6 マリオネットの見る夢

次の日、またスターシードランドに出かけ、あの不思議なカフェポーラースターでマダムクリステルに聞いてみた。

「昨日はすばらしい鳥かごを貸していただいてパレードの調査もうまくいきました。ありがとうございました。それで今日は、この不思議博物館に行きたいんですけど、とても広いところだと聞いて、どなたか内部の方をご紹介願えませんでしょうか」

このマダムときたら、今日も黒いベールで顔を覆い、印象的な大きな瞳しか見えない。

「あらモリーさん、毎日のお勤め、ご苦労様ね。ええっと、あそこは確かに広すぎて、どこから調査するのか見当もつかないわね。そうね、いろんな知り合いがいるけど、まず受付に行って、ミス・テリーゾーンを捜すことね。彼女がいろいろ教えてくれるわ。うまくすると、プロフェッサーアレックスライオンハートに会えるかもね」

プロフェッサーアレックスライオンハート?

「著名な哲学者で物理学者、本業の大学の講義が終わってから午後からネットに来ることが多いみたいだけど、不思議博物館の特別顧問という肩書だと思ったわ。彼はなかなか捕まらないし、かなりの変わり者だけど、超天才だから、何か知恵を貸してくれるかもね」

「わかりました、まず受付でミス・テリーゾーンを、それからプロフェッサーアレックスライオンハートを、何とか探し当てて、調査を成功させます」

そしてモリーは劇場通りを抜けると、不思議博物館のある丘の上に向かって歩き出した。

だがしばらく歩くと道がプラカードを持った人でいっぱいになっているところがあった。

「何かしら?デモ行進?でもここはスターシードランドの仲よ。いったいどういうことかしら?」

プラカードには、「移民教育エリア建設反対」「ここはテーマパークだ。楽しい施設を作れ!」「テーマパークに移民問題や政治問題を持ち込むな!」などと書かれていた。モリーはあの日本に住みたいと話していたマヤのことがすぐ頭に浮かんだ。自分はマヤみたいな外国のことも友達になりたいと思っていたが、何か難しい問題でも起きたのだろうか?モリーはちょっと不安になりながら、博物館のある丘を見つけ、スピードを上げていった。

そのころマリオネットコウジこと冬樹コウジは、大きな現場に踏み込もうとしていた

彼が現実世界で使っているマリオネットRがジャーナリストのマルコムライコスの潜伏先をつきとめたのだ。

マリオネットRというのは現実世界の探偵社の捜査員なのだが、高度のコンピュータ技術を有し、捜査中はほぼリアルタイムで操作画像を冬樹コウジに送信し、絶えず連絡を取っているのだ。現在R1とR2がマリオネットコウジをサポートしている。

大女優ビビアンエルンストは現実世界でも、ここ数年音信不通の行方不明者で、1部の映画関係者以外はその居所を知らず、もちろん彼らも誰にも教えないから、とりつくしまがない。マルコムライコスは潜伏先を変えながら時々ネットニュースに顔を出しているのだが、これもなかなかじっとしていてはくれない。絶えず潜伏先を変えるので、捕まえることは難しいのだ。

アンソニーゲオルギウスは、もともと孤高の環境学者であり哲学者で普通はお気に入りの別荘にこもって論文を書いているような人物で、趣味の散歩以外、ほとんどで歩くこともないような人物なのだが、ここ1週間はぱたりと目撃者がいなくなった。

「コウジさん、マルコムライコスにまちがいありません。つい30分前まで出入りが確認されています。今はホテルの部屋に戻ってきてそのまま滞在していると思われます。あのジャーナリストを捕まえるのなら今です。一刻の猶予もありません。いまそちらを出れば14分以内に現場に来られるはずです。

「わかった、なるべく11分以内にそちらに到着する。現場に待機して私を待て」

「了解」

もうすでに自動車は動き出していた。それにしても、あのモリーという少女は、何か飛びぬけていてうかうかできない。足踏みしていたらすぐに追い抜かれる。

窓の外を流れる風景が加速していく自分と重なっていく。ここでマルコムライコスを押さえればしばらくは互角にやっていけそうだ。そのためにも…マリオネットコウジはアクセルをぐっと踏み込んだ。

