第58話 リスク


「――来いッ!」


 ノルチェボーグは、剣を構えてそう叫ぶ。


「(あの風魔法で作られた……【黒風白雨こくふうはくう】と言ったか。実質1対2の状況を作られてしまったか)」


「だが! いくつか制限があるんだろう!」


 勘がいいな……。

 だが――。


 俺と風の魔人は、左右に広がり、別々の方向からノルチェボーグに向かっていった。

 多方向からの攻撃で、ノルチェボーグに負担をさらにかけるためだ。


「行くぞ!」


「土魔法。【玉砕剣山ぎょくさいけんざん】!」


 地面から、無数の大きなトゲが勢いよく生えてきた。

 トゲはノルチェボーグを囲うように生えてくるが、トゲが伸びきるとすぐに砕け散っていく。


 結構厄介だな!

 お前も技隠してたのかよ!


 俺と風の魔人は、トゲを避け、破壊し、少しずつ挟むように距離を詰めていく。


「(互いに割と動けている……が、他の風魔法を使わない辺り、手一杯なのだろう。ならば――)」


 一瞬トゲの動きが止まったと思うと――。


「なっ……!?」


 トゲを生やす場所を風の魔人がいる方向に絞り、ノルチェボーグ自体は、俺に向かって走ってきたのだ。


「フンッ!」


 ノルチェボーグは一気に距離を詰め、俺に剣を振ってくる。

 大して風魔法を使えない今の俺は、ノルチェボーグの猛攻にどんどん押される。


 こんな一瞬で対策されるとは……!

 かと言って、【黒風白雨】を消してしまえば、また振り出しに戻ってしまう。

 だからここは耐える!


「(耐える択を取ったか。それはつまり、風魔法は使えないということ。あの風の魔人が辿り着く前に勝負をつける。もし魔人を消して風魔法を使えるようになったとしても――)」


「くっ……!」


 押されている俺の体に、小さな傷がどんどん増えていく。


「ハァッ!」


 クソッ!

 剣に集中しているのに、トゲの数が減らねぇ……。

 無造作に生やしているからそっちに集中するひつようがないのか?


「ッ……!」


 また傷をつけられた。

 ノルチェボーグの攻撃の手は弱まる気配がない。

 きっとノルチェボーグも、ここで体力を使う果たすつもりなのだ。


 やむを得ない……!


「風魔法。【妖精の加護】ッ!」


 消えかけていた風の鎧が、出力を取り戻した。

 これで、ノルチェボーグの猛攻に対抗することができる。


「ここだ……」


 その瞬間、ノルチェボーグがボソッと呟いた。


 ドンッ――。


 破裂音と共に、俺の右の地面から、土のトゲが飛び出してきた。


「ッ……! このっ!」


 俺はグンと腕を動かし、右手に持った剣でトゲを斬った……はずだった。


「なっ……!」


 硬い……!?


 この戦いの中での土魔法の攻撃で、一番の硬さの攻撃に驚愕した。

 トゲに剣が入ったが、斬り切ることはできずにハマってしまった。


「そして……」


 またノルチェボーグが呟いたと思うと、今度は反対側からトゲが生えてきた。


 剣がトゲに刺さって抜けない……!

 腕で防御を――。


「がああっ!!」


 なんとか風を纏った左腕で防御できたが、見事にトゲは風を突き破り、腕を貫通した。

 このトゲを抜いても、もう左腕は使い物にならないだろう。

 剣も両手では振れなくなってしまった。


「勝ったッ!」


 身動きが取れなくなった俺に向け、ノルチェボーグは剣を振り上げた――。




◇ ◇ ◇




「勝ったッ!」


 トゲの大きさを小さくすることで硬度を上げた。

 次の一撃、奴は防御が間に合わない。

 背後からは、【玉砕剣山】のトゲが破壊される音が聞こえない。

 つまり風の魔人が消えて、コイツが風魔法を使えるようになったということ。


 抜かりなし!


「ハアアアアッ!」


 ノルチェボーグは自信を持って、身動きが取れないリンドラに、剣を振り下ろす寸前――。


「――いや、俺の勝ちだ……!」


 リンドラを斬ろうとした瞬間、髪の毛が風で揺れた。


 ん?

 なんだこのモヤッとするような……。

 それにコイツ、笑ってる?

 鼻血も出て、顔色も悪い。

 コイツに反撃する気力もないはずなのに……。

 ……鼻血?


「まさか――」


 突然、背中が熱くなった。

 視界もどんどんぼやけていく。

 背後の状況を把握する為、辛うじて首を回した。


 まだ動かしていたのか……!

 【黒風白雨】……!


 ノルチェボーグの背後には、風の魔人がいた。

 体を作る風が荒ぶっている【黒風白雨】が、爪の攻撃で、ノルチェボーグの背中を大きく斬り裂いたのだ。


「――うっ……おおおおおおっ!!」


 体に大きな傷を負ったことで、左右のトゲが脆くなった。

 俺は剣を引き抜き、腕を振り、トゲから脱出した。


 いってぇ!

 だけど……!


「これで終わりだああああッ!!!」


 俺は剣を振り上げ、前のめりになったノルチェボーグを、上から下に振り下ろした。


「がっ……!」


 胴体が斜めにスパッと斬れたノルチェボーグはドサッと音を立て、後ろに倒れた。




◇ ◇ ◇




 体が動かない……。

 コイツは風の魔人を消し、俺の攻撃に対応しようとしていたと勘違いしていた。

 あたかも消したように見せた風の魔人を、音を出さないように背後に忍びよせた。

 細かい操作をしつつ、俺の剣術を防ぐ。

 脳の負担がデカすぎる。

 なのにコイツはやってみせた。

 下手すれば自滅していただろうに。


「…………」


 俺の負けか……。


 ぼやける視界の中に、息も絶え絶えのリンドラが映る。


「フゥッ……スゥ……」


 ノルチェボーグは上体を震えながらも起き上げ、息を深く吸い込んだ。


「お前らッ! コイツはそのうちくたばる! 全員で村を攻めろぉ!」


 周囲で見守っていた部下に、最期の力を振り絞って指示を出した。


「――お……おおっ! 行くぞお前ら!」


 指示に忠実な部下は、すぐさま村に向かって走り出していった。

 誰もノルチェボーグに駆け寄ろうとしなかった。


「ハァッ……ゴホッ……!」


 ノルチェボーグは血を吐き出し、再び地面に背をつけた。


「大将が、やられたのにっ、心配しないん、だな……」


 リンドラが俺に向かってそう言った。


「フッ……。あまり慕われなかったから……かもな。ゴホッゴホッ……!」


 弱弱しい声でそう答えた。


「こう、なりたくなかったら……。力と恐怖で従えるのは、やめておくんだ……な……」

 

 最期にそう言うと、ノルチェボーグの目から光が消えた。


「……強かったよ。アンタ」


 リンドラはそう言うと、ノルチェボーグを背にして、村の方に向かって歩き出した。


 リンドラ対ノルチェボーグ。

 リンドラの勝利――。

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