第3話 波紋

 それから一週間後、綾歌からの連絡はなかった。紫苑はその時、自分の推理が合っていたのだと思い、遂行料をいくら請求しようか、と考えていた。

 事務所の固定電話に電話がかかって、切羽詰まった綾歌の声が電話口で響くまでは。


『助けてください!』

「? どうかしましたか?」

『家の前に……』

「落ち着いて。深呼吸しましょう」


 電話口で長く息を吸い、吐く音がした。


「落ち着きましたか?」

『あ、はい』

「それで、どうかしましたか?」

『! 家の前に花が……血だらけの花が!』

「……今、家ですか?」

『はい。怖くて……』

「警察には?」

『まだ……』

「とにかく、警察に連絡してください。その間、様子を見に行きます」

 

 紫苑は薄手のジャケットを着て、急いで事務所を出た。





 綾歌の様子から凄惨な現場を予想していたが、イメージとはかけ離れていた。

 血だらけだったのは、エキザカムの花束だった。根っこから引っこ抜いたエキザカムを輪ゴムで縛って花束にしていたが、その根っこの部分に血がべっとりとついている。


「……?」


 紫苑は小さな血痕が道に落ちていることに気づく。

 血痕は続いていた。


(どこに行く?) 


 紫苑は辿ってみようと、時々地面に這いつくばりながら辿る。

 途中で雨が降った時は血痕が消えないかと思ったが、血痕はあるボロアパートの一階の奥の突き当りの部屋まで続いていた。

 突き当りの部屋のドアが半開きになっている。

 紫苑は恐る恐る近づき、その部屋のドアを開けた。


「!」


 奥に続くドアの手前で男が床に座っていた。

 その腹の中心には大きな穴が開いており、ぽたりぽたりと血が流れていた。

 紫苑は男に近づき、口元に手を当てる。息はない。すでに死んでいる。

 そして、その男性の手には、エキザカムの花が一つ、握られていた。

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