第36話 どんなものよりも綺麗なもの

     ※


 今日一日だけで、俺と莉愛の心の距離がさらに近付いたように感じる。

 そう思えるだけで、今日という一日が大きな価値のあるもののように感じられた。

 勿論、莉愛が傍にいてくれるというだけで特別な一日であったことに変わりはないのだけど、よりお互いを知れた気がする。


「少し……暗くなってきたね」


「そう、だな。

 莉愛……時間はまだ大丈夫か?」


「うん。

 一日中、平気」


「流石にそこまで突き合せられないけど……」


 莉愛の大袈裟な言葉に、俺は苦笑してしまった。


「冗談だと思ってるでしょ?」


 少し不満そうに莉愛が俺の顔を覗き込んでくる。


「本気だとしても、莉愛のことを一日中は連れまわせないよ。

 お父さんだって心配するだろ?」


「私はいいのに……」


 なぜか、莉愛は残念そうに言った。


「でも、もう少しだけ付き合ってくれ」


「うん」


 そして、俺は――今日のデートで莉愛と一番行きたかった場所へと向かう。

 そこは観光地としても有名なところだった。


     ※


 足利駅から電車で数分。

 俺たちが下車したのは『あしかがフラワーパーク駅』という場所だ。


「変わった駅名ね。

 それに……すごく綺麗な場所」


「何年か前に出来たばかりの駅なんだよ」


「え? 新設されたって、こと?」


「駅が新設されるっていうのは珍しいよな。

 まぁ、そんなこともあって、地元ではかなり有名なんだ」


 この駅は平成30年に開業された新駅だ。

 そしてこの駅はフラワーパークまでの入園が徒歩一分。

 正にフラワーパークへの観光の為に作られた駅だった。


「ちなみに11名の駅名はJRだと最長の名前らしいぞ」


「ふふっ、地元人の豆知識なんだね」


「まぁ、な」


 とはいえ、地元の人間はそこまで頻繁にここに来るわけではない。

 子供の頃に親や学校のイベントなどで来ることもあるから、とても有名な場所ではあるのだけど。

 それに何より足利の観光地として全国から人が集まる場所だ。


「わっ……見て大希。

 階段に花の写真……これ、すごく綺麗だね」


 駅を降りた先の階段には美しい藤の花の写真がプリントされている。

 写真で見ても本当に綺麗なので莉愛が声を弾ませるのも頷けた。


「今日のデートの最後……莉愛とここで花を見ようかなって」


「これを、見れるの?」


「ああ……今は大藤まつりの時期だからな。

 見頃なんだよ」


 そして明るい時間ではなく、暗くなってから来たのにも理由があった。


「行こうか」


「うん」


 俺たちは手を繋ぎ、西にあるゲートからフラワーパークへと入園した。


     ※


 そして――


「うわぁ……」


 莉愛が感嘆の声を漏らしたのは、一面にライトアップされた夜の藤を目にしたからだ。 そこには、普段は見れない幻想的な光景がそこには広がっている。

 美しく咲き乱れた藤の花――そのどれもが自分が一番美しいと主張するみたいで、その全てに目を奪われてしまう。

 まるで別世界に彷徨ってしまったと錯覚するような夢心地に攫われてしまう。

 不意に、莉愛が俺の手をぎゅっと握った。

 俺はその手を握り返しながら、彼女の顔を見つめる。

 光に包まれた花々を目にした莉愛の瞳は眩しく輝いていた。


(……ああ、ここに来て……よかった)


 莉愛が喜んでくれるかな?

 ずっとそんなことを考えていた。

 でも、子供みたいに一心に、夢中にこの世界を見つめる彼女を見たら、そんな不安は消し飛んでしまって、今日のデートの締めにここを選んでよかったと心から思えた。


 そして俺にとっては……こんな神秘的な場所にいても、莉愛の存在は一番綺麗だと思えたんだ。

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