「コウジさん、お早い到着ご苦労様です」

コウジは黙ってさっそく陣取った。今回連絡をくれたマリオネットR2は、女子大生の優秀なアルバイトだ。21才で非常に賢く、美人すぎるのが唯一の欠点だ。美人すぎると何かと目立って探偵には不向きだからだ。

「よし、非常口や会談から逃げる可能性がある、おれが踏み込む間見張っているんだ。もし逃げるのを見かけたらすぐに連絡してくれ。」

「了解。」

「じゃあ、突入する」

コウジはホテルの従業員を装って、ドアを開け、飛び込んだ。

「なに?!」

ワンルームの整頓された部屋の中にはだれもいなかった。いや、今まで人がいたような気配すらなかった。ただ書斎机の上に小さなメモ用紙が貼られていた。そして、窓が全開になりカーテンが吹き込む風にそよいでいた。

小さなメモ用紙には、ご苦労様、ではさようなら、と走り書きで書いてあった。

「そんなばかな…ここは24階だぞ。」

マルコムライコスの逃げた先はまだ検討すらつかなかった。だがまたもやられた、確かに影も形もなかった。

その時、ケイジの通信装置が鳴った。

「マリオネットR1です。私は再びあの哲学者の別荘に来ています。今、彼が1週間前に残したと思われる文章を入手しました。デジカメで撮影してすぐに送ります」

「なんだって?よくやった、お手柄だ、すぐに確認する」

マリオネットR1はもう5年の付き合いになる信頼できる後輩の男性だ。事件はまた新しい展開を迎えたのだった。

…モリーが丘を登りきると、そこには小さな建物が見えてきた。

「わあ、きれい、ここがうわさに聞いた博物館外の入り口、スターシードさんの作ったバラの博物館ね」

植物園と違うところは、ここのバラは水やりや肥料などの世話もいらず、枯れることもない。いつもみずみずしく枯れ葉も出ず、しかもつぼみを指さして咲いてというと、みるみる大輪の花を咲かせてくれるのだ。根から茎、葉や花までとにかく本物そっくりで、専門家でも見分けがつかない。順路を選べば、バラの花園の散歩もできるし、噴水コースを行けば、素晴らしい彫刻に囲まれた大きな噴水とバラを見ながらデートもできる。素朴な野生種の野ばらから大輪のバラや青バラなど、専門的な品種改良の歴史を学ぶコースもある。

バラの博物館を抜けると、大きな塔のある建物が見えてくる。ここが受付らしい。

AIロボットによるいろいろなガイドもあるのだが、モリーは大きな声で言った。

「ミス・テリーゾーンさんはいますか」

すると奥から神秘的な美女が出てきた。山を描く太い眉毛、突き通すようなまなざし、クレオパトラを親しみやすくしたような受付嬢だった。

「…すみません。ポーラースターの、マダムクリステルから紹介を受けまして…」

かなりかしこい人らしく、すぐ話を理解し、どんどん話を聞いてくれる。

「…ははあ、そうですかするとあなたはスターシード氏から依頼を受けて、行方不明になった3人を捜していて、そのうちの1人がここで消息を絶ったらしいと…。ではこちらにどうぞ。…東大と呼ばれている受付の展望台に駆け上がります」

ミス・テリーゾーンは、受付の横にある木製の扉に導いた。そこはガラスの窓のある大きなエレベーターだった。ゆっくり上り始め、途中で高速になり、やっと最上階に着いた。

「わあ、すごい景色、そういうことか、そういうことなのね」

最上階で降りると円い展望台があり、360度の周囲の風景が飛び込んできた。南側には、丘の下にある駅や港、大きな商店街が広がり、列車の線路は丘のふもとのトンネルに消えていく。丘の上では、東にも来たにも西にも博物館の建物が広がっているのだ。

「広いって聞いていたけど、これってそのまま1つの街だよね。どこがどうなっているの?」

モリーが質問すると、待っていましたとばかりにミス・テリーゾーンが、両手を挙げてさっと説明を始めた。

この塔から見て、東側は、大ざっぱに分けて文科系博物館、西側は理科系博物館になっています」

そう言って右手で東を、左手で西を大きくなぞった。すると文科系の建物が赤で縁取られ、理科系の建物は青で区切られた。その世界を牛耳る自信に満ちたその仕草は、まるでオーケストラの指揮者のように堂々としていた。

