『人殺し』


「───なんだ、コレは」



 定期調査隊リーダーのクロム・テラードは茫然とつぶやく。


 目の前の光景を脳が処理しきれない。

 なぜなら眼前に広がっているのは──



 あの『人殺し』の無残な死骸だからである。







 『人殺し』。それは12体の『災害魔獣』の一角。


 狼に似た姿を持つ暴虐の化身。


 5メートル近い体高に、驚異的なスピード。圧倒的な機動力。

 鎧や武器を平然と引き裂き破壊する爪と牙。

 ほとんどの攻撃を通さない体毛。

 あげくに、人類で扱えるものはほとんどいない程に高精度な風魔法。


 そして極めつけは──


 それらすべてを十全に生かした、合理的かつ効率的で容赦のない


 『災害魔獣』はそれぞれが文字通り『災害』に匹敵する脅威だが、なかでもこの『人殺し』の出した人的被害は、他の追随を許さない。


 その様はまるで「人間」という種族を憎んでいるかのようで。


 故にこそ付いた『人殺し』という二つ名だった。




 その狡猾さと戦闘力で誰にも討伐ができず、妙な動きをしていないか定期的に調査をすることしかできない。


 『人殺し』とはそういう存在のはずだ。だが──



「死んでいる…」



 見たところ、横なぎに振るわれた何かで上下に両断されていた。



(…剣や戦斧等の武器…魔法…いや、そんなもので…)



 『人殺し』は強者相手には逃げるだけではなく、その狡猾さを活かし絡め手も多く使う。


 しかし基本、勝てない相手には挑まない。

 だからこそここまで永らえてきた面もある。


 元来、人が太刀打ちできる存在ではないのだ。


 それを──



「…探さなければ。これを成した者を」



 死骸の状態から、おそらくひと月は立っている。


 まずは麓の街、ルソでの聞き込みだ。













「何か有用な情報は?」


「やはり怪しいのは『ミカミシキタカ』という男の存在かと」


「どんな男だと?」


「は、気立てのいい快活な者だった、と」


「それ以外は?」


「いえ、特には…」



 クロムは舌打ちをしながら部下に下がるよう伝え、こめかみをもむ。


 『ミカミシキタカ』。


 ちょうどひと月ほど前に街に現れたという記憶喪失の男。


 もう字面だけで怪しさ満点だが、聞く話から『人殺し』を討つことができる人間には思えない。


 話から見えてくる人物像は、誰からも慕われる少し抜けたところのある者だということ。


 彼を住まわせていたという家の者達はもう少し何か知っていそうだったが──






「【真偽のともしび】がなければ話にならん」



 【真偽のともしび】はダステ国の国宝の一つ。


 灯りの強弱で嘘と真を示すものである。


 定期調査隊は調査のたびにこれを持っていかなくてはならないはずなのだが、担当の者が持ち出しの手続きを面倒くさがり、「どうせ今回も使わないだろう」と高を括って持ってこなかったのである。


 数刻前に青い顔をしてそう報告してきた担当者をぶん殴った。


 戻った際には厳罰が下されるだろう。



 だが一応それ以外にも分かったことはある。


 街の管理の一端を担うマルカファミリーの指南役で、かつて高名な冒険者でもあった「無双のデール」がその男を鍛えていたというのだ。



「ありゃ逸材だぜ。元々結構鍛えてたっぽい。ただ対人特化というか…」



 この時デールは、正直それ以上に感じるところがあったこと、身体強化魔法を使えたこと等を伏せていた。

 『人殺し』を討伐したのは式隆であることを直感はしていたが、面倒ごとを嫌いそうな彼に配慮したのである。


 結果としてこの配慮は、デールが高名だったこともあり大いに式隆の助けとなった。


 現状の結論として、討伐者の候補からは外されたのだ。


 だが──



「万が一ということも考えなければな」



 クロム・テラードは賢い男だった。


 『ミカミシキタカ』がこの一件に関わっていることは間違いない、という考えに加え、彼自身はまだ式隆を討伐者候補からは外していなかった。



「…無双のデールの目をも欺ける者なのかもしれん」



 あの『人殺し』を討ち取れる人間ならば。


 それくらいやってのけるかもしれない、と。




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