第3話 椿

 紫苑が調べた付近の墓地を一つずつ訪ねても、あの屋台の花屋に出会うことができなかった。紫苑がリストアップした墓地は調べ尽くした。会えないことはないはずだ。


(何か、見落としている?)


 今日、墓地である男性に出会うことが確かなのだ。見つからないのは、紫苑がきっと何かを見落としているとしか思えない。

 何か、とても重要なことを。


(あ……)


 閃いた。



 紫苑が次に訪ねたのは、紫苑が今朝父の墓参りのために行った墓地だった。今朝行った場所だったから自然とリストから除外していたのだ。

 紫苑が墓地の中を歩いて探していると、墓地の奥にある水道の横に、その場には似合わない豊かな色とりどりの花たちが目に飛び込んできた。

 ブルーシートを敷いた上にカラフルな花束が売られている。そして、ブルーシートの上に置いた椅子に男性が座っていた。柔らかそうな灰色の髪に透き通る白い肌、茶色のトレンチコートには袖を通さずに羽織っており、腕を組んで目を閉じている。顔ははっきりしないが、間違いない。

 夢で出会ったある男性だ。

 紫苑は彼の足元に注目する。彼は、雨が降っていないのに長靴を履いていた。

 紫苑は近づいて彼の正面に立つ。すると、彼はパチッと目を開けた。

 彼は紫苑を見ると微笑む。


「いらっしゃいませ」


 声は柔らかく心地良い。邪気がないその笑みに対し、紫苑は直接的に尋ねた。


「私は、花に関わる不思議な出来事を調べている。その際中に夢で君が出て来た。花が関わる事件に花屋、これは偶然とは思えない」


 紫苑はこれまでに体験した出来事の全てを彼に話した。

 エキザカムの謎や不思議な白百合と水仙の正体。謎に包まれた花に関する出来事を調べる際中に共通して浮かんだ第三者の存在。そして、紫苑の夢に登場した花屋の男性。

 

「君は、何か知っているのか?」


 偶然が重なりすぎているとはいえ、紫苑には彼が全ての出来事に関わっているのか、確証が持てなかった。だから、直接訊いてみることにした。


「僕は椿つばき

「……え?」

「ちょっと、昔の話をしようか」


   *


 椿は気持ち悪い子だと、周りからよく言われた。

 何を考えているのか分からない上に、おとなしく何も言い返さないから、よく陰湿な嫌がらせをされたし、誰も助けてくれなかった。

 陰湿な嫌がらせを受け続けた結果、椿は自分を失った。何も感じなくなった。そんな日々が何十年も続いたある日のことだった。

 突然、椿が右手を広げると、掌にマリーゴールドが生えていた。その時は、一晩でマリーゴールドは枯れた。だが、それからというものの、椿の想いに反応するように掌から花が咲き続けた。


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