仮想世界ですから、この風景の中に開設の文字を入れることもできますよ」

ミス・テリーゾーンがさっと手を上げると、それぞれの建物の上に博物館名がざっと現れ、さらに関連ある博物館は、似たような色で色付けされてわかりやすくなっていた。

「例えばあそこはバーチャルワールド博物館、世界最初のバーチャル映像やその進化の歴史、関連機器の進化の歴史などいろいろ体験できるわ。モリーさんが今使っているバーチャルヘッドセットやコントローラーの初期の物から、振動で風圧をかんじさせるもの、スキーやサーフィンの疑似体験のできる大型のもの、手術や工芸のシミュレーションに使う細かい指の動きまで伝えるもの、匂いや水しぶきなどを噴き出して大観させるものなど、実際に使われているものや最新の機器まで展示されていて実際に体験もできるし、新製品を買うこともできます」

それからしばらく受付の灯台から、あちこちの博物館の説明をミス・テリーゾーンから聞いたのだが、仮想世界であることや、あの天才のスターシード氏が計画したことにより、かなりマニアックで専門的な博物館が多かったようだ。

例えば文科系の「遊園地博物館」では、初期のメリーゴーランドや観覧車、ジェットコースターの歴史がわかるうえ、当時の美術品のようなメリーゴーランドなどを再現してあるのだという。

「彫刻や装飾が本当に見事なんですよ。あ、ちょっと見てみましょ」

ミス・テリーゾーンがちょっと指を動かすと、今度は建物の上にドーンと大画面が開き、そこに昔のフランスで作られたメリーゴーランドの再現された映像が映った。

「うわ、本当にきれい、芸術品ね」

まるで草原を駆ける馬のように脈動する筋肉を写し取ったかのような木馬が、精巧な装飾品をきらめかせ、楽しげなメリーゴーランドの曲に合わせ、現代の子供たちを乗せて優雅に動いていた。

だがすごいのはそこからで、スターシード氏はメリーゴーランドマニア会議などを開き、仮想現実だからこそできる夢のメリーゴーランドなどを話し合い、仮想世界で実現してしまったのだ。あの巨大画面の中に次々と夢の映像が映し出されていく。

お花畑のメリーゴーランド;湖畔のお城の広い庭の四季折々の花畑の中を進んでいく。バラ園、チューリップ畑、山全体の桜など、200種類以上の貴重な花も見ることができる。

フワフワ雲の上メリーゴーランド;ペガサスや天使と一緒に、フワフワの雲の間を飛行し、光り輝く天空の神々の神殿を目指して飛んでいく。

星の世界のメリーゴーランド;夕焼けを超え、降るような星の世界へ飛んでいく。星座の

世界、光り輝く星団や星雲の世界、星々の物語の世界へと…。

オモチャの国のメリーゴーランド;等身大のフランス人形やくまのぬいぐるみなどがいるオモチャの城を抜けて、踊る花、ブリキのロボット屋機関車、たくさんの動物たちが動き回るオモチャの国をかけてゆく。

そしてもちろんメリーゴーランドだけでなく、観覧車、ジェットコースターでも同じように、歴史の展示が終わった後、夢の観覧車や夢のジェットコースターがあるのだという。巨大画面に映った夢の観覧車の人気第3位は、巨大な滝を登る観覧車、カヌーやボートが何に揺られながら進んでいく渓流から滝つぼ、さらに大迫力の大瀑布の表面をかすめながら滝の上の絶景にたどり着くのだ。第2位は、エベレストの大観覧車。世界の最高峰を通る観覧車で、約15分の間にヒマラヤの氷河や断崖をゆっくり進み、エベレストの山頂では壮大なヒマラヤ山脈の絶景を見ることができるのだという。

大観覧車の人気第1位は、アフリカのサファリの観覧車、この観覧車は一か所で上って行くだけではなく、地上の位置が少しずつ切り替わり、低い位置ではライオンやキリン、ゾウの群れなどがよく見え、登るにつれて今度はフラミンゴの大群の乱舞が飛び込み、1番高い位置からは大地を揺るがすヌーの大群の疾走が見られるという。

夢のジェットコースターの人気第3位は高層ビル街を疾走するマンハッタンジェットコースター、第2位はサンゴ礁のジェットコースター。コバルトブルーの南の海に水しぶきを上げて飛び込み、美しいサンゴ礁や海底の幽霊船、巨大ザメや大王イカなどをすり抜けて帰ってくるジェットコースターだ。

