第3話 コミュ障も見栄を張る

「ぜぇ…、ぜぇ…。体力殆ど行かれた…」


ほぼ空白になった体力ゲージに記された5の数字を前に、呆れを吐き出す「かれいの煮付け」。

彼は知らぬことだが、実を言うと今しがた倒したばかりのミニタウロスは「チュートリアル用モンスター」である。

ゲームに慣れてる、ないしそれなりにセオリーがわかっている人間であれば、体力をここまで削られることなど全くもってない。

この事実が示すことはただ一つ。


かれいの煮付けは現代っ子では考えられないほどにゲームがヘタクソなのである。


無論、そんなことを知らない彼はミニタウロスがドロップしたアイテムを拾い上げ、ウィンドウを開いた。


「ステータスが低い…ってことはないよね。

あ、レベル上がってる」


PN:かれいの煮付け

職業:格闘家 Lv.2

スキルアシスト無し

HP:5/36

MP:14/14

STR:7

VIT:3

AGI:12

INT:2

LUC:2


初心者らしい数値が並ぶステータスである。

ゲームに疎いかれいの煮付けは、並ぶ文字の意味を詳細欄から読み取る。

どうやら格闘家は防御力の低い職業らしい。

それでコレだけダメージを喰らったのか、と思いつつ、あたりの散策を続ける。

HPを回復したいところだが、チュートリアルを終えたばかりで回復アイテムなどという贅沢品が手元にあるわけもなく。

煮付けという名前らしく、箸で突かれただけで崩れ去りそうな装甲と体力で死地を歩く。


『侵入者を排除します』

『侵入者を排除します』

「うぉっ!?」


と。チュートリアルを終えた初心者に更なる試練と言わんばかりに、二体の機械が襲いかかる。

先ほど覚えた感覚で攻撃を弾き飛ばし、カウンターとして蹴りを浴びせる。

が、しかし。現実では猛威を振るう其れも、ゲームの場では初期ステータスで殴ってるだけ。

機械の体に碌なダメージが通るはずもなく、べちっ、と音を立てるだけに終わった。


「………硬くなぁい?」

『排除します』

「のわぁっ!?」


機械の体当たりを避け、続け様に迫る機械をなんとか受け止める。

体力が4減った。あとは死が待つのみ。

崖っぷちに立たされた煮付けは焦りながらも、受け止めた機械を思いっきり振りかぶる。


「喰らえやオラァッ!!」


素人丸出しの投擲ではあったが、距離が近かったこともあり、機械と機械がぶつかる。

ごぃんっ、と音を立てて二つが転がる。

やったか。

そんな希望も束の間、機械は即座に浮遊して彼へと襲い掛かった。


『排除します』

『排除します』

「まだ倒れないの!?」


鍛えた筋力は無力。技術とステータスがモノを言う世界。それがゲームというモノだ。

いくら現実世界で鎧袖一触の力を持とうが、ステータスが低ければ初心者に変わりないのだ。

体当たりを弾き飛ばし、大してダメージのない蹴りを浴びせる。

と。ようやく体力が尽きたのか、機械はその場から消え、よくわからない基盤が転がった。


「た、倒した…。

モンスター図鑑とかないのかな?」


名前を見る余裕すらなかった。

モンスターの情報を一目で確認できる方法が欲しいな、と思いつつドロップアイテムを拾う煮付け。

その背後に影が近づく。

操作に夢中になっている煮付けに物音を立てずに近づいたソレは、彼の背後に立つと声を上げた。


「あ、あのっ!!」

「ヒュィッ!?」


声に驚いた煮付けの声が裏返る。

人見知りやコミュ障といった類の人間は、ただ話しかけられるだけで極度の緊張を引き起こす。

ソレが意識外からのものであれば尚のことで、煮付けはその場から動くこともできず、背後を振り返った。


「格闘家ですよね!?アシストオフの!」


そこに居たのは、金髪の髪を無造作に束ねたチャイナドレスの少女。

恐らくは同じ格闘家の初心者なのだろう。

煮付けは詰めてくる彼女に「あっ、えっ」と声を漏らし、身を引かせる。

すぐにでもログアウトしたい。

しかしながら、あのアホと合流するまでは黒歴史を暴露される恐れがある。

逃げ出したい気持ちを堪えながらも、煮付けはぷるぷると震え、頷いた。


「やっぱり!アタシもアシストオフにしてる格闘家なんですけど、なんか…、こう…、思った通りに動けなくて。

初心者なのにすごい動きしてたから、アドバイスして欲しいなーって!」

「ぁ、え、えとっ…、えぇー…っと…」


気持ち早めに動けばいい。

それだけ言えばいいのに、煮付けは必死になって言葉を探す。

名選手が名監督になれるとは限らない。

コミュニケーションに多大な難がある人見知りでは尚更のこと。

グイグイと来る少女はウィンドウを操作し、煮付けに笑みを向けた。


「あ、よかったらフレンドなります?

スポーツはしてるけど、ゲームに慣れてないってタイプの人でしょ?

アタシはスポーツやってないけどゲームに慣れてるってタイプなんで、アドバイス出来ることも多いかなーって」

「ぇ、ぁ、はひュ」


拒否できなかった。

近くにいるプレイヤーにフレンド申請ができるようになっているようで、煮付けの眼前に申請を報せるウィンドウが出る。


『オフロミネンスとフレンドになりますか?』


猛烈にいいえを押したい。

が、本人が見ている前でそんな真似が出来るほど、煮付けの神経は図太くない。

諦めを込めて「はい」を選択すると、少女…オフロミネンスは笑みを浮かべる。


「よろしくっす、かれいの煮付けさん!

