第26話 それも私よ

 八剣霧子が決闘に乱入して嶺鈴を殺傷した。

 決闘とは神聖なものである。いくら嶺鈴が卑劣な真似をしたとはいえ、乱入行為はマナー違反であった。

「嶺鈴さん!? キリコ、あなたよくも!」

 声を荒げる夕子に対し、霧子は首を傾げて見せた。

「よくもとは? 違うでしょう? ここは危ういところを助けてくれてありがとうと、お礼を言うべき場面でしょう?」

 そう見せているのか、とぼけた物言いをする。

「これは私と彼女の決闘よ。味方面すれば横入りが許されるとでも?」

「戦士の矜持ね。気に入らないというのなら手袋を投げなさいな。歓迎するわよ」

 霧子が戦意を乗せて神威を放つ。出力自体は既知であるが妹分に手を下した直後であるからか、それは冷たく研がれていた。夕子の首筋に冷や汗が流れる。

「……私にはあなたと戦う理由はない」

「怖気づいた?」

「冷静になったのよ」

「つまらない女だったのね、ユウ。姫騎士は目と目が合ったら勝負でしょうに」

「狂犬には失望したのではなくって?」

「リンのことなら、あれは犬でも負け犬よ。あんな無様なちんちくりん、妹だなんて噂とかされると恥ずかしいし、だから処分したのよ。保健所に代わってね」

 強敵と認めた相手を侮辱された怒りはあるが、霧子の言い方はどうも露悪的に過ぎる。

「あら怒った? ごめんなさい。あれをちびで雑魚のかませ犬だと正直に評してしまうと、それを相手に手こずった貴女の評価も落ちるわよね。気遣いを忘れてしまって本当にごめんなさい」

「随分と口が回る。あなたらしくもない」

「私らしくって、知り合ってひと月も経たない貴女が私のなにを知っているの? 私について知った口を叩きたいなら、するべきことがあるわよね。僥倖にも、私は剣士で貴女も剣士なんだから」

「剣で語り合えと? 先程も言ったけれど、貴女と戦う理由がないわ」

「決闘を穢された程度じゃ足りないかしら……ならば」

 ため息を吐いた霧子が両袖を軽く揺らすと同時に、夕子の視界で因果の糸が走った。能力の発動である。

「きゃあっ」

「ひっ」

 因果の糸の先では卍姫と芽亜、それぞれの帯剣がひとりでに抜けて滞空し、二人の首筋に刃を当てていた。能力の支配力を及ぼして持ち主を襲わせたのである。

「人質とは、嶺鈴さんの姉というだけあって、彼女より可愛げのないやり口みたいね」

「それもあるけれどデモンストレーションよ、能力の開示。せっかく戦り合うなら、お互いの手の内を知ったうえで戦りたいじゃない。参考になったかしら?」

 再び袖が揺れると、剣はくるりと一回りして持ち主の鞘に納まった。芽亜が安堵の声を漏らす。

「ついでに開示しておくと、駄犬が貴女に無謀な決闘を挑んだのも威力偵察、貴女の力量を測るために、そもそも私の命令だったと、そういうことよ」

「嶺鈴さんがメアを誘拐して果たし状を送りつけたのは」

「ええ、私の指示よ」

「メアを焼き肉の煙でいぶすことで挑発したのも?」

「……そうするよう私が命令した。貴女を怒らせるためにね」

「決闘場所に分身だけで現れて本人は森に隠れていたのも」

「策を練ったのは私よ。あの犬は突撃するしか能がないもの」

「白鷺先生を抱き込んで勝敗を有耶無耶にすべく立ち回ったのも、決着と思わせて油断した背中を刺すためボディタッチに見せかけて拘束するよう先生に指示しておいたのも?」

「……それも私よ」

 と言いながら、眉がかすかに引きつった。

「ともあれ、これでわかったでしょう。貴女のするべきことが……さあっ!」

 腕を払う。銀光が宙を舞い、眼前に突き立った。先程夕子の投擲した剣である。

「剣をとりなさい、ユウ」

 夕子は反射的に、地に刺さった剣へと手を伸ばしかけ、止めた。

「剣を取る者は剣によって滅ぶともいうわ。断る」

 罠を警戒した以上に、この不自然極まりない挑発をする霧子となし崩しで戦うのは嫌であった。霧子との仕合それ自体は望むところではある。けれどもそれは、このような形ではなく、双方に負い目のない、真っ当な形式でやりたいと夕子は思っていた。剣士にとって仕合とは逢瀬のようなものである。わくわくし、どきどきする行為である。夕子のその心情は、繊細な年頃めいた身持ちの固さから来たものといえた。デートの形式にいちいちこだわったり注文をつけたりという、ある種の面倒臭さでもある。