第1位はプラネットサターンジェットコースター。美しい輪を持つ土星の周囲のコースを疾走するコースター、あの輪の表から裏へと氷の粒や隕石をぎりぎりで避けながら疾走、氷の衛星タイタンの地表を、土星の輪をバックに走っていく。

さらにほかにもいろいろな博物館がある。

「じゃあ、あの建物は、形からしてエジプトのピラミッドや南米のピラミッド、なぜか、飛行船も浮かんでるし、ああ、日本のお城みたいなのもあるわ」

モリーが指さしたのは世界遺産の有名な建造物ばかりであった。

「その通り、あのエリアには、エジプトのピラミッドや神殿、スフィンクスなどを展示したエジプト遺跡博物館、マヤやアステカのピラミッドを修復再現した南米遺跡博物館、飛行船に乗って大地を見下ろすとナスカの風景が見える、ナスカの地上絵博物館などの博物館があるわ。普通の博物館と違うのは、それぞれの遺跡に忠実に再現してあるけど、建設当時の新品そのままの建物を再現してあるから、ピラミッドも飾り石がついてつるつるピカピカだし、壁画も美術品も彩鮮やかな作りたての極彩色ってとこかしら」

ミス・テリーゾーンがまたその中の1つ、エジプト博物館の中を巨大画面で魅せてくれた。

「このエリアで多く採用されている『中に入れる、生きているジオラマ』を紹介するわ」

エジプト遺跡博物館で数mの広さでピラミッドを建設中のジオラマが展示されている。石切り場からナイル川や運河を使って巨石を運び、それを古代の最近発見された工法で積み上げていく作業が再現されているのだが、よく見てみると身長数cmの小さな人たちがちゃんと声を掛け合って働いているのだ。ピラミッドの組み立て方をよく見ようと組み立てている場所のボタンを押すと、なんと自分が小さな人になってジオラマの中に入ることができ、すぐ目の前でその作業を見聞きすることができるのだ。作業している人の中で赤い腕章をつけているガイドの人を見つけたら、近づくだけで作業内容などをくわしく教えてくれる。

また地面がすべて透き通っていて、秦の始皇帝のお墓や兵馬俑などがすべて見られる兵馬俑博物館、白の内部の細かい置物などまで再現した織田信長が築城した幻の安土城などが見られる仙谷城博物館など数えきれない有名な建造物を修復再現された博物館が、この文科系ゾーンにはいくつもある。

でもまだこれでも半分の文科系博物館でしかない。

「いやあ、この博物館の街は広すぎる」

モリーはスターシード氏から聞いた手がかりの4をもう1度確認した。

…手がかり4;最後の1人は博物館街で姿を消したという。最後の通信には(…ここはどこかって?うむ、謎の博物館だ…)

「確か行方不明になった最後の1人は謎の博物館で姿を消したと聞いていたけど、謎の博物館ってどこなのよ…広すぎて、建物がありすぎて、これでは手の付けようがないわ」

でも困り果てたモリーは、急に思いついて、ミス・テリーに訊いた。

「ねえ、テリーさん、これだけいろんな博物館があるんだから、謎とか不思議とかを展示している博物館ってないのかしら?」

するとミステリーゾーンは普通に答えた。

「あ、あります、似た名前の博物館がありますね」

「え、本当?何て名前なの?」

「自然の不思議と謎の博物館っていうのが、理科系のエリアにありますけど」

「そ、それだわ」

ドカーンと来た、たぶんこれだ、いや間違いなくこれだ。

「行きます、すぐそこに行きます。場所を教えて下さい」

モリーはその場所をテリーに聞くと、もう歩いていくのももどかしく、テレポート機能1発で、理科系エリアの「自然の不思議と謎の美術館」に飛んだのであった。

そこは入り口から入ると、天上の高い大きなホールに5つの大きな展示舞台があり、近づくと5つの大きなテーマとキャラクターが見えてくる。

さらに奥には、バーチャルパズル;パズルの森とパズルの海の展示があるようだ。

「これじゃあ1つの博物館の中にいくつも博物館があるみたいね、まあしょうがない。1つ1つしらべて絞っていきましょ」

1つ目の舞台の上に出てきたのはあの珍獣の長老の1人、ケラダンゴツチブタのミックモービーだった。彼のすぐ後ろには大画面があり、そこに不思議や謎が映るのだという。

「ブヒッ、ここでは昆虫の不思議や謎を紹介するぞ。1つ目は自分も関係あるケラの話、ケラは、地上を歩くことはもちろん、土を掘って進むこともできるだけでなく、雨が降っても泳ぐことができる、秋の虫のように泣くことができるし、何と空を飛ぶこともできるのだ、ブヒッヒッヒ、その画像や音声を見聞きしたい人はこちら」

