ミーア・カート(2)


 明け方。人の気配を感じて布団から出ると、ちょうどお父さんが帰ってきていた。


 担いでいた男の人を下ろし、この人は命の恩人なのだと興奮気味に語っていた。



「この方は俺の目の前で『人殺し』を真っ二つにしたんだ! あの怪物を一太刀だぞ!?」



 お父さんがお母さんにそう話しているのを聞いた。

 起きてきた私に気付いた父は、わたしにも嬉しそうに同じ話を(オブラートに包んで)話してくれたが、「娘に物騒な話をするな」という母のゲンコツを受けてあっさり気を失った。


 疲れていたのだろう。

 昼頃まで目を覚まさなかった。


 一方見たことのない男の人の方は、父が目を覚ました数時間後の夕方まで眠っていた。


 身長はお父さんより少し高いくらいだろうか。


 その寝顔を起きるまで間近で眺めていたが、ちょっとカッコいいだけの普通の人にしか見えなかった。


 目を覚ました彼と少し言葉を交わしたが、その認識は変わらなかった。逆にその後再び眠り、翌日の朝まで目を覚まさなかったことに少し呆れた。



「なんでシキタカにいちゃんは記憶がないの?」


「えぇ〜…それ本人に聞くぅ?」



 その男の人──ミカミシキタカと打ち解けるのは早かった。


 どんなに構っても決して嫌そうな顔をせず、どうでもいい話でも邪険にはしない。

 そのことを指摘すると、



「いやいや、相手を選んでいるだけだから」



 なんて言って鼻にかけたりもしない。



「あと単純ににいちゃんって呼んでもらえるのがとても嬉しい。そうだよなぁ。22歳はまだ全然にいちゃんだよ」



 うんうん頷きながらそんなことを口にし、わたしのことをとても可愛がってくれた。


 受験勉強で仲の良かった友達たちとも若干疎遠になってしまったわたしにとって、彼の存在は日増しに大きくなっていった。


 彼はとても活動的だった。


 しょっちゅう街に繰り出しては、必ずと言っていいほど何かをもらって帰ってくる。


 農家からは野菜を。

 パン屋からはパンを。

 魚屋からは魚を。

 肉屋からは肉を。

 八百屋からはこれまた野菜を。


 お駄賃をもらってくることも多々あった。


 マルカファミリーともいつの間にか交流を持ち、仕事を手伝ったりしていたらしい。

 お父さんを交えて夜中にみんなでお酒を飲んで騒いでいたのも一度や二度ではない。



「みんな良い人たちだよな〜」



 そう言って彼は笑う。

 自分は恵まれていると言う。


 けれどそれは違う。

 みんな良い人たちなのは確かだけれど、それは彼の行いに対する正当な対価だ。


 当然だろう。

 いつでも屈託なく笑い、嫌な顔ひとつせず仕事を手伝っておつかいをこなす。


 状況に合わせて、おちゃらけた態度やしょうもないジョークを飛ばして場を和ませる。


 そして、誰に対しても誠実に向き合い、自分の考えや意見を物怖じせず言う。


 そんな人間が好かれないわけはない。


 街の子供たちと仲良くなるのも早かった。

 そのおかげで、彼を通じて再び同年代の子たちと仲良く遊べるようになった。


 だから、



「それでシキタカくんはいつごろ街を出るつもりなの?」


「…気付いてたんすね。もう少し考えをまとめてからお話ししようと思ってたんすけど」



 その言葉はわたしに強い衝撃を与えた。


 頬をむくれさせて不満気なアピールをするが、内心ではそれが比にならないほどの「嫌だ」という気持ちが湧いていた。


 けれど同時に、わたしでは彼を止めることはできないことにも薄々気付いていた。


 一人でいる時は、いつも難しい顔をしていた。

 考え込みながら、何かに焦るようにメモを取っていたのも一度や二度ではない。 



 だから、止めない。


 止められない。













 いよいよ彼が出発する日が来た。


 少し前から、なぜか目を血走らせながら



「なんかお金稼げる仕事知らない!?」



 と言いながら、いろんな仕事を掛け持ちして街中を走り回っていた。


 そんな彼の力になりたいと、みんなが考えたのだと思う。

 見送りに集まった多くの人が、彼に食べ物や旅に役立つものを押し付けていく。


 彼は必死に断っていたが、最終的に涙を流してお礼を言いながら受け取っていた。


 そして、いよいよ出発となったとき、わたしは彼に近付いて耳元で囁く。



「記憶、ホントはなくしてないんでしょ?」



 彼は驚いた顔をしてわたしを見る。

 その顔を見て笑いながら彼から離れ、わたしは聞く。



「また会えるかな?」



 その言葉に、彼も笑う。



「…ああ。きっとまた会おうな」



 そう言って。

 手を振りながら、彼はこの街から去った。


 わたしは、その姿が見えなくなるまで手を振っていた。



『俺が怪物を退治したのは、内緒にしておいてね』



 きっと彼は、わたしが分かっていないのではないか、と不安を覚えているのだろう。



「つい先日までこの家に旅の人がいたと聞いたのだけど、その人について知っていることを教えてくれないかな」


「うん! えっとねー、家の手伝いをしてくれる良い人だったよ!」




 大丈夫だよ。


 ぜったい、誰にも言わないから。




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