第003話

「はぁ……こんなんじゃ、彼女なんかできるわけないよな」


 

 俺は実家のある名古屋の高校を卒業して、東京の某「偏差値の高くない」大学へ進学した。


 いわゆるFラン大学というやつだ。


 悲しいことに、俺はまったくモテなかった。


 合コンも何回か参加したが、女の子といい雰囲気になったことなど一度もない。


 俺は大学時代に酔った仲間と行ってきた風俗を除いては、女性経験は皆無。


 いわゆる「素人童貞」だ。


 我ながら悲しい人生を送っていると思う。



「卒業して社会人になったら、もう少し出会いとかあると思ってたんだけどなぁ」


 俺の場合、確かにヒマはある。


 しかし先立つ物がない。


 出会いもなければ、デートしてドライブして食事に行って、プレゼントを買って旅行に行って……そんな経済的余裕がどこにあるんだ?


「こんな状態で、この国の出生率なんて上がるわけないだろ。日本、クソだな」


 全くピントはずれの悪態を口にしながら、俺は今日も「リョウジ」の動画を見ながら発泡酒を飲む。


 そして食事のあとまた他の動画を見て、翌日に備えてベッドに入った。


 ところが……いつもと変わらない毎日にちょっとした変化が生じたのは、翌日のことだった。



 ◆◆◆



 翌朝、俺はいつも通りにアパートを出て駅に向かう。


 俺のアパートから会社まではDoor to Doorで約30分。


 いつもの時間の、いつもの電車がホームへ入ってくる。


 俺はいつもの乗り場から、混み合う車内へ他の乗客と一緒になだれ込んだ。


 俺は混み合う車内から、何気なくドアからの景色を眺めていた。


 大きな乳酸菌飲料の看板が見えた。


 そしてそのとなりには、消費者金融の会社の看板があった。


 こうしてみると、街中には大きな宣伝広告の看板が溢れかえっているんだな……あの看板を出すのに、どれくらいの広告費用がかかるんだろう。


 そんなことを考えながら、俺は視線をドアの横の方へ移した。


 するとドアの横の手すりの脇に……一人の女子高生が立っていた。



 ダークブラウンの手入れの行き届いたミディアムヘア。


 くっきりとした二重まぶたの可愛いらしい目元。


 綺麗で小ぶりな鼻に、形が整ったピンク色の薄めの唇。


 濃紺のブレザー制服は清潔感に溢れ、胸元のブルー柄のリボンがアクセントになっている。



 俺が今まで会ったことがないような、超絶美少女だった。


 うわっ、めっちゃ可愛いな……芸能人か、モデルか何かか?


 俺はステルスモードで、もう一度彼女を見た。


 彼女は軽く下を向いていたが……こんなに可愛い子は、それこそテレビや動画の中のアイドルグループとかでしか、俺は見たことがない。


 しかし……俺の視線を感じたのかどうかわからないが、彼女は手すりの方へ体の向きを変えてしまった。


 うわー、顔が見らんねぇ……俺の視線に気づいたとか?


 いや、俺のステルスモードは完璧だったはず。


 俺は彼女の後ろ姿を、ステルスモードを解除してガン見する。


 ちょっと我ながら気持ちが悪いが……。


 ツヤツヤのブラウンヘアーに、細身で華奢な体躯。


 制服のブレザーとスカートは……


「ん?」


 俺は違和感を感じた。


 彼女のチェックの制服スカートに……隣の男の手の甲が軽く触れているのだ。


 俺は気になりだして、それから注意して見ていた。


 男の手の甲は不自然に、彼女のスカートの周辺を動いていた。


 少し離れては、またスカートに触れた。


 彼女はドア横の角に立っているので、そこから動くことができない。


 俺はさらに注意して見ていると……今度は男の手は手のひらで彼女のスカートに触れだした。


 おい! それは完全にアウトだろ!


 どうやら彼女も気づいたらしい。


 カバンを自分の後ろに回して、防御を試みている。


 彼女の横顔が少し見えるようになったが、明らかに困惑の色を浮かべている。


 それでも声を上げようとはしていない。


 男の手はさらにエスカレートしていった。


 カバンを押しのけ、その手のひらは彼女の小さなお尻にしっかりと触れている。


 てめえ! ふざけんじゃねーぞ!


 男の手は留まることをしらなかった。


 今度は彼女のスカートの下へ侵入しようとする。



 俺は我慢の限界だった。



 前にいた乗客を一人押しのけ、彼女のスカートの中へ侵入しようとするその手を、俺は右手でグッと掴んだ。



 おいふざけんなよ!


 こんなに可憐な女子高生に、なんてことすんだ!


 そう叫ぼうとしたその瞬間……その右手首に激しい痛みが走った。



「いてててっ!」



 次の瞬間、俺の右手首が物凄い力でひねり上げられた。


 俺は激痛のあまり、その痴漢野郎の手を離してしまう。


 俺の右手首の激痛の原因……それは、被害者である美少女高校生が俺の右手首を掴んで、ひねり上げていたからだった。


 そして彼女は俺の右手首をひねり上げたまま、自分の肩の高さまで持ち上げると……



「こ、この人、痴漢です!!」


「へっ?」



 その超絶美少女高校生が声高らかにそう宣言したと同時に、駅に着いた電車のドアがプシューッと音を立てて開いた。



「なにっ! 痴漢だと?」


「こいつだな!」


「駅員を呼べ!」


「駅長室に連れて行くぞ!」


「警察を呼べ!」


「こんなに可愛い女子高生のお尻を触ったのはこの手か!? この手なのか!?」


「はいはい、動画撮影。あ、ライブ配信の方がいいな」



 俺はあっという間に電車の外に引きずり出されて、それから5-6名の男の乗客に取り囲まれてしまった。


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