女の子だし


 糸目男──レナート・ストロスとの対話は、その後3時間にも及んだ。

 敵の正体・目的・戦力、打倒のための計画を話し合ったのだ。


 話の節々から、レナートの境遇や経歴、現在に至るまでに何があったのかということがうっすらと感じ取れた。──『連中』への並々ならぬ悪感情も。


 しかし結局、式隆がそれに言及することは最後までなかった。

 変に相手の境遇とか知っても良いことなさそうだからである。














「はぁ、つっかれたぁー」


「お腹すきましたね。この宿って厨房借りていいんですよね? 私何か作ります」



 話の後、レナートはすぐに宿屋を後にした。計画の実行は三日後。準備に余念を残さないためだろう。

 日奈美が作った軽いおかずをパンとともに食べる。


 会話はない。


 式隆は計画時の立ち回り方を考えていた。役目は端的にいえば時間稼ぎだ。


 具体的には敵戦力の迎撃である。

 戦闘能力に関して聞かれた際にデールとのことを話したら、問答無用でこの役目になった。あのゴリラなんなのだろう。


 『別の思惑を絡ませて不確定要素にしたくない』と、レナートは『戦士ギルドとか衛兵に協力を要請する』という式隆の案を頑なに却下し続けた。


 自分含む迎撃担当が負けたら元も子もないだろう、と必死に説得したが、どうしても首を縦には振らなかった。それどころか、そも計画の根幹を担う自分がいなければ成功はしないが、他勢力を巻き込むならこの計画はなかったことにする、と逆に揺さぶりをかけてきたのである。


 命がけの戦いは避けられなくなった。


 それ故、生き残って勝つための立ち回り方を考えているのである。



 一方の日奈美はというと──



(必要…私が必要……うわダメだ、やっぱりすごいヘンな気分になる…!)



 脳内で式隆の放った言葉を反芻して、むずがゆい気持ちに蝕まれていた。


 日奈美の役目は例のごとく囮である。


 敵の狙いなのだから、釣り上げるためには不可欠な要素だ。

 だが逆に言ってしまえばそれだけなので、難しく考えることはない。だからこそ式隆の告白っぽいセリフの方に意識が持っていかれてしまうのである。


 別に日奈美はチョロい女ではない。


 だが、日奈美を庇えば危なくなることが分かっていながら日奈美のために怒り、尚且つその怒りをあんな言葉で表されたのである。嫌でも意識してしまうのは当然だった。


 しかし、考えたところでその感情が解決できるわけではない。

 加えて、色々と面倒で頭が痛くなるような話を長々としていたために、思考も鈍くなっており、結果、普段ならば絶対に取らない選択をした。すなわち──



(考えても解決しないならもう聞いちゃおう)



「あ、あの式隆さん…私が必要で、それは絶対譲れないって、どういう意味なんですか…?」



 探りを入れるとかでもなく、ド直球の質問だった。



「んぇ? 急に何の──」



 思考を中断し、かけられた言葉の意味に意識を向け、式隆は固まった。

 キッカリ5秒ほど硬直した後、焦ったように口を開く。



「あ、いや、あれはぁ、その。えーーーっとほら同郷!自分以外にもいた日本人として絶対手放したくないというか──うわ、ごめん今のなし!えっと、だからその──」



 式隆は矢継ぎ早にそう言い、目を閉じてどうにか次の言葉を探す。が、どう頑張っても言い訳のようにしかならない、という無慈悲な結論を理性に下されて項垂れた。



「…ごめぇん。あの時は頭に血が上ってて…。気持ち悪かったよね…」


「あっ、いやそんなことは!私が勝手に意識しちゃって、それで…!」



 と、そこで日奈美はようやく我に返り、目を丸くしてこちらを見ている式隆に気付いて、顔を耳まで真っ赤に染める。



「うぁぁ…!私何を言って…!」


「いやこっちこそごめん。態度とか接し方改めます。うん」



 わたわたする日奈美を見て居たたまれなくなった式隆は、目を背けてそう言った。

 そして、こういった話題になったのなら聞いておくべきでは、と思ったことを質問した。



「日奈美って向こうに彼氏とかいる?」



 聞いた瞬間、式隆は即座に「しまった」と思った。


 日奈美の顔から一気に表情が抜け落ち、張り付けたような真顔になったからである。間違いなく何か地雷を踏んだ。



「──どうしてそんなことを聞くんですか?」


「い、いや、もしいるなら、それに合わせた接し方をした方が良いかな、と思って…」


「──」



 日奈美は、何も読み取れない表情でしばらく式隆を見つめていたが、すぐに力を抜いて、元の雰囲気に戻った。



「そう、ですよね。すみません」


「えっと、聞かない方が良い感じ、だよね…?」




「いえ、別にそんなことは。ただ過去に少し、人間関係にごたごたがあったってだけです」



 そう言って、日奈美ははにかんだ。



「恋人はいませんよ。いたこともないです。なので、それを意識した接し方とか気にすることないので安心してください」


「そ、そっか。了解…。」



 地雷踏むと人ってこうなるのか、こえー。気をつけよ。


 式隆はしみじみとそう思った。




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