異変

 会社に出勤すると、近藤さんはまだ来ていなかった。いつも僕より先に出社しているのに珍しい。それどころか始業時間が五分前に迫っていても近藤さんは出社してこない。


「寺本くん、近藤さんから何か連絡来てないか?」


 課長がため息交じりで少し苛立っていそうな声で話しかけた。


「特には……。会社にも来てませんか」

「無いから聞いてるんだよ。うーん、無断欠勤するような人ではなさそうだったんだけどな……」

「連絡します」


 近藤さんの電話番号に着信を入れる。しかし、電話がつながらない。何度繰り返しても同じ結果だった。


「とりあえず、近藤さんの業務は都度進捗確認しているので、僕が全部やります」

「頼んだ」

「わかりました……」


 もともと近藤さんが入社する前は一人で抱えていた業務量だった。緊急ではない業務は明日に回し、一時間ほど残業して退勤することができた。


 近藤さんのアパートまではうす暗い道が続く。飲み会で近藤さんが千鳥足状態になったとき、一度アパートまで送り届けたことがある。女性のわりにはオートロックがついていない家だった。


「私なんか襲う人いませんって」


 そうは言っていたが一抹の不安はあった。



 インターフォンを押すが反応はない。ドアノブを握ろうか。まさか開いているわけない。ただ、念のため、ドアノブを捻って力を少し入れる。ドアにしては重く、力を加えると、ずるりと何か引きずる感覚が腕に走った。ゆっくりと視線を下げると、通路の蛍光灯がドアノブにかけられたタオルにぶら下がる頭を白く染めた。胸が強く圧迫され、脚の力が抜けて座り込んだ。髪で横顔が隠れて見えないが、死んでいるのか……。まさか。


 近藤さんの肩にゆっくりと腕を伸ばす。手先が震えていて距離感がわからない。指先が肩に触れると冷水にを浴びたような痛みが走った。自殺する様子などなかったというのに。


 伸ばした腕を戻しかけたとき、白い腕が僕の手首を掴んだ。ものすごい力だ。首を捻って見えた顔は目が白く濁っている。美紀の顔だった。口は開いていないがうめき声が漏れている。砕けるほど歯を食いしばって腕を戻そうとするが、力が強くて離れない。白い顔が近づいてくる。饐えた臭いが鼻孔を突く。


「許さないから」


 美紀の声が耳元に聞こえたとき、白い腕が離れ、後方に力を入れ続けていた僕は後頭部を壁に打ち付けた。蛍光灯が点滅する光景はしだいに黒くなっていった。

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