第4話コミュ障シルバーヘアー

 勇者の側近になって2日が経った。この2日間は勇者にこの世界について教えてもらったり街を歩いたり…今のところ自分が元魔王の側近だということは人々にバレていない。ただ社畜だった頃のコミュ力不足で話しかけられる度にテンパってキョドりまくるため変なヤツだとは思われてると思う。

 そのせいでガキたちにつけられたあだ名はコミュ障シルバーヘアー。クソが。


「んぁ…!?今何時…10時!?遅刻――あぁいや私今側近なんだった…」


 太陽の光を浴び起床してから、この流れになるのも今日で2回目だ。へばりついた「遅刻」という概念を早くとっぱらいたい。


 元気な髪の毛を櫛で落ち着かせ、勇者がいる1階のリビングへ向かう。ドアを開けると油が跳ねる音、野菜が刻まれる音が聞こえてくる。聞くだけで涎が出そうだ。

 昨日買ったパジャマのおかげで非常に階段が降りやすい。ドレスだと不便で仕方ない。


「お、起きたか。もうちょいで出来るからな」


「おはようございます。楽しみです」


 ササッと椅子に座る。絶えず続く油の音。それが私の眠気を押しのけていく。

 勇者は料理が上手い。社畜だった頃にこの一日三食が確立していれば、少しは気力が湧いたかもしれない。

 とにかく暖かい味なのだ。おふくろの味、的な?


 使われている食材は以外にも牛や豚、鶏卵などどれも転生前食べてきたものと同じだった。どうやらモンスターの肉や玉子は非常に高価らしく、中々手に入らないとのこと。

 勇者の収入源は市民からのお礼。インフォバードというモンスターが勇者の家にモンスター出没の知らせを届けに来る。そしてモンスターを討伐した後市民からお礼を貰うらしい。

 お礼は強制ではないが、お礼を渡すことが常識らしく渡さない人はごく一部らしい。お礼を渡さない人の依頼をインフォバードは承らないらしいが。


 他にもちょっとしたトラブルを解決したり、勇者の仕事は様々。

 数々の依頼を勇者はいつも1人でこなしているらしい。


「出来たぞ〜」


 大きな湯気をあげる皿がダイニングテーブルに置かれる。香ばしい香りが鼻腔を刺激し一気にお腹が空いてくる。

 艶やかな目玉焼きと油を纏ったベーコン。薄茶色のゴマドレッシングがかかったレタスとミニトマトのサラダ。シンプルでめちゃくちゃ美味しそうだ。


「「いただきます」」


 まずはサラダを一口。口に入れた途端ゴマの香りが口いっぱいに広がり、みずみずしいレタスシャキシャキと音を立てる。


「味はどうだ?」


 勇者は幸福感に包まれる私をじぃっと見つめていた。

 彼の目からは期待と緊張を感じる。


「凄く美味しいです……」


「よかった」


 薄く微笑んだ後勇者は箸を進める。

 次はベーコンエッグ。黄身が割れないように口へ運び、一口で口の中へ入れる。

 黄身が割れると口の中にまろやかな味がぶわっと広がる。


 いやぁ……最高だ。多分転生してないと今頃血反吐吐いて仕事してるよ……


「この世界について、段々わかってきたか?」


 ベーコンエッグを頬張る私に訊く勇者。


「まぁ…なんとなく」


 ベーコンエッグを飲み込み私は言う。今度街の図書館に行ってみよう。この世界についてもっと知れるかもしれない。

 プレイしたのすごい前だし、ここはゲームじゃなくて現実《リアル》。前提知識だけじゃ足りない。


「「ごちそうさまでした」」


 食器をシンクへ運び、自分の部屋へ戻る。

 パジャマからいつものゴスロリに着替え、ベッドに腰掛ける。

 スマホがないから何もできない。27年生きてきて、日本の最先端技術にはそこそこ触れてきた。娯楽がないとすごく、すんごく暇だ。

 どうしたものか…唸っていると、ノック音が聞こえドアが開いた。


「インフォバードが来た!初めての依頼だぞ!」


 勇者は嬉しそうに言う。剣や防具はすでに着ていて、準備万端といった様子だった。私もちょうど着替えたところ。緊張、不安、そして少しの期待に跳ねる心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。


「はい!」


 立ち上がり、ササッと家を出た。


「隣町にモンスターが出没したらしい。少し走るぞ」


「は、はいっ!」


 すぐさま駆け出す勇者を追う。息を切らしながら勇者に追いつき、洞窟の横にある村を通る。

 穏やかな村を駆けていくと、村人たちは不安そうな様子で私たちに「気をつけろよ!」とか「頑張ってね!」と声をかける。お礼を言っている暇はなかった。


「あっ!コミュ障シルバーヘアーだ!」


 うわ…


「なんで走ってんの?依頼?」


 私を追いかけるガキたち。そのうち1人が私の横で並走しだした。ニヤニヤしながら煽るように私に言うガキを横目で見ながら、「うるさい!どっか行ってください!」と言う――妄想をする。


「邪魔しないでもらっていいか?」


「「え」」


 私とガキが初めて通じ合った瞬間であった。

 冷淡無情に言う勇者。怯んだガキは足を止め私のそばから離れた。


「まったく…」


「あ、ありがとうございます」


 お互い正面を向いたまま会話する。そろそろ疲れてきた…


「どういたしまして―――えコミュ障シルバーヘアーって呼ばれてんの?」


 我に返って戸惑う勇者。すごいタイムラグだ。


「はい…」


「なんでだよ…」


 困惑する勇者。一番疑問に思ってるのは私だよ。


「あとどのくらいで着きますか?」


 話題を変える。我ながらいい判断だ。


「もう少しだな」


 走っても走ってもあたり一面草原。まだまだ遠そうに感じるが、勇者が言うことだ。近いのだろう。


「コミュ障シルバーヘアー……」


 見ると、腕で口を隠し、私のいない左を向き肩を震わせている。


「笑わないでくださいよ!」


 そういう私も…笑っている。


「すまない。さぁ、もう少しで着くぞ!」


「はい!」


 街が見えてきた。さぁ、いざ人助け――


「え?」


 見えたのは明らかに規格外のサイズのドラゴンのようなモンスター。

 悲鳴が聞こえる。度々咆哮をあげるモンスターを見て一気に緊張してきた。


「初任務がこれって、ある意味運がいいんじゃないか?」


「そうなんですかね…」


「習うより慣れろって言うだろ?行くぞ!」


「っはい!」


 初任務、すごいことになりそうだ。






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