11・野辺の煙

===横手駒===

 山之井の兵に囲まれて横手の村から続く谷を上って来た。

 最近、実野の守護代様の命で整備した道を歩いたのでそう大変ではなかったけれど、私が今まで来た事が有った場所は疾うに過ぎ去り、見知らぬ場所に連れて行かれるのだと痛感する。


 今は谷の一番奥の急な斜面にへばり付く様に続く九十九折の登り坂を登っている。孫三郎を抱く腕がズシリと重い。

 坂を登る前に若鷹丸と言う子に孫三郎か荷物かどちらか渡せと言われた。私と同じ位の年恰好の、けれど、祖父の、彼の言を信じれば父も、命を奪った人の手を借りるのは憚られた…

 だから、意地を張って断ったけれど、里が「ご厚意はお受けなさいませ。」と言うので荷物を持って貰った。そうでなければ途中で歩けなくなっていたかもしれない。


「若様!良くぞご無事で!」

坂を登り切ると、前から初老の男の人が声を掛けて来る。

 お祖父様と同じ位の年齢だろうか…兵にしては身形が少し立派な感じがする。

「行連、聞いていると思うが後詰が来るらしい。無理せず隘路まで下がろうと思うがどう思う?」

「皆疲れ果てておりますれば、少しでも下がって時を得ねばなりますまい。」

二人はそんな話を始めている。


 ふと顔を上げると空が大分明るくなっている。もう夜明けだろう。

 最後に横手を一目と思い振り返ると、館の辺りから数本の煙が登り始めた。家族の大切な場所が燃えて無くなってしまう…

「どうして、横手を攻めたの…」

溢れ出る涙と共にその想いも止められずに声になって溢れ出てしまった。

「此度の戦に限って言えば横手がこの道を造ったのが直接の原因と言えるだろうか。」

そう大きな声のつもりはなかったけれど耳に届いてしまったのか、若鷹丸はそう律儀に答えて来た。

「道を造っただけだわ…それも守護代の命で仕方無く…攻めるかどうかなんてまだ分からないのに…」

言っても仕方の無い事だと分かっていても、一度溢れ出した言葉は止められなかった。


「六年前の事だ…」

六年前?

「この道を通って賊が山之井にやって来た。ここまでも、この先も一本道だ。横手を通って来た事に疑いは無い。横手の人間がそれを知らぬはずもな。」

六年前…そんな前の事はまだ小さかったから覚えていない。

 けれど、確かに賊が出たなら騒ぎになるし、素通りさせる事なんて無いと思う…

「それ以来、我等は北の谷を注意深く見張っていた。そして今年になって横手は道を整備し始めた。」

「それは!」

確かに道は造ったけど…

「攻めなくても良い、か?俺達だってそう思っていたさ。実際我等は守りを固めていたのだ。しかし、攻める事になった。不本意ながらな…分かるだろう?」

同じ立場の横手の人間ならと言いたいのだろうか…悔しいけれど、それは分かる。

 父様も、お祖父様も、里の皆も、それでいつも苦労していた。


「今回の戦はたまたま横手と山之井が戦場になっただけだ…芳野と実野の戦いの中でな。きっと最早、どちらが仕掛けたのか等誰も知らぬだろうし、どうでも良いのだろう。こんな物は誰かの見栄の為にダラダラと続いているだけに決まっている。そんな物のせいで俺もお主も父を喪った、父だけではない…何人も何人も…もうこんな事はウンザリだ…」

そう彼は吐き出す様に一気にそう言うと唇を噛んで黙ってしまった。

 朝焼けの空に先程よりも遥か高くまで立ち昇って行った黒煙を見つめながら、私は怒りと悲しみをどこへ向ければ良いのか分からなくなっていた。


 それでも、煙は高く高くどこまでも登って行く。それは、まるで野辺の煙の様に…


「若様、そろそろ…」

二人で高く登る煙を見つめていると、先程の初老の男の人にそう促される。

「そうだな、俺はここで後から来る誠右衛門達を待って下がる。行連は残りの者を纏めて大叔父と合流しろ。」

「しかし…」

その呼び掛けに彼がそう命じると、抗議の声が上がる。

「怪我人も多いし、皆も疲れている。敵が迫ってからでは面倒になる。合流したら素直に下がるから先に行け。」

「…は、必ずすぐにお下がり下さいませ。」

しかし、そんな事は気にも留める様子を見せずにそう繰り返した彼の様子を見て不服ながらも頷く男の人。

「それから、こちらは横手の子女だ。丁重にお連れしてくれ。」

彼は続けて私達の事をそう伝えた。

「は…ではこちらへ…」

厳しい視線が一瞬こちらに向けられたと感じた後、そう促された。

 ここから先へ行ってしまっては本当に横手から離れる事になってしまう。足を踏み出さなければいけないと分かっていても体は前へ進もうとしない。

 いつの間にか止まっていたはずの涙が溢れ、目の前も霞んでいた。嫌だ…行きたくない…

 そう思う私の背中を里がそっと押す。その力で一歩私の足は故郷から遠ざかった。

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