第7話ジョーロへようこそ

「あぇ…」

 背中が温かい。顔を上げると毛布が背中を滑り落ち日光が私のドレスを照らした。

 椅子から降りながら時計を見る。12時49分。寝すぎた。

 強い頭痛と倦怠感。二日酔いに苦しみながら勇者を起こすため勇者の部屋のドアを開ける。キィと音を立てながら開いた扉の先には、ベッドで背を向け丸まっている勇者の姿があった。

 完全遮光のカーテンが日光を拒んでおり、少しの隙間から強い日差しが入り込み足元を照らしている


 コツン、とつま先に何かが当たる。見ると、それは開いた図鑑だった。

 腰を曲げてそれを見下ろす。陽の光が書かれた文字を照らしていた。ドラゴン肉の説明…?どうやらこれは食材の図鑑のようだ。

 大きなドラゴンの画像が目立つ。その横に書かれた細かい字をなんとなく文を目でなぞってみた。


 ――酒と一緒に食べた場合酒が回りやすくなる。

 …そういうことか。


「おはよぅ…」


「わっ」


 目をこすりながらムクリと起き上がる勇者。寝起きで語尾がへにょへにょになっている。


「あぁ、ごめんごめん」


「大丈夫です。おはようございます」


 勇者は私の足元を一瞥すると、あっ。とリアクションする。


「読んだのか。本当にすまなかった」


 申し訳無さそうに言う勇者。酒が飲めたから全然ヨシ!

