12・継ぐ者

 横手の戦いから数日。新たに建てられた守谷城の西櫓の上から、紅葉丸と二人、遠く真っ直ぐ続いて行く北の谷の先を眺める。

 眼下では解体された山之井城と板屋城の部材を転用した守谷城の補強作業が領民総出で行われている。今登っているこの櫓も山之井城の門に使われていた物をこの場所に移築した物だ。

 秋を目前に、刈入れの季節の前に何とか作業を終えようと誰も彼も必死だ。この調子では毎夏恒例の山狩りも行えないかもしれない。と言う事は夏場の獣害が増え収穫も減ると言う事だ…まったく、戦と言うのは連鎖して何も良い事を生みやしない。


 あの後峠でしばらく待ち、横手の館に火を放ち、山伝いに後退して来た誠右衛門や正助達弓持ちと慶次達山の民の面々と合流した。

 彼等は後退する直前に後詰らしき隊列が横手の谷の入り口に姿を現したのを目にしており、その数は三十から五十程度に見えたと言った。

 後詰がどう動くか気になったが、山の民がその場に残り状況を知らせてくれると言うので甘える事にした。

 尤も、彼等に言わせれば貰い過ぎの報酬の分と言う事だったし、持ち出した米を運ぶついでだと笑っていた。

 結局、先発した横手板屋勢が敗れた事が伝わったのか、はたまた、横手に予め運び込んでおいた物資が燃えてしまったからかは分からないが後詰の兵達は山を越える事なくその日の内に退いていき、我等も守谷の城へ兵を詰めて被害の復旧や防衛線の強化に努める事となった。


「何年か前に他所から流れて来た男が守護代様に召抱えられたらしいの…その男を近くに置く様になってから色々変わってしまったって父も祖父も良く嘆いていたわ。」


 六年前のあの一件から今回の事に至るまでの事柄についての質問へ、駒が答えたのがそれだった。

 俺の危惧した通り、父の首は主戦場での喧伝に用いられた様で、相当に混乱の広がる三田寺勢に無理を押して走ってくれた兵六が事の次第を伝えた事で味方はギリギリで体勢を立て直し、再び戦線は膠着したらしい。

 それにしても、慶次は報酬を貰い過ぎ等と言っていたがどう見ても勲一等は山の民であり、明らかに褒美が足りていない。表立っては無理でも何か考えねばなるまい。

 因みに、らしいと言うのは戦は現在進行形で続いており、詳しい状況は分からないからだ。しかし、その流れ者という男がそれらの事象の裏に居るだろう事は想像に難くない。余りにも今までの芳中の戦と行動理念が違っているからだ。全てとは言わなくとも、少なくと一翼を担っているのは間違いの無い所だろう。

 果たして、現状に満足出来なくなった実野の守護代が流れ者の後ろで糸を引いた結果なのか、それともその流れ者が守護代の後ろで糸を引いた結果なのかは我等の知る所ではないが、今後の芳中国はより一層乱世へと時代を進める事になるだろう。

 特に三原氏麾下の芳野平野の我々は、芳後国からの圧力に加えて実野盆地からの圧力が増す事に因って相当に面倒な立場な立たされるはずだ。



「紅葉丸。すまんが、約束は守れそうにない。」

夏の匂いに少し秋の風が混じり始めた櫓の上で、俺は紅葉丸にそう告げた。

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