第57話 とっておき
「――クソッ!」
ルシアは思考を巡らせていた。
「(右の軍に勢いはある。多少削って左の軍を固くするか? だが何をするかが分からない。この発言すらも嘘の可能性もある)」
「ハハッ。今更慌てても、遅いっ。ハァッ……。ほらっ、どんどん騒ぎが大きくなっていくぞ?」
カロンは笑みを浮かべてそう言う。
「黙れ!」
「(コイツから目を離す訳にはいかない。ならば――)」
ルシアは剣を構え、周囲の敵兵に攻撃をし始めた。
「は? 何を考えている……?」
カロンはルシアが取った行動にポカンとしていた。
「ハァッ!」
ルシアは敵兵を次々と倒していく。
「(奴は私が決断に迷うことを狙っている。あの態度、被害が出ることは防げないのだろう)」
「だったらこの軍を殲滅して、少しでも被害を減らし、勝利に貢献する!」
「なんて割り切りの早さだ……」
ルシアの決断の速さに、ついカロンは感嘆してしまった。
◇ ◇ ◇
左の軍では――。
「右の軍は拮抗しているか……」
ルシアの直属の部下が、左の軍の指揮を執っていた。
「こちらはじわじわと押されている。ルシアさん。早く決着をつけてくれ……!」
ルシア程の強さを兼ね備えている訳ではない部下は、そのうち左の軍が突破されると予想していた。
その時、直属の部下の元に、ある兵士が報告に来た。
「――報告! 中央の第1軍にて! ゾルタックスが敵将と思われる人物を討ち取り、敵軍の士気が下がる傾向が見られるとのこと!」
「何っ!? それは本当か!」
左の軍に、ゾルタックスがバートを討ち取ったと報告が届いた。
「はっ。巨大な体を持つ男で、周囲に部下を置いていたことから、敵将と思っていいかと」
「(ここまで順調に戦いが進むのは嬉しい誤算だ。ゾルタックスさん率いる第1軍が敵の中央の軍に勝利すれば、左右に広がった軍を囲うことができる)」
「その報せを軍全体に広めろ! 敵にも聞こえるようにな」
「はっ」
報告に来た兵士に指示を出し、左右の軍全体に、ゾルタックスがバートを討ち取ったことを広めることにした。
「(だが、50人対100人の戦い。分散したとはいえ、簡単に突破されてしまう。増援を待たないと勝てないのは確かだ)」
「――左っ! 何か来るぞ!」
味方の兵士が、左から何かが来ると叫んでいたのが聞こえた。
「なっ! 報せを広める前に仕掛けてきた!?」
確かに、何かが迫ってきていた。
敵兵の集団が、まるで盛り上がっているように移動しているのが見えた。
◇ ◇ ◇
「――しゃあっ! 通せ通せ!」
敵兵の集団は端の方で、何かを運んで走っていた。
「――な、なんだ!? 何を持って……うわあっ!」
その集団に、味方は太刀打ちできなかった。
「ぐっ……。あ、あれは!」
飛び退いた味方の兵士が、敵兵の集団が何を持っているかを目撃した。
「――
破城槌とは、門や壁に穴を開ける攻城兵器である。
敵兵の集団は、その破城槌を手にして走っていたのだ。
「破城槌だと!? と、止めろ! 挟撃だ! 挟むように勢いを止めろ!」
破城槌を手にしていると報告を受けたルシア直属の部下が、急いで指示を出した。
「(盗賊が持っている破城槌など、丸太を削っただけのものだろう。横から挟むように止めれば大丈夫だ)」
「――おいバレたぞ! 全員寄れ!」
「――おう!」
破城槌の存在がバレた敵兵は、破城槌を運んでいる集団を守るように動き出した。
「全員寄ってきた……! 増援はまだか! ジャッカルさんはどうした!」
この状況に、別の方角からの援軍を待っているが、ジャッカルは監視塔から落ちてしまったので、戦場の状況把握も、援軍の指示は出せない。
「クソッ! こちらも全員寄れ! 俺も行く!」
直属の部下も、破城槌に向かって走っていった。
もし穴が開けられたら、ダムが決壊するように、敵軍は一気になだれ込んでくるだろう……。
◇ ◇ ◇
「――ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
「――フッ、フッ、なかなか戦況が動かないな」
リンドラとノルチェボーグの戦いは、一向に優劣が決まらず、ただただ時間だけが流れていた。
「ハァッ……! いい加減倒れて欲しいがな!」
俺はノルチェボーグに斬りかかった。
「……フンッ!」
ノルチェボーグは剣で受け止める。
「まだまだ倒れる訳にはいかん!」
ノルチェボーグは力の限り、俺の体を剣で弾き飛ばした。
「くっ……!」
俺は距離を取られてしまった。
それを見て、ノルチェボーグは土魔法を構えた。
「土魔法。【
何度も見た、地面から生えた土でできたトゲを飛ばしてくる魔法だ。
「……?」
俺はトゲを回避して、異変に気づいた。
威力が下がってる?
飛んでくるトゲは若干崩れており、速度も落ちていたように感じた。
「疲れが魔法に出てきたな?」
この好機を逃すべく、俺は再びノルチェボーグとの距離を詰める。
使うならここだッ……!
「風魔法! 【
走り出した俺の頭上に、首から腰まで人の形をした風の魔人が出現した。
同時に、体を覆う【妖精の加護】が弱まった。
クソッ。
やはりコスパが良くなったとは言え、両立は難しいな……。
「これが貴様のとっておきか!」
ノルチェボーグは風の魔人を見て、疲れているにも関わらず、意気揚々と剣を構えた。
「ここで決めるッ!」
リンドラとノルチェボーグの戦いも、終盤に差しかかっていた――。
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