身分と理由


「はいおはよー! ホラ起きて起きて朝メシだよー!」



 突然の大声と顔に差した陽の光で日奈美は目を覚ます。



「おはようごじゃいまふ…」


「おう。外に井戸あるから顔洗って来な」



 大声の主である式隆に場所を教えてもらい外に出る。

 井戸の使い方に若干苦戦するが、すぐに水を引き上げて顔を洗う。


 渡されたタオルで顔を拭くと、心地良いそよ風が頬を撫でた。



「…そっか、私──」



 自由になったんだ。


 そんな実感に喜びが込み上げる。しかし同調するようにお腹が鳴り、腹ペコなことに気付いた。












「はっはっは。まぁ昨日の夕方から朝までずっと寝てたしねぇ」


「今まで食べた朝ごはんの中で一番おいしいです!」


「そう? 嬉しいこと言ってくれるじゃん」



 野菜スープにパン、豚肉の塩漬けを焼いたものをがっつく日奈美を眺めながら式隆が楽しそうに言う。



「食べ終わったら部屋に戻っていろいろ話そう。それが終わったらすることもたくさんあるから」


「はい。あ、おかわりってありますか?」


「…俺の分食べr」「もらいます」


「わぁ食い気味。しかも遠慮がない」












 食後、部屋に戻ると式隆は早速話を始めた。



「まずは君の現状を説明しよう。今の君は俺の『奴隷』だ。名目ではなく


「どういう意味ですか?」


「この世界に〈魔法〉ってのがあるのは知ってる?」


「はい、まぁ…。牢の中で聞きました」


「分かってるとは思うけど、君は奴隷という商品としてオークションに出品されてそれを俺が買った。そして奴隷と主人の間には魔法を介した契約が結ばれるんだ」



 「俺主人、君奴隷」とお互いを交互に指さしながら式隆は言う。



「この世界において奴隷とは『身分』の一つだ。基本的には、生活が立ち行かなくなったりした人が自分を売って手に入れる身分ってイメージだね。扱いは主人の裁量に依るけど最低限の人権はあるよ。基本的には労働力として扱われるのが多いっぽい」


「なるほど。それで魔法を介した契約というのは…」


「まぁ立場をはっきりさせるためのものだね。命令とかに強制力は付与されるけどそこまで強くはないみたい。ただ危害を加えることだけは絶対できないようになってるらしい」


「それが私とあなたの間に…」


「うん。ただ俺としては旅仲間が欲しいだけだから、正直いらない」


「元々奴隷を買おうとしていたんですか?」


「いや? 君を買ったのは同郷を見つけたってのが理由。ただの偶然だよ」


「偶然…」


「ほら、俺この世界の人間じゃないでしょ? 対外的には記憶が曖昧ってことで通してるんだよ。したらそれを聞いたヤツが『じゃあ出身同じ人を探してみたら?』って」



 盲点だった。式隆はそれを言われて初めて、自分以外の転移者の可能性に気付いたのだ。

 そして、突然右も左も分からないこんな世界に飛ばされたらどうなるか、ということを考えた。



「本来身元がさっぱりの人間を同意なく奴隷にすることは禁じられている。けど君を捕まえた連中は違法奴隷商人だったんだ。規模が大きいうえにボロを出さないからしょっぴけないんだと。んでそこ主催のオークションが開かれるっていうから『ワンチャンあるかも』って足を運んだら──」



 君がいた、と日奈美を見る。



「いやそりゃ買わないって選択肢はないよねー。おかげで懐すっからかんよ」



 まぁそのお金は想定外の収入分だったから良いんだけど、と式隆は付け加える。



「──改めて、本当に、ありがとうございます」


「いーのよ。打算ありきだしね」


「打算、ですか?」


「うん」



 と、そこで式隆は真面目な顔になり、言った。



「──元の世界に、帰りたいか?」



 元の世界。

 慣れ親しんだ故郷や置いて来た家族、友人が頭をよぎる。



「…はい、もちろんです」



 日奈美は式隆をまっすぐに見つめて、そう返す。


 式隆も表情を変えずにしばらく日奈美を見つめて──ふにゃりと破顔した。



「だよな!よかった。そんで、これが打算だよ」


「これが?」


「ああ。さっきもちょっと言ったけど『目的を同じくする同郷の人間と、帰還方法を探す旅をする』、君を買った主な理由はこれだからね」


「旅…」


「そう。危ないこともあるかもだけど、どうかな?」



 正直、日奈美にとっては渡りに船だ。断る理由はない。



「…はい。よろしくお願いします!」




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