するとケラの映っていた画面がぱっと小さくなりそのままドアに変る。

それから3億年の昔から女王の帝国を始めた白アリの巨大な塚や巨大な女王の映像が、同じように扉に変っていく。

奴隷狩りをする昆虫;サムライアリの映像も、そしてアリの巣の中でアリに襲われない仕掛けで成長するシジミ蝶の映像もドアに変ったのだった。

「さあ、誰でもこの扉の中に入れば、ケラでもありでも、知りたい昆虫の立体映像が存分に楽しめるぞ!特にクロヤマアリノ巣から蛹や幼虫を奪い、かついで疾走するサムライアリの大群は、ブキュー、圧巻だよ」

隣の舞台ではハコガメのような甲羅とイカのような手足を持つハコガメイカビトの長老シバシグマとナマズカワウソのムームージャスパーが海の生き物の説明をしていた。体の色を自在に変えるだけでなく、その質感まで岩や海藻のように変えるオーストラリアコウイカの映像やオスとメスの大きさが極端に違い、交尾するとオスの血管がメスにつながり、メスの体の1部に変ってしまう深海のアンコウの映像もドアに変り、そのほかにも長い前歯がユニコーンのように1本だけ前方に伸びるイッカク、体が2つに割れ、胃袋で相手を包み込むように餌をとるクリオネの奇妙な食事の映像がドアに並んだ。

「ムー、ムー」

「ふぉっ、ふぉッ、このシバシグマやムームージャスパーと一緒に来れば海の生き物の不思議や謎がわかるぞ…フォッフォッ…」

モリーはそこまで見て、あんなかわいいクリオネがとんでもない餌の取り方をするのに驚き、ついクリオネの扉に並びそうになった。

「危ない、危ない、1つ1つ見て回っていたらそれだけで1日が終わっちゃうわ。事件に関係のありそうなところを選ばなきゃ」

次の舞台には、体中の羽毛が木の葉にそっくりな珍獣ハガクレフクロウテナガザルが植物の不思議や謎について説明していた。

「ホッホー、植物はじーっとして動かないものだと思ってる人、ここに来ればダイナミックな植物の暮らしが見えてくるよ、ホッホッー」

次の扉には風の力や水の力で花粉を運び受粉する植物がまず紹介された。そしてそれに続き、蜜や花粉で昆虫をおびき寄せ、昆虫の動きや重さで動く雄蕊や、落とし穴や狭い通路などの仕掛けを使って受粉させる奇妙な植物たちが扉となった。さらにおいしい身で動物やトリたちを引き寄せて、食べさせ、糞をさせて種を遠くまでばらまかせたり、あるいは自力で種をはじいて飛ばしたり、プロペラ型の種を作って空中を遠くまで飛ばしたりする植物がいくつも扉になっていた。

「ホッホー、この扉も見逃せないぞ。キノコに近い仲間の粘菌は、最初は樹にはりついているのだが、時期が来ると集団でアメーバのように動き出し、木の上を移動する。そして移動が終わると、すーっと茎が伸びてキノコのようにさらに形を変えるのだ。この扉では大きく拡大された立体映像が、動き出してキノコのように形を変えるまでがスピード撮影でよくわかるぞ」

木の葉に覆われたフクロウのような長老は、一見動かない緑の持つ生きる力を熱弁したのだった。

不思議や謎に興味満々のモリーは、何とか我慢して次の舞台にたどり着いた。そこは動物の不思議と謎の舞台、怪力の持ち主、バクの長い鼻が音楽を奏でるオクトバクウータンのファゴットメアリがドングリスのコロルモリーソンとともに説明に当たっていた。ファゴットメアリはタコの吸盤のついた腕足も胸元から伸びている水陸両用の生き物だ。