 と言うわけにもいかない。


「いえ、私も一緒にドラゴンと戦ったんですからお互い様です」


「それなら、女王もだな」



「ハハ、そりゃ悪かったね」



「「え」」


 突然床から軽く水しぶきをあげながらカノン女王が現れた。私の隣に立ち、呆然と立ち尽くす私達を気にせず話し始める。


「あ、床濡れちゃった。ごめんごめん。昨日、あんたをジョーロに誘ったろ?『今度』とは言ったけど暇だから来ちゃった」


 そんな彼女みたいなノリで来ちゃったと言われましても。


「不法侵入ですよ女王様…」


「あんたが変なこと言うからでしょーよ!」


 勇者にビシッと指を指して声を張る女王。ごもっともである。


「とにかく、ヨドンナちゃん借りていくから」


「別に私は誰のものでもないですよ…」


「ハハ、まぁそうだね。じゃあね勇者~」


 部屋を出ながらヒラヒラと勇者に手を振る女王。私も追いかけて部屋を出ようとする。


「あ、ヨドンナ」


「はい?」


「行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます」


 勇者に背を向け、扉の前で待っている女王の元へ向かった。


「ほんとにお熱いねぇ…」


 女王がニヤニヤしながら何か言っていたが聞き取れなかった。

 …なんとなく聞き返す必要はなさそうだった。



「さて、移動手段は…こいつを使おう」


 扉の前に止まっている水色のオープンカー。女王の上品な装いとはミスマッチに見える。

 女王はそれに乗り込むと素早くエンジンをかけた。


「何ポカーンとしてんの!ほら乗って!」


「は、はい!」


 急いで扉を開けて助手席に乗り込む。シートベルトを締めると女王はアクセルに足を置いた。


「レッツゴー!」


 笑顔で女王が言うと同時に、オープンカーが発進する。

 景色が斜めに傾く。オープンカーは地面から離れ宙に浮かんだ。


「うわぁ!?」


「ちょっと急な坂道だと思えばいいんだよ!ある程度浮いたらこの世界を目に焼き付けな!」


 その言葉を理解するより先に高度はどんどん上昇し、気づけば木々を見下ろしていた。

 後方を確認する。見えたのは水で形成された道。ドラゴンを倒したときの、あのスキルの応用なのだろう。


「いやぁ~!風が気持ちいいねぇ!」


 風を受けロングヘアーを優雅になびかせる女王。なんかやけにテンションが高い。

 でも、ハイテンションな女王のお陰で緊張が少し解けた。なんとなくリラックスできたので、話したいことを話そう。


 サラッと「そうですね」とだけ答えて、私は話を始めた。


「私、ジョーロの人たちにどんなふうに思われるんでしょうか…ごめんなさい。せっかく気持ちよく走ってるのに暗い話になっちゃって…」


 内心不安だった。非難され、攻撃されてもおかしくない。


「危険なら誘ってないよ。ジョーロの国民は流されやすいんだ。きっと歓迎してくれる」


 私の予想を裏切り、女王はあっけらかんと言ってみせた。さすが水の国。


「わかりました。ありがとうございます」


 とても誇らしげに、自信を持って語る女王。

 私は悪じゃない。私も自信を持ってそう言えるようになりたい。


「よし!そろそろロードを出るよ!多分ジョーロも見えてくるはず!」


 傾いていた車体は水平になり、ロードを出た。

 見えてきたのは湖に囲まれた大きな街。うごめく小さな粒は国民だ。


「周りを見渡してみな!」


 言われた通りに首を回して周りを見てみる。


「わぁ…!」


 山と海、火山と4つの城。緑、青、赤の彩色が目に飛び込んでくる。

 そしてその中に、どす黒い紫があった。

 距離はかなり遠い。だがここからでもわかる。あれが魔王国だろう。


 私の視線をなぞり、何を見ているのか察した女王は短く息を吐き話を始めた。


「あれが魔王国。外側に強力な結界が張られていてね。どう壊せばいいのかはまだわかってない。魔王を倒せばモンスターはこの世界から消え、新たな世界が生まれる。味方が一人増えたんだ。きっと倒せるよ」


 これからどれだけ時間がかかるかはまだわからない。


「勇者様も、女王様も…すごく遠い存在。それに比べて私なんてまだまだ虫ケラ同然です。早く追いつかないとですね」


「虫ケラ!アッハハ!あのヨドンナが自分のことを虫ケラと称すとはねぇ!あんたはちょっとネガティブすぎるよ」


「すみません。まだまだ時間が必要です」


「うん。ゆっくりでいいんだよ。魔王国の外があんたにとっていい場所になるといいね!」


 包み込むような優しさ。いつからか触れなくなった人の良心に感動する。


「よし!もう着くよ!」


 車体は傾き、女王とのドライブは幕を閉じた。



 湖の前で車は止まる。お出迎えしてくれたのは迫力満点の城と大きな扉。

 城の向こうからは国民たちの喧騒が小さく聞こえてくる。

 女王はエンジンを止めて車を降りると、私を見て自慢気にフッと微笑んだ。


「これが私の城。さぁ!ジョーロへようこそ!」


 両手を広げ、高らかに叫ぶ女王。その瞬間、湖の透き通った水が鯨の潮吹きのように吹き上がる。小さな虹が一瞬見えると、私は感嘆の息を漏らした。


「どうだい?綺麗だろう!?」


「はい!とっても!」


「いいリアクションしてくれるじゃないか!じゃあ城に入ろう!」


 女王は私に背を向ける。湖へ歩みを進める女王を慌てて追いかけた。

 女王は波紋を広げながら湖の上を歩き出す。その優雅な姿に見惚れていると、女王は振り返り私に言う。


「あんたも歩けるよ!おいで!」


 そろりそろりと水面に足をつけると、水面が揺れ波紋が広がる。

 不思議な感触だ。柔らかいけど硬い。


 女王は扉に手のひらを押し当てる。ゴゴゴ…と低音を轟かせながら扉が開いた。


 城内は美しい水音だけが響く不思議な空間だった。

 城内は真っ白な壁に金色の装飾が施されており、青いカーペットの先には巨大な噴水がある。窓から陽の光が差し込み、噴水から吹き出す水はキラキラと輝いている。


「ちょっと待ってね。もう少しで私の側近がここに来るはず――」


 数秒後、背後からカーペットを踏みながらこちらに走ってくる何者かの足音が聞こえてきた。


「わっ!」


 幼い声。直後、背後からドスンッと音が聞こえてきた。


 背後から聞こえる幼い声。振り返ると、ウェイターの格好をした青髪の背の低い少年がうつ伏せになって倒れている。


「イテテ…」


 起き上がりながらズボンを手のひらで払う少年。大体12歳程だろうか。

 ゆっくりと私を見上げる少年の目は、まるでサファイアのような蒼だった。


「アクア!慌てなくて大丈夫だから!」


 アクア。この子の名前か。カノン女王は彼に駆け寄り体についた細かいホコリを払ってあげている。


「女王様こそ慌て過ぎですよ。このくらい…大丈夫ですから…」


 不満げに服の皺を整える彼は、カノン女王がそばを離れるとビシッと姿勢を正し、礼儀正しく私に挨拶をした。


「はじめまして!カノン女王様の側近、アクアです!ヨドンナ様のことは女王から聞いています!ジョーロへようこ――グッ!」


 突然口を抑えてしゃがみ込むアクアくん。私と女王が焦りながら見守っていると、震え声でアクアくんは言った。


「舌…噛んじゃいましたぁっ……」


 …何だこの子ッ…可愛いッッ……!!











































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