邂逅


 声に振り返ると、そこには、店の前に丸椅子がいくつか並べてある木造のオシャレな屋台があった。


 近付いてみるとカウンターの向こうから男が手招きしている。


 茶髪で高身長の明るい好青年だ。



「やーごめんね。一人でぼーっと立ってるもんだから思わずね。声かけたのはこっちだし、一杯ご馳走させて欲しい」


「え、良いんですか? でも…」


「いいのいいの。雇ってる子には買い物に行ってもらってるし、ちょうど暇してたから。遠慮しないで」



 ここまで言われては遠慮する方が失礼と感じた日奈美は「じゃあ御馳走になります」と席に着いた。



「ここはどういったお店なんですか?」


「軽食とかスイーツの提供もしてるコーヒースタンドって感じかな」



 コーヒーの好みを聞かれたので、飲みやすいものをおまかせで、と返す。



「見ない顔立ちだけど、出身はどこなんだい?」



 豆を挽き、出来上がった粉でコーヒーを淹れながら青年がそう聞いた。


 突然のそんな質問に日奈美は答えに窮する。

 どこまで話して良いのかが分からない。


 すると、その困った雰囲気を感じ取ったのか、青年は笑いながら言う。



「あーいやいや。言いにくいことなら言わなくても良いよ。ただ、これでも各地を回ってるから、見覚えのない顔立ちが気になっただけだし」



 その言葉に日奈美は、何か知っているかもしれないと考えて少し話してみることにした。



「日本という言葉をご存知ないですか?」


「…いや、知らないな。国名? そこ出身なの?」


「えぇ、まぁ」


「ふーん。私もまだまだってことかな」



 そう言いながら、青年はコーヒーを差し出す。

 それを一口飲んで、日奈美は思わずつぶやいた。



「…おいしい」


「それは良かった。適度な苦味に微かな酸味のある、飲みやすい豆なんだ」



 その後、コーヒーを飲み終わるまでこの街の話をいろいろ聞いた。



「ご馳走様でした。とってもおいしかったです」


「どういたしまして。この街にあまり長く滞在するつもりはないけど、また機会があれば是非来てね。今度はお連れの人と一緒に」


「はい。ありがとうございました」



 日奈美はお辞儀を一つして席を立ち、式隆のいる八百屋の中へと入っていく。


 その様子を見届けて、青年はつぶやいた。






「…災難だねぇ。本当に」














 八百屋では、式隆が真面目な顔をして鮮度の良い野菜を見極めようとしていた。

 なんでも、一度中身を虫に食い荒らされたものを買ったことがあるらしい。


 しかしそれよりも長引くのを嫌った日奈美は、見た目が良さそうなものをさっさと選んで買わせ、店を出る。


 コーヒースタンドは一気に客が来たようで、さっきの青年も忙しそうにしていた。


 渋い顔をする式隆に、その屋台でコーヒーをご馳走になったことを話しながら宿に帰り、部屋に入ろうとした時だった。


 ドアの手前で式隆の動きが止まり、日奈美の方に振り返って言う。



「…誰かいる」



 身振りですぐ後ろにいるよう伝えて、式隆は部屋のドアを開けた。



「これはどうも。おかえりなさい」


「誰だアンタ」



 部屋の中にいたのは、オークションの前に日奈美にポリシーを語った、糸目の胡散臭い男だった。




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