「ポーピー、今回用意した映像は、巣穴は誰が作るの?トト女王帝国システムを採用したハダカデバネズミの暮らしを中心に用意しましたよ」

モリーはハダカデバネズミをここで初めてじっくりと見たのだが、花の下の皮膚を破って突き出した大きな前歯の顔が、かなり不気味で驚いた。

「ぷぷうー、例えばキツツキの明けた小さな穴が年々大きくなり、ヤマネや鳥の巣、さらに大きくなれば、最期にはフクロウやムササビの巣になることもある…。では地上の巣穴は、サバンナの巣穴は誰が掘るの?今回は巣穴を掘る変わった生き物や、逆に自分では掘らずに人の掘った穴を使う意外な生き物などを探る扉が1つ。プップップー、そしてもう1つの扉は哺乳動物でありながらシロアリやハチ・アリのように女王を中心とした社会生活を営む、ハダカデバネズミの女王システムを探っていきますよ、プオー」

舞台にいる間もファゴットメアリの長い洟は時々プープーと奇妙な音を出し、そのたびに臆病なコロルモリーソンがドングリになりかける。

説明がひと通り終わったかと、モリーは隣の5つ目の舞台を見た。そこは「人体の不思議と謎」のコーナーだった。紹介キャラクターはさすがに珍獣ではなく、体の表面が透き通り、内臓や筋肉が丸見えの男と女の人間キャラだった、名を男性はアンドロ、女性はギュノーだった。だが、

「ちょっとお待ちください、動物の不思議と謎のコーナーは、今日はまだ特別なイベントがあります」

オクトバクウータンのクラリネットメアリが観客を引き留めた。

「実は今日は、特集に関係した特別なゲストをお呼びしています。プップップー、ハダカデバネズミの珍獣キャラ、エカテリーナヌノバ女王です」

するとベルサイユの王侯貴族のような膨らんだスカート、まばゆいドレスを身に着けた、でも顔はそのまんまハダカデバネズミの女王が舞台に上がって来た。

不思議にどこかかわいらしく、磨き上げた巨大な前歯がピカピカ光り、自信に満ち満ちていて、こわいくらいだった。

「ではエカテリーナノバ女王様、お一言、お言葉をお願いします」

「みなさん、ごきげんよう。私です。そう、いつも話題の中心エカテリーナノバです」

次に質問タイムとなった。どんな質問でもお答えしますと豪語する女王に、モリーは試しにいつも疑問に思っていることを聞いてみた。

「…高校生のモリーラプラスと申します。女王様、今人間は民主主義陣営と社会主義陣営に分かれていがみ合っています。私は独裁者が出ないようにすれば、どちらも悪いところもいいところもあると思います。女王様はどちらが正しいとお考えですか」

「民主主義?社会主義?そんなのはどちらもだめじゃ。われわれの仲間の白アリは、古くは、3億年の昔から女王システムで繁栄し、女王の王国を築いてきた。それは、この女王の遺伝子で築かれた王国が意思統一の上でも、国民の貧富の差や幸福度の高さ、意思決定の上でも、非常に優れていたからだ。だから不毛な砂漠にすむ我々ハダカデバネズミもそれを採用し、こうして長期にわたり継続して栄えておる。だが人間どもは、お互いに争い、戦争が絶えず、しかもわずか数百年でこの地球の環境そのものを破壊しつくそうとしている!人間のシステムは失敗だ。もし人間に少しでも学ぼうという謙虚な気持ちがあるのなら、3億年続いているわれわれの女王システムから少しでも学ぶことね」

「…貴重なご意見をいただき、あ、ありがとうございました」

モリーは自分の無茶ぶりな質問に丁寧に答えてくれた女王に本当に感謝したのだった。

やがて女王は去っていったが、去り際にこうさささやいた。

モリーとやら、おまえはなかなか見どころがある。この間私に質問をしたアンソニーゲオルギウスという男もなかなかじゃったがな。お前たちのような人間がいるのであればまだ人類にも希望の光はありそうじゃ」

「アンソニーゲオルギウス!」

それって行方不明になった男の名前だ。モリーは焦って質問した。

「すいません女王様、その男はその後どこに行ったかわかりませんか」

ダメ元だと思って質問したら、思わぬ答えが返って来た。

「そうじゃのう、確かあの時は、パズルの森でも散策してこようかなといっておったかな」

「ありがとうございました」

モリーは大きくお辞儀をすると、スケスケの内臓丸見え人間のいる、人体の不思議と謎には寄らず、舞台の奥にあるパズルの森へと走っていったのだった。

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