第4話 マリーゴールド

「驚かないんだね」

「驚くも何も……」


 今の話で確信した。椿は紫苑と同じ、異能を持っている。その異能はおそらく紫苑が考えている通りだ。


「誰かの想いを花にする……」


 突拍子もない考えだと思っていたが、そう考えれば第一のエキザカムの出来事の謎が解けるのだ。花が育たない環境で生まれたエキザカム、ずっと出所が気になっていたが、やっとはっきりした。

 そのエキザカムはおそらく、人間の想いを、人間を養分にして育った。


「百合や水仙も同じじゃないか? 君は人間を養分に、その人の想いを花に反映することができる」


 そして、その花には不思議な力を持たせることもできる。そう考えれば、白百合の出来事も水仙の出来事の謎も解けるのだ。

 白百合には怨念が、水仙には愛情を求める想いが、不思議な力と合わさって不可思議な現象となっていたと考えると、辻褄が合う。


「否定、しないのか?」

「しないよ」

「……どうして?」

「さあ、どうしてなんだろう?」

 

 椿は虚ろな目で紫苑を見る。この時、紫苑は確信した。

 椿には善悪が分からない。これをすることによって、その後がどうなるのか、想像できない。人間を花にすることに対し、そこに椿の感情はない。


「不思議だね……なんだか、こうなる気がしていた……」


 椿は続ける。マリーゴールドが手から生えたことをきっかけに椿はその場所に居づらくなった。だから、このマリーゴールドが気持ち悪がられない唯一の仕事、花屋をすることにした。移動する屋台というスタイルなら、またこの場所に居づらくなっても、花屋を続けられる。


「どこから嗅ぎつけられたんだろうね、僕が不思議な花屋だってこと……」


 椿の不思議な力を頼って人間は頼む。椿は頼まれるがまま、花に、花に、花にする。椿の異能でどれだけの花が咲いたのだろうか。もう数えられないくらい、椿は花を咲かせた。

 椿は組んでいた腕をほどく。右手には包帯が巻かれていた。


「君は……やっとたどり着いたんだね。僕は逃げも隠れもしない。僕も君に会いたいと思っていた」


 椿は巻いていた右手の包帯をとる。すると、右手の掌や手の甲にびっしりとマリーゴールドが咲いていた。

 紫苑は目を見開く。


「その手……」

「全身に広がっているよ。もうじき、マリーゴールドこれに全てを奪われるのだろうね。運命ってすごいね……最期に会うのが君だなんて……」


 紫苑は椿の手を取り、マリーゴールドを引っこ抜こうとした。


「マリーゴールド……花言葉は「絶望」、「悲しみ」……」


 だが、マリーゴールドはびくともしない。長年蓄積された椿の悲しみや絶望が根強く棲んでいる。


「ダメだ、ダメだ……こんな想いを抱いたまま、死ぬのはダメだ……」

「もう充分だよ……ありがとう」


 この時、なぜあの夢の善悪が見えなかったのか、その理由がやっと分かった。

 これは、紫苑がどんな行動をとっても、何をしても、善にも悪にも転がらない。善悪を超越しているからだ。

 紫苑は椿の手を優しく包み込み、そのまま固まった。


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