デール:abbreviation


「…ほーぉ、こりゃあ…」



 無理だろうと思っていたが、想像以上のものを見せられて思わず感嘆する。


 痛みに悶絶し立ち上がれない者、戦意を喪失し膝をつく者、意識を刈り取られ地面に転がる者──



 そして、そんな彼らの真ん中に立つ青年──ミカミシキタカ。







 その男は突然街に表れた。


 ある日、死んだと思っていたジール・カートが訪ねてきて「この人を鍛えてやってくれ」と紹介してきたのだ。


 ファミリーからの足抜けに成功したと知らず、ひょっこり現れたときにはひどく驚いた。


 ジールはとてもじゃないが戦える男ではない。

 生きて帰って来るとは全く思っていなかったのだ。


 最後の宴だと称してファミリー連中総出でバカ騒ぎして送り出したあの夜は何だったのか。


 そして、ファミリーの事務関連で世話になっていた俺はこの頼みを断ることはできなかった。



「押忍!お世話になります!ミカミシキタカっす!」


「聞かねぇ名前だな。あぁ、敬語はいらねぇ。デールだ。よろしく」



 身長は180㎝いかないくらいか。

 体格は細く見えるが、立ち姿から鍛えているのはよく分かる。


 話を聞くに、死にそうなジールを助けたらしい。しかし──



「記憶喪失、ねぇ…」



 胡散臭いが気のいい男。それが最初に抱いた印象だった。











「デール、ゴリラって温厚で優しいらしいよ」


「…それで手加減してやるとでも思ってんのか?」



 地面に横たわりながら真顔で話しかけてくるシキタカにそう返すと、舌打ちをしながら立ち上がってこちらに向き直り、再び構える。


 鍛え始めておよそ1週間。シキタカは着実に実力を上げていた。


 いや、話を聞くにキレが戻っているというべきか。



「体力がヘナチョコなのよ」



 だからひたすら戦い続けて持久力を付ける、とシキタカは話す。


 初めて手合わせしたときにも、その戦闘能力の高さに驚いた。


 今でこそファミリーの指南役だが、昔はそこそこ名の知れた冒険者だったし、自分の実力を過信して立ち回ったつもりもない。


 だがこの男は初見でそれに喰らい付いてきた。

 油断していれば間違いなく一撃もらっていただろう。


 今ではケガさせないための最低限の加減すら難しくなってきている。しかも──



(おそらく、まだ何かある)



 ほとんど直観だ。こいつは全力で戦っている。それは分かる。


 だが、窮地に陥ると身体強化魔法を使ってきた。

 しかも、本人に使っている自覚はない。


 おまけに、その身体強化の精度は恐ろしく高かった。


 だがそれを話したら「えっマジ?」と素で返された。


 昔にどっかで戦い方を学んだのかなー、なんて話すくせに、自分の欠点や長所をよくわかっているような言動もある。

 そんな場面を見るたびに「こいつホントに記憶喪失か?」と考えた。


 しかし、少なくともこの話で噓をついているようには見えなかった。



(何かを忘れているってのは確かか)



 そして、近いうちに街を出るという話を聞かされる。



「んじゃ、卒業試験だな」



 その内容は、ファミリーの精鋭含む戦闘員10数名との組手。



「デールとじゃねぇの!?」


「俺との戦い方が染み付きかけてる今のお前にはこれが一番イイんだよ」



 戦う相手も数も訓練とは全く違う状況。

 無茶を押し付けているというのは理解しているが、最後のたたき上げの意味合いを持たせていた。


 …まぁ面白がっている部分も少しばかりあったが。


 だからこそ、その結果には目を見張るものがあった。


 しかも──



(…まさか複数相手の方が得意なのか?)



 ブルリ、と身体が震える。


 ひょっとするとコイツは──



「…ククッ。いいねぇ」



 ──とんでもない化け物かもしれない。








 そして出発の日。


 見送りに集まった連中の多さに思わず目をむく。


 しかしそんな中でもこの体格は目立つらしい。

 俺に気付いたようで、シキタカは人込みをかき分けてこちらに来た。



「お世話になりましたぁ!!」


「おう。頑張れよー」



 勢いよく頭を下げられ、でかい声で礼を言われる。


 俺は適当に返事をしながら、持ってきたものを手渡した。



「ナニコレ」


「紹介状だ。ダステールの手前にあるノルトって街の戦士ギルドにこれ出せ」



 いろいろ融通利かしてくれるハズだ、と付け加えるとシキタカは涙ぐんだ。



「ありがとう! 俺必ずあんたをぶちのめせるくらい強くなるよ!」


「泣きながら言うことかそれ…?」



 そしてシキタカは旅立っていった。








 二日後、入れ替わるようにして『人殺し』の定期調査隊が街にやってきた。


 そこで俺は『人殺し』が何者かによって討たれたことを知る。



「あいつか」



 苦笑しながら思わずつぶやく。


 理由も証拠もない。


 ただなんとなくそう確信した。



「んだよ。俺より何百倍も強ぇじゃん」



 そう言って空を見上げる。


 これから紡がれ、いずれこの街にも噂としてやってくるであろう、あの青年の武勇を想像しながら。




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