仁藤 日奈美(3):Resolusion


 あの戦いから一夜明けて、私は式隆さんが病院に運び込まれたという報告を受け、急いで向かった。


 到着したときにはまだ手術中で、実際に彼を見るのは、もう一日後となった。








 ワズガルの急襲時、私とリトさんたちはあの場で何もできず、式隆さんに全てを任せてただ逃げることしかできなかった。


 別れ際に彼が向けてくれた笑顔とウィンクが、今生の別れになるような気がしてとても怖くなったのを覚えている。








 その後、別行動でワズガルの制圧を担当していた方々と合流を果たした。レナートの姿が見えなかったが、彼は単身であの現場に向かったことを聞かされた。



 私は彼らを責めた。



 分かっていた。これが想定外の事態で、彼らにもどうしようもなかったということは。

 けれどあの時、私は誰かに責任を負わせることでしか心の安寧を保つことができなかった。



 この一件の中心は、私だというのに。



 原因のくせに何もできず、ただただ取り乱す私は実に滑稽だっただろう。


 拠点の上階の窓から門の方を見れば、光と地響き、戦いの音が僅かに感じ取れた。



 祈ることしかできない自分が、ただひたすらに憎らしかった。










 個別の病室にて、眠る彼を見つめる。

 ひどいケガで、ほんの僅かでも治療が遅れていたら、命を落としていたかもしれないとのことだった。


 意識のない彼の手を取り、握りしめる。


 温かかった。涙がこぼれた。



 こんなにボロボロになるまで、彼は命を張って戦ったのだ。



 これから先、一緒に旅をしていく中で、またこんな場面が訪れないとは言い切れない。


 その時、自分はまた彼に全て押し付けるのか?



 ───断じて、否だ。



 強くならなければならない。

 彼に、並び立てるくらいにまで。















「──────」


「え? いやいやちょっと待って」



 その声を無視して、ひたすらに集中する。


 式隆さんは、対人特化の近接戦闘が得意だと聞いた。

 ならば私は、それを補える力を身に着けるべきだ。



 魔力───未知の力。

 魔法───未知の技術。



 もう怖がってなどいられない。


 強くなるために。

 ただ守られるだけの存在から、脱却するために。



 ───成功した。


 そう直感し、ゆっくりと目を開ける。

 かざした手には、たった今自分が作り出した魔力の塊が浮いていた。

 それを、前方にある的へ向けて放つ。


 僅かに逸れて、的の背後に着弾。爆発音とともに砂煙が立ち込めた。


 外したことに思わず舌打ちする。



(でも感覚は何となく掴めた。もう一回──)


「はいストップ」



 後ろからそう声をかけられ、私は振り向く。


 そこには、拍手をしているダヴィドさんが立っていた。



「いやぁお見事。始めてまだ一日も経ってないのに凄いな」


「いえ。それより何か用ですか?」



 その言葉にダヴィドさんは目をパチクリとさせる。


 彼はギルドマスターだ。

 意味もなく訓練をやめさせるような人ではないだろう。



「そうだったそうだった。──シキタカが、目を覚ましたよ」


「本当ですか!?」


「うん。今会ってきた」


「すみません! 私ちょっと行ってきます!」



 ダヴィドさんと、指導してくれていたウーノさんにそう声をかけ、私は病院へと走る。


 言いたいことがたくさんある。

 上手く話せるだろうか。


 そんなことを考えながら。
















「それで、どうよ彼女は?」


「正直言って、これまで出会ってきた高位魔法士含めても断トツにヤバいです」


「器も凄いって言ってたもんな」


「いえ……まぁそれもそうなんですけど、今回の『ヤバい』は才能の方ですよ」


「才能?」


「さっきのあれ、見ましたよね?」


「魔力の出力、圧縮、射出の一連の魔法? ……そういえば、媒体らしいもの持ってなかったな」


「……それどころか、教えてないんですよ」


「………は?」


「教えてなかったんです。あの魔法」


「────」


「彼女はまだ素人も素人。なのでまずは扱い方も兼ねて、魔力の体外への出力方法を教えたんです。そうしたら……」


「段階すっ飛ばして圧縮、射出までやって見せたと」


「はい。まさに才能の───いや、それもあるけど…」


「何か引っかかることでも?」


「……魔法の習得に必要なものは、一般的に努力・才能・心持ちだと言われているのはご存じですか」


「おぉ、まぁ…」


「彼女に関しては、才能ももちろんそうなんですけど……その、何か鬼気迫るものがあるというか」


「『心持ち』の部分が普通じゃない、と?」


「──強い焦燥というか、執念というか…。そういうものが、怖いくらいの集中力につながっているような気がして」


「……なるほど。まぁ、先日の一件絡みだろうさ」


「彼、あんなに想われて果報者ですね」


「本人まったく気付いてないけどな」


「……退院してきたら、一発殴ってやりましょうか」


「やめてやれ。あの二人、出会ってまだ一週間経ってないよ」


「……冗談でしょう?」


「俺も信じ難いよ。……話を聞くに、同郷ってだけのはずなのになぁ」















 病室に入ると、式隆さんは変なうめき声を上げながら、ベッドの上で上半身を動かしていた。

 何をしているのか聞くと、「まだ感覚が残っているうちに動きをトレースしたい」とかよく分からないことを言う。


 変わらぬ態度に感極まるやら、明らかに痛がっていることに対する心配やらで、私は思わず泣いてしまった。


 突然泣き始めた私を見て、式隆さんは「ヴェ!?」と奇妙な声を上げて慌てて私を慰めた。


 そんな彼を見ていると、自分の中で渦巻いていた数々の感情が、平然と命を張って無理をする彼に対しての怒りへと徐々に変化する。



「私がどれだけ心配したと思ってるんですか!?」



 泣いていたはずなのに突如ブチ切れた私に驚き、気圧され、式隆さんは私の叱責に対して申し訳なさそうに「ハイ。ハイ。」と繰り返すだけの機械と化した。







 私が一通り叱り終わった後、彼は私が魔法の訓練を始めたこと、無理をしていないかということを尋ねた。

 覚悟はできていると強気な物言いはしたが、正直戦うこと───戦う力を手にすることに対する忌避感と恐怖はぬぐえない。


 そんな私に気付いたのだろう。彼は「相談してくれ」と言った。


 率直に言ってズルいと思う。


 無難な返答を返したけれど、私を案じてくれていることを強く感じて安堵し、また泣きそうになってしまったのは内緒だ。




 その後は今後の方針について話した。


 次の目的地は『魔法都市』ダステール。

 戦う手段としては怖いけれど、魔法はこの世界では産業技術でもあるらしい。



 ────すごく楽しみだ。



 何より、未知の世界を旅する、という事実が、私の胸をとても高鳴らせる。


 ちょっと子供っぽいだろうか。




 でも、私がこんな風に思えるのは、全部式隆さんのおかげだ。


 彼と一緒に、旅をしたいのだ。



 そのために、強くなるんだ。


 この先も、彼と一緒に歩いていくために。



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