7 パズルの森

パズルの森というからには、何か木立でも植えてあるのかと思いきや、そこは何かのスタジオのような薄暗い四角い空間で、ただスポットライトで1つずつ照らされた何本もの木の棒と板で作られた道しるべがあるだけだった。

「なんだろうここは?森も分かれ道もないのに道しるべだけがある」

ちょっと見渡せば、妖怪の森はこちら、不思議動物の森はこちら、動く積み木のパズルはこちら、森のジグソーパズルはこちらと、行き先はいろいろある。

「これも1つずつ回っていたらきりがないわね。例えばこの妖怪の森って何なのかしら、とんでもなく怖い森だったらいやだしなあ」

モリーがそう言うと、なんと答える者がいた。

「妖怪の森ですか、簡単に言えば妖怪のバーチャル図鑑ですね。ここ日本に伝わる500種類ほどの妖怪がバーチャル映像で再現されてフィールド内の森や墓場、日本家屋などに配置されています。よく見えるように画面も明るくできています。詳しい解説もありますし、大部分の妖怪がボタン1つでその妖怪らしいパフォーマンスをしてくれますよ。それが妖怪の森の妖怪図鑑です」

「なんだ、本当の図鑑なのね、怖いおばけ屋敷だったらどうしようかと思っていたのよ」

「そういうのが好みの人のために、暗い画面で妖怪が突然出てくる肝試しコースもありますよ」

驚いたのは、答えていたのは木の棒と板でできた道しるべではないか。ここにあったのは、口が付いたしゃべる道しるべだったのだ。モリーがとまどっているのを見て、さらに、

「あなたは高校生のようですね。それなら妖怪辞典モードなら全く怖くはないと思いますよ」

ちゃんとアドバイスまでしてくれる。AIがきちんと考えて対応してくれているようだ。

そこでモリーはとんでもないことを閃いて試してみた。

「おしゃべりの道しるべさん、今から見せる3人の人はここを通らなかったかしら?」

3人の写真それはもちろん、大女優ビビアンエルンスト、ジャーナリストのマルコムライコス、学者のアンソニーゲオルギウスの行方不明者だ。名前の入った写真が空間に浮かんだ。

データ検索を始めた道しるべに、モリーは話しかけた。

…「どうかしら、この3人のうちだれかここを通らなかった」

「…大女優ビビアンエルンストさんは通っていませんが、実は彼女はこちらの関係者です。よかったら鍵を開けておきましょう。え?鍵って何かって?ああ、行けばわわかりますから。それとマルコスライコスさんは通っていません。でもアンソニーゲオルギウスさんは1週間前に1度だけ通過しました」

「えっ、本当ですか?で、彼はどちらの方に言ったのですか」

「はい、たぶん、動く積み木パズルをのぞいてから、森のジグソーパズルに歩いて行ったと思われます」

よし、行ってみよう。モリーは歩き出した。

そのころ探偵事務所に帰ったマリオネットコウジは、マリオネットR1の手に入れた文書をにらんだままずっと考えこんでいた。

それは哲学者のアンソニーゲオルギウスが1週間前に書き残した手書きのメモ書きであった。

今日私は例の博物館で面白い体験をした。

エカテリーナノバという博物館のキャラクターがあまりに偉そうに豪語する者だから、ついしつもんしてしまった。現在の人類の最大の問題点は何かと聞いたのだ。もちろんAIが適当に答えてくるのだろうと予想していたのだが、そうではなかった。人類にはダメなところがいくつもあるが、1番の問題は人口の増えすぎであろうと答えたのだ。いまから半世紀前には30億ほどだった人類は、今や2倍以上の70億にもなり、もうすぐあっという間に100億に達するというのだ。これでは消費される石炭や石油などのエネルギーは増えるばかりだし、そこから排出される二酸化炭素の量も増えて当然だ。食糧危機はさらに深刻になり、温室効果ガスによる地球温暖化は凶作や貧困を加速させるだろうと。しかし人類は経済を発展させるためだとか言って、人口のコントロールにはほとんど手を付けてこなかった。そこで私は言った。では女王様は人類の人口を減らせというのですか。どうやって?戦争ですか、飢餓ですか。すると女王は笑った。そんなことをしなくてもいくつもの先進国で人口は減り始めている。人口減少のメカニズムを探り、より良い人類の未来のために役立てようとは思わないのかと。

女王との話はそこまでで終わったが、後に考えれば考えるほどに有意義な対話であった。

女王の受け答えは、本当にAIの行った自動会話なのだろうか?

