第十話「幼い頃のこと」

 先程別れたところに着いたあたしは談笑中の二人に声をかけた。

「お待たせ」

 先に気づいたオルフが尋ねてくる。

「忘れ物はちゃんとありました?」

「えぇ、もう大丈夫よ」

 ロルフさんと話をするために戻ったことはまだ秘密にしておきましょう。いつか話す時が来るでしょうし。

「それじゃあ行こう!」

 セサミが言った。

 そういえば、ロルフさんって昔からあんな乱暴な性格なのかしら。気になったのでオルフに尋ねてみることにした。

「ねぇ、オルフ」

「なんでしょう?」

「ロルフさんってずっとああなの?」

「いえ。ぼくがまだ小さい頃はとても優しかったです。本を読んでくれたり、一緒に遊んでくれたり」

 成程ね。つまりロルフさんのオルフ想いの性格は昔からだったらしい。それが成長していくにつれて暴走してしまっただけで、根本はずっと変わっていなかったのだ。

「なんか想像できないなぁ」

 しみじみ思っているとセサミが余計なことを言い出した。

「ちょっとセサミ」

「当然だと思います」

 オルフは苦笑した。

「ちなみにお二人には特別な思い出があったりしますか?」

「ボクはやっぱり主と出会った時かなぁ」

「あの時は驚いたわ。高校一年生の時いきなりお父さんが子猫だったゴマ――セサミを抱いて帰ってきたのよ。あれから約三年、早いわね」

 流れで『ゴマ』と呼んでしまい、すぐに言い直す。そう、ゴマとの出会いは今から約三年前だ。思い返すと懐かしい。

「うん、なんかあっという間だったよ」

「そうだったんですね」

「それで思ったんだけど、あたしの家に来る前は一体どこにいたの?」

 拾ってきたらしいのだけど、その前はどこにいたのかしら。実はずっと気になっていたのだ。

「それがよく覚えてないんだよね。ただ、初めてじゃない気がするんだ。ここに来るのも、人間の姿になるのも」

「デジャブってこと?」

 デジャブ――過去にも経験したことがあるような感覚に襲われることだ。セサミはそんな気がしているらしい。彼は頷いた。

「うん」

「それは不思議ですね。美遥さんはどうですか?」

 オルフに聞かれ、過去を振り返る。確かにセサミとの出会いも印象的だったけれど、それよりも前に特別な思い出が一つある。そうね、その話をしましょうか。

「あたしの幼少期だとそうね、幼稚園生の頃一回だけ一緒に本を読んだ男の子がいたの」

「そんな話知らないんだけど!?」

「なんでそんなに怒ってるのよ」

「やきもち、とかですかね?」

「まぁいいわ。その子とは一緒に『不思議の国のアリス』を読んだの。少し仲良くなったんだけどそれきり会えてなくてね。名前だけでも聞いておけば良かったって今でも思ってるの」

 たった一度だけ一緒に『不思議の国のアリス』の絵本を読んだ男の子。あたしは今でもその時のことを鮮明に覚えている。せめて名前だけでも聞いておけば、また会えるチャンスを作れたかもしれないのに。悔しい。

「そうなんですか……いつかまた会えるといいですね」

「えぇ。会ったらいろんなおとぎ話を教えてあげるつもりよ」

「それ相手からしたらすっごく迷惑じゃない?相手も主と同い年位でしょ?」

 セサミの言葉にむっとして言い返す。

「失礼ね。おとぎ話は大人でも楽しめるものだってたくさんあるのよ?」

 現にあたしは今でも楽しんでいる。話の変遷を調べてみるとなかなか奥が深いのよね。まぁ、中にはあまりにも残酷過ぎて危うくトラウマになりそうだったおとぎ話もあるけど。

「ご、ごめん」

 セサミは悪いと思ったのか謝ってきた。失言したことについて反省しているようだしまぁいいでしょう。

「まぁいいわ。冗談だし」

「冗談だったんですか……?」

 あっさり許すとオルフが驚いたように言った。

 嘘はついていない。たぶん。

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