第2章 花言葉探偵と百合仮面~Lily(百合)~
第1話 招かれざる事件
シオン探偵事務所に手紙が届くことはめったにない。
だからこそ、その手紙が届いたこと自体、奇妙だと思ったのだ。
だが、郵便物が全く来ないことはない。毎朝、ダイレクトメールを仕分けているように、どこの家にも来そうなものは届く。それゆえに、紫苑名指して、その手紙に気づいた時、何だか嫌な予感がした。
紫苑は封筒カッターで丁寧に封を切ると、その手紙を広げた。
探偵様
あなたにこの謎は解けるかしら?
ぜひ、お屋敷にいらしてください。
手紙と共に添えられたのは荒らされた墓と骨壺がなくなった空虚な空間の写真だった。
紫苑の眉間に皺が寄った。
これは脅迫だ。
その手紙の主の言うことを聞かない限り、謎を解かない限り、大切なものは帰ってこない。
紫苑は手紙を胸ポケットに入れ、事務所を出ていく支度をする。
無意識にため息が出た。
手紙で指定された場所にタクシーで行く。
そこは京都市内にあるとは思えない、大きなレンガ造りの洋館だった。紫苑は壊れた鉄門をこじ開けてその隙間から中に入る。石畳を進んでいくと重厚で繊細な彫刻が施された扉が出迎えた。紫苑がノックしようと手をあげた途端、勝手に扉が開く。
紫苑は導かれるように、中に入った。
大広間にまっすぐ敷かれた赤絨毯に沿って紫苑は歩く。
進むうちに段々暗くなり、次第には真っ暗になった。紫苑は持っていたペンライトを点灯させる。すると、廊下の最奥に花瓶に生けられた一輪の白ユリに気づいた。
(何だ……これはまるで……)
紫苑が違和感を言葉にしようとしたその直後、辺りがパッと明るくなった。
カラカラカラ
紫苑が振り返ると、背後に布をかけた荷車を押す少女がやって来ていた。紫苑が少女と判断した理由は、彼女がセーラー服を着ていたからだ。だが、顔にたくさんの百合の装飾がついた仮面をつけているため、表情は分からない。少女は紫苑の正面に止まると向き直り、荷車の布をとった。
荷車の上には高い台がのっており、その台には三つの頭蓋骨があった。右の頭蓋骨には赤の百合。中央はオレンジの百合。左の頭蓋骨にはピンクの百合が添えられていた。
(憎悪、虚栄心……)
オレンジの百合の花言葉は「憎悪」。
赤とピンクの百合の花言葉は「虚栄心」。
すぐに分かった。この少女が、紫苑に手紙を出した張本人だ。
「……それで、君は一体、私に何をしてほしいのかね?」
紫苑からの質問に少女は答える。
「謎を解いてくださらない。なぜ、この子が死んだのか。さもないと……」
少女は台の下方から骨壺を取り出し、続けた。
「あなたの大切なものを壊して差し上げますわ」
どうやら紫苑には、この少女に従って謎を解くしか選択肢はなさそうだった。
「せめてヒントをくれないか?」
「そうね……じゃあ一つだけ。この子はあたしと同じ学校の子なの」
それだけで十分だ。
「あと、言い忘れるところだったわ。携帯電話は置いていってね。それと、警察に通報したらすぐにこれを壊すからね」
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