~ん?そうなんだぁ~?」


 ニヤニヤしやがってぇ…


「一体何に期待してるんですか…」


「進展があったら教えてね」


「話聞いて下さい!」


 とは言ったものの、結局聞いてくれず会話は本題に入った。


「えぇと…この世界について、だったね」


 切り替え早いなぁこの人。


「まずは歴史について。昔、ある勇者が世界を守っていた。その勇者は火、風、水の三属性を使うとんでもないやつでね。文字通り『最強』。だったんだけれども…」


 どうやらここが起承転結の「転」らしい。


「魔王が現れた。大量のモンスターは倒しても倒しても湧いてくる。『魔王を倒さなければキリがない』。こう考えることは自然だよね。そうして武装した国民達と魔王の戦争が始まった。結果は……相打ち。いや、正確にはまだ戦いは続いている…のかな?」


「どういうことですか?」


「…魔王は死にかけたんだ。そして死を避けるため、自らの存在を再構築することにした。20年かけてね。勇者もそれ巻き込まれた。だが与えられた力が弱かったためか25年間の再構築。勇者は再構築に巻き込まれた時三属性を世界にばらまいた。そして3つの国が生まれた。魔王は徐々に力を取り戻していってる。恐らく街一つ容易に破壊できるほどの力はあるはず。因みに勇者は水と風の力を取り戻しているよ」


「いつ攻撃されてもおかしくないってことですね…」


「いや。あいつは完全復活した後に攻撃してくるだろうね。絶望のどん底を眺めるのがあいつの趣味だ」


「…復活まであと何年なんですか?」


「3年」


 硬直する。今あいつは私の絶望を眺めているのだろうか。


「だからそれぞれの国は動き出してる。そこにあんたという変数が現れた。これから先どうなるかはわからないけど…時間がかかってもいい。残り二人の王に仲間として認めてもらうんだ」


「…はいっ!」


「よぉしその意気だ!話は終わり!ちゃんと家まで送るからね!」


「ありがとうございます!」


 こうして昔話は幕を閉じた。



 城を出ると、車の横にアクアくんが立っているのが見えた。姿勢を正してこちらを見つめている。


「お見送りかい?」


「はいっ!せっかくこの国においでくださったのですから当然です!」


「うん。偉い偉い。そろそろ兵士たちが帰ってくるからよろしくね」


「はい!」


 車に乗り込む。エンジンがかかるとアクアくんは短く礼をし改めて私に感謝を伝えた。


 沈みかけた太陽を背に車が天を駆ける。


「もう夕方か!夕飯もあるだろうし、ちょっと速度上げるよ!」


 ルーフが閉まる。メーターは90キロメートルを示していた。


 ◇◇◇


「よ~し到着!今日はありがとね!また会おう!」


「はい!ありがとうございました!」


 車体がくるりと背を向ける。小さく土煙を立てて空へ昇っていった。


 小さくなった車体を見つめていると、不意に後ろから声がした。


「おかえり。夕飯できてるぞ」


 ――この調子じゃ当然どこまでいったか聞かれるか。


 じゃなくて。家に帰らないと。


「はい、今行きます!」


 キッチンからはカレーの香りが漏れていた。












 『――体を返せ』


 彼女の声はまだ届かない。














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