後日談(2)


「レナート・ストロス。面会だ。出ろ」



 衛兵にそう声を掛けられ、レナートは重たい腰を起こす。









 元々レナートは、この一件に片を付けた後は出頭するつもりだった。


 どれだけ犯罪者の逮捕に貢献しようと、自身も奴隷の違法売買を行っていた犯罪者であるという事実に変わりはない。

 売買に関わってきた年数と、取引した違法奴隷の数から鑑みても、法外な罰金と懲役10年はくだらないだろう。


 だが、レナートはそれでも構わなかった。単に己が自分に嘘をつき、罪悪感と上手く付き合えるような器用な人間ではなかっただけだ。しっかりと償い、また新たな道を歩めば良い。


 そう考えていたのだが。



「罰金5万レリアに、執行猶予5年…。そしてその期間中に社会奉仕活動を続ける、だけ………!?」



 面会に来た弁護士に告げられた判決に動揺する。



 軽すぎる。あり得ない。


 一連の事件での貢献と、自身が今回問われた罪に関しては、直接的な関わりはないはずだ。



「依頼されておいてなんですが、私も減刑は望めないと考えていました。けれど──」



 話を聞くに、減刑を望む声が多く上がったらしい。その声を上げた者たちは、主に────



「皆匿名ではありましたが、あなたが過去、違法に扱った奴隷や、その購入者たちです」



 レナートは驚愕した。


 それはレナートが真っ当に奴隷商をやっていた時に掲げ、違法奴隷商に堕ちた後も惰性で続けていた【自分、奴隷、顧客それぞれが利益を得る取引をする】というポリシーが結実した結果だった。


 自分を恨みこそすれ、感謝してくれる人間などいないと高を括っていたレナートにとっては、全く想定外の事態であると言えた。


 弁護士に寄せられた声が書かれた紙を渡される。



『たくさんの違法奴隷商の間でたらい回しにされていた私を、あなたは見捨てないどころか優良な顧客に売り込んでくださいました。本当に感謝しています』


『探している人材を伝えれば、君はその通りの人材を用意してくれた。これにはとても助けられたよ。ありがとう』


『あなたのところが扱う契約魔法は、他の違法奴隷商と違って、主が絶対命令権を持つような不平等なものではありませんでした。おかげで主だった男の横暴を外に伝えることができ、その男は逮捕。今は理解あるご主人様にお仕えできております。本当に、ありがとうございます』



 他にもたくさん感謝の言葉が書いてあり、不覚にもレナートの視界が涙でかすむ。そして、最後の二つのコメントに気付く。



『おかげで旅の道連れが出来たぜ。あんがとな。これからいろいろ大変だろうけど、頑張れよ』


『以前も申し上げましたが、改めてお礼を。孤独だった私を、同郷の友人に出会わせてくださり、本当にありがとうございます。偶然ではあるのでしょうが、このご恩は忘れません』



 レナートは我慢できずに涙をこぼし、鼻をすする。



「これから頑張らないとですね。レナートさん。微力ながらお手伝いしますよ」


「──あぁ。すまないが、部下共々よろしく頼むよ」








 長きに渡る罪業の積み重ねは終わった。


 だが、大局的に見れば、これはおそらく末端の出来事に過ぎない。


 持ちうる情報の全ては既に出し尽くしたが、一連の出来事の元凶──帝国貴族であるガザードにつながる情報は、残らず握りつぶされるはずだ。


 深くかかわった者として、いずれ再び相まみえる時も来るのかもしれない。


 だが、ひとまずは────



(冤罪をかけられた時とは違う、本当の意味でのゼロからのスタートだ)



 未来への展望を以て、新たな門出としよう。















「……なぁ。俺って童顔? 外見子供っぽかったりする?」


「どうしたんですか急に」



 何やら自信なさげな声色の式隆に、日奈美は質問の意図を問う。



「いやさぁ、ワズガルと戦った時に『小僧』って呼ばれたんだよね。……俺22歳よ? ちょっと傷ついたっていうか」


「言葉の綾じゃないですか? それか『未熟者』的な意味合いで言ってたとか」


「だと良いんだけどなぁ…」



 病室で、日奈美に切ってもらったお見舞いのリンゴをもしゃもしゃ食べながらしょんぼりと式隆は言う。



「──そういえば、魔法の練習してるって聞いたけど」


「はい。誰かさんが無理をするので、私もその負担を少しは背負いたいんです」


「……誰のことやろなぁ」


「は?」


「ハイ私ですねすいません」



 式隆はすっとぼけに失敗し縮こまる。が、同時に心配そうな声色で日奈美に聞いた。



「……無理はしてないかい?」


「──大丈夫です。戦うということの心構えも、出来てはいるつもり、です」


「…そっか。きつくなったりしたら相談してくれな。焦っても良いことはないと思うし」


「はい。ありがとうございます」



 そう。本来の目的は、元の世界への帰還方法を探すことだ。

 ここ数日、式隆は病院で療養している間に改めて方針について考えていた。



「今後についてだけど、俺の退院後から改めて旅の準備をしよう。次の目的地は予定通り魔法都市ダステールで考えてる。君との奴隷契約も解消しなきゃだしね」


「異論はないです。魔法が盛んな都市なら、帰還のヒントとかも少しは期待できそうですね」


「うん。魔法士ギルドにも立ち寄って、改めて魔法についても色々学ぼう」



 まだまだこの世界に関しては分からないことも多いし、不安が尽きることもない。


 けれど──



「…ちょっとわくわくするね」


「私は大分してます!」



 ふんすふんすと気概を見せる日奈美を見つめ、式隆は苦笑した。



「そだな。せっかくだし、楽しんでかないとな!」




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