じゃ、お近づきの印に…、これどうぞ!」

「あ、ぅ、ど、ども…」


渡されたのはフラスコ瓶。

中には青の液体が入っており、軽く揺らすと、タプっ、と音を立てる。


「回復薬です!さ、どぞ!」

「ぇえ、あっ、あ…、のぉ…。

き、貴重な、ものじゃ…?」

「これ、豪華パックの特典で貰ったやつなんで、気にしないでください!

まだ90個くらい余ってるんで!」


そう言えば、そんな触れ込みでちょっと高めのソフトが売られていたような。

好意に甘え、煮付けは回復薬を呷る。

薬独特の苦味があるかと思ったが、このゲームの中では味覚が機能しないらしい。

そのまま水を飲み込んだような感覚と共に、ゲージが徐々に回復する。

これにより、3戦目にしてゲームオーバーという醜態は免れた。

その安堵と共に、再び申し訳なさが胸に込み上げ、彼は深々と頭を下げる。


「あ、あ、ありがとう、ござ…い、ます」

「どういたしまして!

じゃ、早速なんですけど、パリィってどうやったら上手くいくんですかね?

他のゲームだと上手い方だと自負してるんですけど、ここだとなんかタイミング合わなくて…」


パリィってなんだ。

ゲーム用語に疎い煮付けが眉を顰めると、オフロミネンスはすかさず「あの攻撃弾いてたやつです!」と声を上げる。

凄まじいコミュニケーション能力である。

劣等感や罪悪感で死にそうになりながらも、煮付けはなんとか言葉を紡ぐ。


「うぇ、え、え、えと、その…。

思ったより…、気持ち、早めにっていうか、その…。次、来たら、間隔…数えてみます」

「間隔って、コンマ1秒の世界っすよ?」

「り、リングだと、その判断しなきゃだし…」

「煮付けさん、リアルで本職の方なんすね」

「アヒュッ」


迂闊な発言は身バレにつながる。

ゲームのみならず、情報化社会における常識である。

モンスターよ。これ以上詰められる前に早く襲ってきてくれ。

そんな願いが届いたのか、茂みからミニタウロスが2匹飛び出してきた。


「煮付けさん、来まし」

「ほっ」

「た…。……えっ?」


一体目の鉈の攻撃を腕で弾き、2体目を蹴り飛ばす。

HPの減少は見られない。

攻撃が当たる0.3秒前あたりに弾くよう、動作に入るのがいいか。

経験から間隔を読み取り、言語化する。

衝撃で吹っ飛んだミニタウロスたちは受け身をとり、続け様に突っ込む。

一度倒したからか、動きが読みやすい。

煮付けは次々と攻撃を捌き、蹴りによるカウンターを浴びせる。


「……か、カウンター、蹴りなんスね…」

「こ、これで…稼いでるん…で…」


あまりマジマジ見られても恥ずかしい。

2匹のミニタウロスの頭を連続で蹴り穿ち、トドメを刺す。

総合格闘技の世界において、ここまでカウンターの蹴りを多用するのは煮付けくらいなものだろう。

この一連の流れだけでも身元を特定されそうなものだが、幸いなことにこの場にはオフロミネンス以外のプレイヤーはいない。

オフロミネンスもそこまで格闘技の世界に詳しいわけではなく、彼の動きを見てその正体を見破るような真似はできなかった。


「えぇっ…と、ぱりー?の感覚ですけど…。

攻撃が自分に当たる…、0.2秒くらい…って言えばいいのかな?

とりあえず、当たる…って、思うより…あの、ちょっと早く、弾く動きしたらいいかなー…って、思います、はい」

「んー…、秒数で言われると無理ゲー感あるっすけど、そんくらいならまあ、なんとか」


吃る上に小声という、聞き取りづらいことこの上ない煮付けの声を正確に聞き取ったオフロミネンスが軽く素振りする。

筋は悪くない。他のゲームで慣れているのだろうか。

そんなことを思いつつ、煮付けは足元に転がったアイテムを拾った。


「……煮付けさん、あんま話すの得意じゃない人っすか?」

「あは、はいっ。すみません…」


流石に見抜かれていたか。

理由が特に思い浮かばない申し訳なさが込み上げてくる。

そんな煮付けの内心など知ってか知らずか、オフロミネンスはからからと笑った。


「いえいえ、別に。そう言う人、あんま珍しくねーっすもん。ゲーム内がリアルに寄り過ぎて話せないって人も一定数いますしね。

昔の携帯ゲーム機とかで遊んでたタイプの人に多いっす」

「そうなん、ですね…」

「極端な例っすけど、NPCすら無理って人もいるくらいなんで、無理そうだったら一旦離れますけど…、大丈夫っすか?」

「あ、いや、は、はいっ。

えっと、だ、だ、大丈夫です…よ?」


見栄を張ってしまった。

本当はその「極端な例」にこれ以上なく当てはまるコミュ障だというのに、別に張らなくてもいい見栄を張ってしまった。

オフロミネンスは「ならよかった!」と、歩みを進める煮付けに続いた。

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補正がなければこんなやつ!! 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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