 しかし霧子は強引であった。

「刺客を差し向けた黒幕が目の前にいて、貴女だけじゃない、仲間の命をも脅かしているのに、それでも戦いを避けるというの? この期に及んで平和主義を気取るなんて、それはもはや優しさでも気高さでもないわ。不覚悟よ」

 葉隠を教科書にしている姫騎士学園の価値観では、たしかにそうなってしまう。

「世が世なら切腹ものザマス」

 白鷺先生が会話に加わった。

「そう、弥彦嶺鈴のように」

 いつの間にか彼女の呼び出した補助教官と学校医が、お腹を串刺しの嶺鈴の処置を始めている。

「とはいえ今は江戸時代ではなく令和の姫騎士学園。騎士道不覚悟は校則違反で済むザマスが……」

 にやにや笑いを浮かべると、

「明確な罰則は決まっていなぁい。ようはアタクシの裁量次第。退学措置、なんてのもありえるということザマス」

 それ即ち、姫騎士としての死である。

「弥彦嶺鈴は腸を貫かれ、真理谷夕子はお股をぶち抜かれる。キャットファイトの結果としては実に愉快なオチザマスぶへへへへ」

 先生が下卑た喩えで夕子を脅す。卍姫が赤らんで、芽亜がげんなり顔をした。霧子の目が見開いたのを見るに、先生の後押しは嶺鈴の場合と違って示し合わせてのことではなさそうである。


 霧子は暫しの瞑目の後、ポケットから手袋を取り出して、投げた。

「拾いなさい」

 投げ慣れていないのか夕子の足元付近より、かなり手前にぽすんと落ちた。

 白鷺先生の言及があった以上、己の名誉と貞操を守るため、もはや決闘は避けられない。こちらも投げ返すべきである。しかしすぐにはできなかった。手袋の持ち合わせがないのである。どうせ決闘申し込みにしか使わないのだからと、夕子は手袋を片手分しか携帯していなかった。日に二度も決闘を申し込む羽目になるとは思いもよらなかった。澄ました表情を保ったまま数十秒間途方に暮れた末、嶺鈴の手袋を投げた。先程の決闘の際に、嶺鈴との交換で受け取ったものである。

 お互いに手袋を拾い、元の立ち位置に戻る。霧子の手袋は微かに丁子の香りがした。刀を手入れするときの匂いであり、夕子としても嫌いではない。

 霧子は手袋に付いた弥彦嶺鈴の名札タグを見て、

「……なるほど、リンの敵討ちというわけね。望むところよ」

 と、何やら勘違いした様子である。まあ夕子としてもそういった気持ちはなくもないので訂正はしなかった。

「ではやりましょうか」

 夕子は刺さった剣の柄を掴み、ほんの微かに踵を浮かせた。初手は剣と見せかけての無手である。開始とともに接近して浮遊剣の奇襲を封じ、体術で畳みかけるという戦術である。少なからず消耗はしているが、実戦とはそういうものだと割り切った。

「待ちなさい。まだ早い」

 無造作に戦闘を始めようとする夕子を、霧子が垂れた袖を突き出して制止した。

「私は万全の貴女と仕合いたい。それにせっかくの決闘なら、賭けるものがあったほうが良いでしょう」

「どちらが強いか、その証明と納得だけではいけないのかしら」

「尚の事よ。学年最強とはすなわち筆頭。そう、筆頭の座を賭けて、貴女と私が決闘する、筆頭決定戦よ。先生!」

「よろしい。お山の大将争い、了承したザマス」

 ぎょっとさせられる。筆頭の地位に興味がなく遠慮したいというばかりではない。夕子の心情がどうこう以前に、そもそも自分が同級生全員にお姉さまと呼ばれるなど、あってはならないことである。なんせ自分の正体は真理谷夕太郎という男性である。女装した男がうら若き乙女らの代表者面するなど、様々な意味で悪質に過ぎる。

「手袋を拾い合った以上双方承知と見做すザマス」

 あれよあれよという間であった。

「筆頭決定戦のデュエルオフィサーは学長ザマス。以後はあのお方の指示に従うように……と、返信が来たので読み上げるザマス」

 先生のスマートフォンの文面によれば、日時は翌日、場所はコロシアム、直接見学者はクラス全員(停学中の伽羅迦楼羅は除く)と、大々的にやるそうである。

 筆頭になって良いのかどうかは皮算用に過ぎないが、もはや辞退は許されなかった。夕子は筆頭の座を賭けて、霧子と戦うことになった。

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