第2話 おのれ補正め!!

ロスト・レムナント。

その名の通り、一度文明が終わった世界を探索するMMOの超大作。

発売して一年が経った今でも尚、度々ネットニュースが流れるほどの人気を誇る。

それが僕の持つこのゲームの知識。

コミュ障の僕にとって、あまり触りたくない類のゲームだ。

でも触らないと黒歴史を道のど真ん中で叫ぶ大馬鹿が、今度はSNSに投下しかねない。

人質を取られた上に自害しろと言われたような気分だ。帰りたい。

…いや、家の布団で寝てるんだけどもさ。


「…にしても、放り込まれたのがまず苔むしたビル群って…」


スタート位置がランダムなタイプのゲームなのだろうか。

こういうのって普通は街とか決まってたりするもんなんじゃないの、などと思いつつ、辺りを見渡してみる。


「おぉー…。もうリアルと変わんないね…」


…昔も同じようなこと言った気がする。

それでNPC相手に限界迎えて、ゲームに触らなくなったんだっけか。

我ながらなんと情けない。

世界チャンプの姿か?これが?

自己嫌悪に陥りながらも、僕はその場から歩き始める。


「ステータス確認とかしても仕方ないしね、うん」


僕はここにゲームをしにきたんじゃない。

自分の欲求を満たすために、人の黒歴史を人質に取るクソ自己中のきったねぇ顔面を殴りにきたのだ。

ステータス そんなん知らん 殴らせろ。

…なんとも意味不明な俳句ができてしまった。国語の宿題で出したら先生キレそう。

沸々と湧き上がる怒りを堪えながら歩いていると。

物陰から小さな人影が飛び出してきた。


「ふももーっ!」

「うぉっ、びっくりしたぁ」


それを一言で言い表せば、武器を持った子牛だった。

僕は振り下ろされた斧から逃げるよう、軽く後ろへと下がる。

ミノタウロスとかいうベターなやつか。

そんなことを思いつつ、僕は敵の頭上に出ているアイコンを確認する。


「ミニタウロス…。愛嬌ある顔してるなぁ」


ずびっ、と鼻水を啜る可愛らしいそれを前に毒気が削がれていく。

手を出す気が失せる見た目だ。

愛嬌だけで世界を生きてきたみたいな子だが、これでも立派な敵モンスター。

その証拠に、小さな手にはどこからか見つけてきたであろう鉈を握っている。デフォルメされた牛のマスコットにしては殺意が高い。

「ふもっ、ふもっ」と鼻息荒く威嚇するミニタウロスを前に、僕はいつものように構えを取った。


「……あれ?いつもより鈍いような気が…」

「ふももっ!!」

「うわっ!?」


体に違和感を感じた隙に、鉈の一撃が繰り出される。

咄嗟に受け流そうとしたが間に合わず、ダメージエフェクトと共に僕の体力が32から30へと減少した。

…まさか。いや、まさかとは思うが。


「もしかして、あまりに身体能力高いと調整されちゃったりする…?」

「ふももっ、ふもっ!」

「お、わ、わぁっ!?」


いつもの通りに体が動かない!やばい!

考えてみりゃそうだよな!スタートラインはみんな一緒じゃないとダメだもんな!ふざけんな!!

そんなことを思いつつ、僕はみるみるうちに減っている体力ゲージに冷や汗を流す。

うっわ、もう残り半分しかない。

いや、初めての戦闘でゲームオーバーって、どんだけ下手なんだよって話になるだろ。

あの野郎、コレも込みで誘いやがったな?

会ったら顔面殴ってやる、と決意を新たにしつつ、試しに少しタイミング早めに鉈をいなす。


「……おっ、ダメージなし、と」

「ふもっ…!?ふもっ!」

「よっ、ほっ!」


なるほど。いつもの感覚でやってるとダメだな。「気持ち早め」にやると、攻撃をいなした扱いになるっぽい。

鍛えてきたことが仇になることってあるんだなぁ、と思いつつ、僕はミニタウロスの鼻っ柱に拳を叩き込む。


「ぶもっ…、もーーーっ!!」


吹き飛んだミニタウロスが受け身を取り、即座に僕へと突っ込んでくる。

鉈で突き殺す気なのだろう。

切先をこちらに向け、突進をかますミニタウロスに、僕は気持ち早めに宙転を開始する。

そして、そのままの勢いで突っ込んできたミニタウロスの後頭部めがけ、勢いをつけた踵を振り下ろした。


「沈めオラァッ!!」

「ふも」


ずごぉんっ、と大きな衝撃が走り、ミニタウロスが地面に叩きつけられる。

これぞ何人ものマッチョをマットに沈めてきた踵落とし、『雷鳴落とし』である。

流石に倒れただろう。コレで倒せなかったのは、世界大会で戦った人たちくらいだし。

そんなことを思いつつ、着地した僕はミニタウロスへ視線を戻す。


「……ふも、ふもっ!」

「…あれ?三分の一も減ってなくない…?」


そんなバカな…。アメリカのゴリマッチョをノックアウトした蹴りだぞ…?

こんなマスコットの牛さん1匹倒せないわけがな…、いや、待て。まさか。


「……攻撃の威力にも調整入るのね…?」

「ふももももっ!!」

「だぁああああっ!?

お前じゃなくてクソ野郎の顔面を殴りにきたんだってばぁああああっ!!」


あの野郎、絶対に知ってて事前に説明しなかっただろ!!

僕は怒りに満ちた可愛らしい顔面に、躊躇いなく拳を突き刺した。


「………」


背後からの視線に気づくこともなく。

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