私はどこかの賢者がネットに参加して来たのではないかと疑った。いいや、人類以外の知的存在が声をかけてきたのかとさえ思った。

それほどまでに今の人類の状況は急を要すところまで来ている。私はまた歯に衣を着せぬ女王とまた話したくなり、どこに行ったのか、それ

となく行き先を探った。するとジグソーパズルの森を抜けた森の奥まで行ったとき、たくさんのキャラたちと本音の話し合いができる場所があることがわかってきた。どうなるかわからないが、これから出かけてみようと思う。…文章はそこで終わっていた。

森の奥ってどこの森なんだ?彼の別荘のあるあたりの森か?まあいい、パズルの森という具体的な単語が出ているのだから調べられるだろう。そして彼はパズルの森を目指して…そして失踪したのだ…。

マリオネットコウジは、しばらくメモをにらんだ後、何かを思い立ち、探偵事務所を出ていったのだった。

そしてモリーが、矢印の方向に向かって歩き出すと、目の前のスタジオの薄暗い壁の中になんと照明で照らされたように白い小道が見えてきた。何とも不思議な感じだ。

だが歩き出した途端、そのすぐ前に、ズバン、バリバリと音を立て、稲光りがしたと思ったら、鎧を着けた勇者が突然空間を破るように現れたのだった。

「わあっ驚いたあ!あなたいったい誰?」

勇者はよほど疲れているのか、片膝を突き、肩で大きく息をしていた。でもその勇者、装備はよくなっていたが、確かに見覚えがあった。

「あ、あなたはたしか勇者を目指していたケンタ、ケンタロス君」

「あ、あなたはモリーさん、すいません驚かせちゃって、いやあ、暗き森のドラゴンが強すぎて手に負えなくて、しょうがなく、出発点にテレポートでやっと逃げてきたんですよ。そうしたらモリーさんにぶつかっちゃって…すみませんでした」

話を聞いてみると、実は不思議動物の森の中に、村や古城、墓地や遺跡などがあちこちにあり、小人から妖精、様々な空想上の怪物が500匹ほどいて、そのまま図鑑のように見て回れるのだが、あまりに精巧にできたその怪物たちを使ってRPGもできるのだという。ケンタはさっそくエルフ王のクエストにエントリーしたのだという。

「怪物も小人や妖精たちも、AIで動いていて、よくしゃべるし、動きも細かくて多彩、CGの迫力も凄いし、魔法攻撃や集団でのチームプレイなどよく考えて動くので、ちょっと気を抜くと逆転負けになりますよ」

彼は、ゾンビ村の怪事件を解決し、呪われた墓地のグールという怪物を倒し、青い城のバンパイアどもを一掃し、古代の遺跡の邪神を駆逐して名をあげ、エルフの王に頼まれた暗き森のドラゴンと戦っている最中らしい。

「もう少し、小人や村人の喜ぶようなことをたくさんやって金を稼ぎ、装備をあげて、もう1度挑戦しますよ」

そういうとケンタ、ケンタロスは、また手レポートして戦場に帰っていった。

「じゃあ、私も負けずに頑張るわ」

モリーも再び、しっかりと大地を踏みしめ歩き出した。

「ここが動く積み木のパズルね」

動く積み木というからどんなに変わった積み木があるのだろうと思っていたら、4人掛けの四角いテーブルの上に、子どもが遊ぶのにちょうどいいぐらいの積み木の山があり、テーブルの奥には少し高くなった展示台のようなものがあっただけだった。

テーブルは10台以上あり、小さめの物から大きめのテーブルまでいろいろあった。

「どこが動く積み木なんだろう?」

よくわからなかったが、とりあえず近くにあったテーブルの積み木を組み立ててみる。

「さすがパズルってだけあって、妙な形の積み木ばかりね、いったい何ができるのかしら」

円い曲線を作るような部品があったので組み合わせてみる。

「うむ、何かができそうだ」

穴の開いている部品があったのでまさかと思いながら細長い部品をねじ込んで入れてみる。

「は、入った。これは前足だわ」

動物のような形ができたので未完成ながら奥のステージに置いてみる。すると思いがけず正解したときの音が流れ、作品が一瞬輝いた。どうやら一部だが正解したようだ。

「ようしこれでいいとすると、もしかしたらあれかしら」

積み木が見たことあるような形に組みあがる。

「きっとこれだわ、イノシシ!」

ステージの上に置くと、その積み木パズルは、木目はそのままに輝きながら動き出し、ジャンプしてテーブルの下に飛び降りた。

「わあすごい、木目のままだけど生きてるみたい」

木目のパズルイノシシは、みるみる1m以上の実物大と大きくなり、どこかへ走り去っていった。すっかり面白くなったモリーは、次のテーブル、そのまたつぎのテーブルとどんどん積み木のパズルをくみ上げ、次はタヌキ、その次はアナグマと、いくつも木目の動物たちを動かしていった。

