第4話 すれ違う想いたち

 紫苑は警察に通報し、この場を去った後、依頼人である綾歌のアパートを訪ねた。

 1ⅮKのアパートの部屋は学生が使っている様子で、その一室の小さな丸テーブルに向かい合って座る。 

 綾歌は三角座りで紫苑を見つめていた。紫苑はどこから話すべきか、と考えたが、結論から言うことにした。

 紫苑はケータイのカメラで撮った写真を綾歌に見せる。


「この人に見覚えは?」


 それは、例のアパートで死んでいた男性の顔写真だった。

 綾歌は目を見開き、紫苑からケータイを奪い取る。


「どうして……?」

「お知り合いですか?」

「知り合いも何も……行きつけのCDショップの店員です……」

「その方が、エキザカムの花をあなたのアパートのドアの前に置いていたことは確認できました」


 それは皮肉にも、その死体がエキザカムの花を握っていたからこそ、断定できたことだが。


「この人は今?」

「残念ながら、血痕が続いていたアパートに私が着いた時には、すでにもう……」


 今頃、警察が死体を見つけて現場検証している頃だろう。

 綾歌は紫苑のケータイを両手で握りしめる。

 その目から大粒の涙がこぼれていた。


    *

 

 出会いは綾歌が駅のホームでハンカチをうっかり落としたことだった。

 それに気づかず、歩いていた綾歌にある男性が大声で言った。


「落としましたよ!」


 周囲の目が綾歌に集中する。恥ずかしさのあまり、綾歌は男性をキッと睨みながら男性に近づき、奪うようにしてハンカチを取った。お礼も言わず、綾歌は周囲の目から逃れるようにそそくさと去った。

 古びたハンカチだった。落としたところでどうでも良いものだった。だからあの時、恥ずかしい思いをさせたあの男性が許せなかったのだ。

 しかし数日後、午前の大学の授業が休講になったので、CDショップに行くことにした。綾歌は音楽が好きだった。だが、古いアパートで、大音量で思うように聞くことができなかったので、CDショップの試聴コーナーで聴くのが毎日の楽しみだった。

 そこに、あのハンカチを拾ってくれた男性が店員として存在していた。

 今まで気にしたことなかったが、改めて見てもハンカチを拾った男性で間違いなかった。その時、あの時の恥ずかしい感情が蘇り、綾歌はCDショップを逃げるようにして出て行こうとした時だった。


「何かお探しですか?」


 男性は綾歌のことを初めて会うかのように接した。男性の曇りのない目や表情はまるで綾歌のことを覚えていないというようだった。


「いえ、何も……」


 男性は黙り込み、笑顔を浮かべる。

 綾歌はその笑顔が忘れられなかった。同時に、ハンカチを拾ってくれた時、邪険に扱ってしまったことに対して申し訳なく思った。


  

 それから、何度もCDショップを訪れたが、あの男性を出会うことはなかった。お礼を言いたいと思ったのに、会えなかった。

 その後のことだった。あのエキザカムの花がドアの前に置かれるようになったのだ。


   *


「おそらく、時間が合わなかったんでしょう」


 綾歌の大学の授業は日中で、その男性は綾歌が大学に行っている間にCDショップで働いていた。そして、綾歌の大学の講義が終わってCDショップに寄る頃になると、その男性は仕事終わりで帰る。


 二人はずっとすれ違っていたのだ。だから出会えなかった。


「この人は……あなたのことが好きだった。だけど言えなかった。怒っていると思ったのか、内気だったのかは分かりません。ただ、あなたへの思いをエキザカムに託したことは確かです」

 

 それを、紫苑は相手にすることはないと切り捨てた。霊能探偵をしてきた中で、ここまで愛に満ちた事件に出会ったことなかったから、先入観で切り捨てた。

 何て愚かだったのだろう。


「今回の依頼の遂行料はいりません。どうか……どうか」




 お幸せに。


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