解放と安堵


「に、ほん、じん…?」


「おーよ! しかしナイスな機転だったぜ、あの「二ホン」名乗り! 流石に遠目じゃ分からんかったからな」



 うんうん、と頷きながら青年は感心したように言う。


 そこでようやく実感が追いついた日奈美は、力が抜けてペタンと座り込んでしまう。



「わ、わた、わたし、こわくてっ、もう、ど、どうしようもないんじゃないかってっ──!」



 涙がこぼれ、嗚咽が止まらない。


 その様子を見て青年は笑顔を引っ込め、何を言うでもなく傍に膝をつき、泣き止むまで背中をさすり続けた。



「落ち着いた?」


「…はい。すみませんお見苦しいところを…」


「まさか。キツかったでしょ? よく頑張ったよホント」


「いえ…。あ、あのお名前は…?」


「ん? あぁ俺は──」



 と、そこで青年は言葉を止め部屋の扉を見る。



「ごめん、後だわ。出るよ」


「へ?」


「ほいこれ。んじゃ付いて来て」



 青年は持っていた雑囊ざつのうからフード付きのローブを取り出して日奈美に被せ、自身もローブを着てデブの小男の姿になり部屋から出る。

 迷いのない足取りで建物の中を進むが、日奈美には訳が分からない。


 途中で何人かとすれ違い、声を掛けられもしたが、青年は「あぁコレ? 買った」とだけ返してまともに取り合わない。


 そうして日奈美は、捕らわれていた屋敷からいとも簡単に出たのだった。











 そのまま青年に連れられ、屋敷から出て二十分程歩いた場所にある建物に入る。

 青年は中にいた男に声をかけた。



「リグさん、ボロ部屋借りるわ」


「げっ、早速かよ。まぁいいけど」



 そのまま階段を上がり、一番端にある部屋に入る。



「よし。んじゃ付いて早々だけどこれを着てほしい。あ、あとこれも被って。あっち向いとくから」



 青年はあらかじめ準備されていたらしきものを見せる。

 それは簡素ではあるが清潔なワンピースタイプの服と──



「…金髪の、ウィッグ?」


「うん。着替えたらまたすぐ移動するよ」



 そう言いつつ青年はローブを脱ぎ元の姿に戻る。

 その言葉通り、日奈美が着替え終えるとすぐに建物から出た。


 そしてまた数分ほど歩き、宿屋らしき場所の一室に到着した。



「…ふぃ~! 取り敢えず一安心かなぁ」



 青年は備え付けられているベッドに倒れこんでため息交じりにそう言った。



「あの、いったいどういう…?」


「いや、俺もよく分かんね。が役に立って良かったけど」


「???」



 やっぱり意味がよく分からない、といった様子の日奈美に、青年は顔だけ向けて言う。



「尾行? されてたんだよ多分。心当たりとかある?」


「──あ」



 思い出すのはオークション前に言われたこと。

 確か──



「『面倒な連中に目をつけられている』って──」


「ほぇえ。誰だろねソレ──って取り敢えずそれはいいか」



 青年は起き上がって体ごとこちらに向き、胸に手を当てた。



「改めて、初めまして。三上式隆っていいます」


「──っあ、こ、こちらこそ初めまして! 仁藤日奈美です」


「んん~、和名! やっぱ安心感出るなぁ」



 突然の自己紹介に慌ててお辞儀をしながら返すと式隆は感じ入るようにそう言った。



「ま、とりあえず休みなよ。積もる話はそのあとに」



 そういわれて、日奈美は疲労と安堵感からくる眠気に気付く。



「…はい。ではお言葉に甘えて」


「うん。あ、ベッドはキレイだから安心して」



 眠気に誘われるまま瞼を閉じる。

 安堵感に包まれる中で最後に聞いたのは「ツインの部屋に変えなきゃだなー」というのほほんとした声だった。




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