大きなテーブルに挑戦すればシカだとかツキノワグマなんて大物も組み立てられるのだろうけど、そればっかりやってはいられない。

「ああ、面白かった。たくさんの森の動物を作っちゃった。さ、ジグソーパズルに行くわよ」

すると今度は、さっきのテーブルより大きな台の上に木目のきれいな板が置かれ、その前にたくさんの木のピースが山になっていた。ところが…。

「何このジグソーパズルのピース、木でできているのはいいけど、形はどれも同じ四角いカードのような形、しかも絵は描いてないわ、文字や分が書いてある。これでどうやってパズルを組み立てればいいの?」

どれも同じような形で文字しか書いていないピース、これは難敵だ。

モリーはしばらく木のピースを眺めていたが、どれも似たような形の上に文字も、木の枝とかミミズとか、森でよく見かける者ばかりで、ため息が出るばかりだった。

「あれ、ここにダンゴムシと枯葉のピースがある、確かダンゴムシは枯葉を食べるんだったよね」

何気なしに2つのピースを木目の板の上に並べてみる。

「あ、ナニコレ?」

2つのピースを並べたとたん、2つのピースの上に、枯葉を食べるダンゴムシの映像が重なって見えた。もちろん関係のないカードを組み合わせても絵は出てこない。

「そうか、このパズルはピースのでこぼこをあわせるんじゃない、文字の意味をつなげるんだわ、ふうん、映像が重なって…そういう仕掛けね」

モリーはそのほかにも枯葉を食べる、ダニやコガネムシの幼虫、ミミズ、枯葉を分解するキノコの仲間など関係ありそうなピースを捜した。

「やった、みんなつながって映像が見えるわ」

そして分解された枯葉や小枝などは、細かくなり、腐葉土となり木の栄養になる。そして保水力の優れた腐葉土の下で雨は蓄えられ、やがて豊かな地下水絵と変わってゆく。

「木の栄養のピースもつながり、みずが蓄えられて緑のダムのピースもつながって、だんだん映像が大きくなってきたわ」

地下の水と栄養分が、木の根に吸い上げられ、根から茎、伸びて幹となり、枝が伸び、葉が茂り。幼虫が葉を食べ、どんどんピースが使われ、それに関係した樹皮、樹液、樹液に集まる甲虫、樹液に集まる蝶、それを食べる肉食昆虫など、動物のピースも増えてゆく。

豊富な地下水は湧き水となって川が流れだす、森の栄養を含んだ水は、遠く海までも水や栄養を運んでいき、豊かな海の生き物たちをはぐくむ。遠くで。イルカが泳ぎ、トビウオが飛び、クジラがはねる映像が見える。

木の枝も花が咲き、蜂やハナムグリなどのむしが受粉し、花は落ち散ってゆき、そして果実が、おいしい果肉が、様々な木の実ができる。

果肉を小鳥がつつき、蜂は蜜を蓄え、その蜜を狙って熊がやってくる。柔らかい若葉や木の皮を狙ってムササビやシカが訪れ、ドングリや木の実を狙ってリスやネズミが駆け回る。

枯葉をたべて大きくなった昆虫や幼虫はネズミや鳥たちのエサとなる。

さらにねずみや鳥たちを狙って、タカやフクロウ、キツネなども襲ってくる。

みんなが関係し、みんなで支え合い、食物連鎖が生じ、様々な生き物が、みんな役割を持ち、みんなで生きている。

「あ、すべてがつながって、大きな森の絵に…」

気がつけばあんなにたくさんあったピースがなくなり、映像が大きく1つにつながった。

そしてその森の大きな絵画は、どんどんとどこまでも広がり、木が高く伸び、枝があっちにもこっちにも伸びて、葉が茂っていく、空間は森の絵で満たされ、殺風景で薄暗かったスタジオのような小部屋は、どんどん奥行きが広がり、いつのまにか明るい気持ちの良い森に変っていた。

