糸目男との対話


「あなたは──私を、オークションに出した…!」


「そうだ。二日も経たずの再開だな、『二ホン』君」



 男は平然と言い放つ。

 捕まっていた時の記憶がよみがえり、日奈美は自然と拳を握る。



「まぁ落ち着きなさい。僕はここに話をしに来ただけだ」


「──っ、この…!」



 その言葉に思わず暴言を放ちそうになるが、式隆が口を挟んだ。



「良いぜ、聞いてやる。とっとと話せ」


「式隆さん!?」


「こっちを害する気がないのは本当だろうさ。敵意無いし、その気があるなら部屋で待ち伏せておいて何もしないのは妙だ。伏兵の気配もない」


「おや、よく分かるな」


「付け焼刃の感知だがな。あんたに気付いたのもそのおかげさ」



 それじゃ話せ、と式隆は顎でしゃくって続きを促す。

 男はその意図を組み、話し始める。



「ではさっそく本題だがそこの彼女──狙われているのは知っているか?」


「まぁね。察してはいる」


「ならばなぜ今日、彼女を変装もさせずに連れだした?」



 男の声が静かだが咎めているような雰囲気をはらみ、それに対して式隆は鼻で笑って返す。



「なんだ、心配でもしてんのか? 自分で違法に売っといて難儀だなオマエ」


「状況を知らないからこそ出せる皮肉だな。愚か者め」


「それは買う側に情報を伝えてないオマエに非があんだろ。自分の不手際を他人のせいにすんなやバーカ」


「勝手にいなくなったのは君たちの方だろう?」


「奴隷の売買の手順は知ってんだよ。契約書の記入、金の支払い、契約魔法の儀式、奴隷の譲渡…。あの段階で全部終わってる。そこに慌ただしく誰かが近付いてくるただならぬ気配がしたら、アンタどうするよ?」



 笑いながらそう煽る式隆は、一転真顔になり言葉を続ける。



「俺も、この子自身も、狙われているのは分かっていた。だがオマエの言う通り状況を知らん。連中の目的やらなんやら、何もかもな。それなら釣って確かめるしかないだろう?」


「私今日エサにされてたんですね…」


「ごめんて。結果的に敵意のない最良の獲物が釣れたから許してくれ」



 むくれる日奈美に苦笑いを浮かべて式隆は言う。

 しかし日奈美も、自分が考えなしに動いていたことに気付いて内心で悔やむ。

 そして、表情を変えずに話を聞いていた男はため息をついた。



「良いだろう。確かに君の言うことにも一理ある」


「は? 百理あるわ上から目線でしゃべんな」


「当たり強いな君」


「あのなぁ…」



 式隆は苛立ちを抑えられないかのようにため息をつく。



「俺にはこの子が必要だ。そこだけは絶対に譲れない」


「──ッ!?」


「ほう?」



 唐突に放たれた告白染みた言葉に、日奈美は赤面して硬直し、男は片眉を上げる。



「そう思う相手を明らかにカタギじゃない奴らに狙われてんだぞ? んでオマエは口振りからしてそことの繋がりもあんだろ。故にこそのこの態度だ。分かれ」


「…そうか。そうだな」



 男は目を伏せ、少しだけ黙り込み、顔を上げる。



「君、実力はいかほどだ?」


「急になんだよ。対人ならそこそこイケるぞ、多分」


「そうか」



 男は大きく息を吐き、目に好戦的な光を宿らせ、言った。



「──その子を狙う連中を根絶やしにする」


「……!」


「えっ…」



 突然の物騒な発言に二人は驚くが、式隆はすぐに思考を取り戻して言葉を返す。



「勝算は?」


「僕と僕の保有する戦力だけでは二割もないだろう。だがこれは、被害を最小に抑えた戦い方をした場合だ」



 男は覚悟を決めた表情で言う。



「全てを投げ打ってでも連中を絶やす。

──いい加減、僕もこの泥沼から抜け出さねばな」



 そう話す男の顔が、式隆には、どことなくスッキリしたものであるように感じた。




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