「あれ、森の中に道が…」

そして森の中を見れば、近くにせせらぎの音を聞く、気持ちの良い小道が続いていた。

もう道しるべもない1本道であった。モリーは確かな足取りで道を奥へと進んでいた。

「あ、モリーさん、こんにちは」

別な道を通って2人の女子がやって来た。

そうだ、1人は幸運の小人を捜していたペルセポネホリー、もう1人は「偉大なるブタ」を捜していたチェルシーメイランドであった。

「モリーさん、実は幸運の小人は、この森の奥にある扉の向こうにいるとエルフの占い師に教えてもらったんです」

「私も、珍獣の長老に、偉大なブタは扉の向こうにいるであろうといわれたんです」

「モリーさんも、森の扉に行くんでしょう、もちろん」

「そうね、じゃあ3人で行きましょうか」

なんだかわけがわからないけど、モリーも、道連れができて、心強かった。

ペルセポネはかわいいかんじのギリシア人、オタクなチェルシーは、カルフォルニアから来ているイタリア系アメリカ人だという。

ペルセポネもチェルシーも、最初は目的の物は不思議動物の森にあると聞いて不思議動物の世界をさんざん回り、やっとこの森の奥にたどり着いたのだという。

「ええっ、モリーさんはジグソーパズルの森からすぐにここに来たんですか」

「ええ、ちょっと難しいパズルを解くと、1直線にすぐここに来れるのよ」

「へえ、やっぱり流石ですね。私なんか、ここのところ、就職はうまくいかないし、母親は倒れるし、彼とは喧嘩別れするし、もうやることなすことすべてうまくいかなくてもやもやしていたんです。そうしたらSNSで偶然幸運の小人を見つけた人の話が載っていて、見つけてから良いことが立て続けに起こったとかで、じゃあ私もそれを見つけて運気を挙げていこうと捜し始めたんですが、その情報をほかの人にむやみに教えると運気が落ちるということで、教えてもらえず、ゼロから捜し始めたんです」

ペルセポネはかなり苦労してここまできたようだった。

「不思議動物の森で最初、1番物知りだと言われているブルードラゴンに会ったり、3000才の物知りカメに会ったりしたけど幸運の小人なんて知らないって言われて、ホビットやレプレコーンなどいろんな小人が住むというおもちゃのような小人の村を捜し歩いて、緑の丘の小人のキノコハウスや、大木を丸ごとくりぬいて作った小人のマンションなんかを訪ね歩いた。最後には物知り千人が住むという天界山に雲を突き抜けて登ったりしたけれど、これがなかなかわからない。そこでエルフの村に行き、高名な占い師にお伺いをたててなんとかこの森のことがわかって、やっとここに来たのよ」

「へえ、ペルセポネさんって、不思議の森でそんなすごい冒険をしたのね、あなたこそすごいわ」

もう1人の不思議動物マニアのチェルシーは、不思議の森を歩いて200種類以上の不思議動物のオリジナルの写真を撮りまくりここまで来たのだという。

「いやあ、恐竜時代の、誰も知らない秘密を知っている賢いブタがいると聞いてどうしても会いたくなってやってきたんですけど、その偉大なるブタ以外はほとんど撮影できました。あ、そうそう、ここを教えてくれたのは珍獣の長老の1人のハガクレフクロウテナガザルのジャングルマーカスさんだったんですけど、長老は偉大なるブタに会おうと思うなら、こわがる気持ちを捨てないと生きつけないと言っていました」

「…怖がる気持ちを捨てないとあえないの?…ちょっと難しそうね」

モリーはぶつぶつとつぶやいていた。

女の子同士で楽しそうに話しながら森の奥に行くと、何とも奇妙な扉があった。

小さな原っぱに3段ほどの小さな階段があり、その上にお屋敷の玄関に着くような大きくて立派な扉がついていた。だが扉の後ろには家もなければ通路も何もない。ただの3段階段と扉だけだ。

「何なの、ココをのぼるのかしら?」

「ドアを進んだら落っこちちゃうよ」

モリーはよく考えてから言った。

「じゃあ、私が先に行ってみるから、平気だったら後から来てね」

モリーはペルセポネとチェルシーをかいだんのしたに残して慎重に1弾1段上って行った。

「…あ、鍵が開いている…」

思いドアノブをしっかり握り、モリーは2人が見守る中そっとドアをノックし、扉を開けたのだった。だが、ドアを開けたとたん、中をのぞいたモリーの顔は明らかに動揺し、青ざめたようにも見えた。

「ちょっとモリーさん、平気なの??」

ペルセポネが斜め後ろから小声で話しかけた。

「平気、平気、ちゃんと部屋につながっているわ。大丈夫…だと思う…」

モリーはそう言うと扉の中に進み、扉は再びそっとしまった。

「…消えた…、消えたわ」

下から見ている限りではドアの向こう側からはモリーは出てこなかった。モリーは3段階段を上り、そのまま扉の向こうに消えてしまったのだった。

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