第004話
「お、おいおいっ! ちょっと待ってくれ! 痴漢は俺じゃねぇ!」
「痴漢をはたらいたヤツは、皆そう言うんだよ!」
「だから俺じゃねぇって! 俺はあの女の子に痴漢をはたらいたヤツを捕まえようと思ってだな」
マズいな。
完全に包囲されてしまっている。
「そもそも疑われるようなことをする方が悪い!『疑わしきは罰す』という法原則を知らないのか?」
「そうだそうだ! 推定死刑だ!」
日本は法治国家ではなくなっていた。
騒ぎを聞きつけた駅員さんがすぐにやって来て、「どうしました?」と問いかけてきた。
すると周りにいた5-6人の乗客が、一斉に俺を痴漢野郎に仕立て上げ始めた。
俺は必死で反論する。
俺じゃない、俺はやってないと言う一方で、「うわ……これ、終わったか?」と焦りとも諦めともつかない感情が芽生える。
「痴漢だ!」「やってねえ!」という押し問答を続けていると……
「あ、あのっ!」
ソプラノがかった綺麗な声が、俺たちの後ろからはっきりと聞こえた。
駅員さんも含めて、俺たち全員が振り返る。
こんな状況なのに「うわぁ、声までかわええ……」と、俺はそんな呑気なことを思った。
「あのっ、すいません! その人、違いますっ! 痴漢じゃないですっ!」
濃紺のブレザー制服を着た超絶美少女が、はっきりと大きな声でそう言った。
「いや、コイツが痴漢だよ」
「そうだよ。目つきも悪いし」
「いかにも痴漢です、って顔してるよ」
「こういうヤツは放っておくと、また犯罪を犯すんだよ?」
「欲求不満そうな顔してるじゃん。こいつ絶対、素人童貞だよ」
エスパーが一人いた。
「ち、違うんです。私もその……痴漢をしてきた人をチラッと見たんですけど、黒のパーカーを着た人だったんです。この人じゃありません!」
彼女は顔を赤らめながら、必死にそう説明してくれた。
俺は……正直、感動していた。
確かに俺はやってない。
でも彼女だって、何も言わず立ち去ることだってできたはずだ。
でもこうやって俺のために、その場に残って冤罪弁護をしてくれている。
責任感の強い女の子だな……そんなことを思っていた。
「彼じゃないことは、確かなんですね」
「はい。それは確かです」
駅員さんからの問いかけに、彼女はしっかりとそう答えた。
「わかりました。被害者の方がそう言われているかぎり、この件はもう終わりです。他の乗客の皆様の迷惑にもなります。速やかに移動していただけますか?」
駅員さんがそう言うと、いままで俺を痴漢に仕立て上げようとしていた乗客たちもすぐに立ち去っていなくなってしまった。
俺は駅のホームにひとりポツンと取り残された。
俺は……一言お礼が言いたくて、美少女高校生を探した。
しかし彼女の姿は、もうどこにもなかった。
「さっき来た電車に、乗って行ったんだろうな」
俺はさっきまでの彼女の表情を思い出す。
あのとき電車の中で、俺の手を掴み上げたときの彼女は
彼女はあのとき既に「あ、この人じゃない」ということが分かっていたんだろう。
ドアの横に立ってすました彼女の顔も。
怒った顔も。
「あれっ?」という表情も。
駅員さんに一生懸命説明してくれていた時の顔も。
その美少女の表情の全てが、俺の心の中に深く刺さってしまっていた。
「……うわっ、やっべ! 遅刻する!」
俺は次に来た電車に飛び乗った。
そして……俺は車内で両手をずっと上に挙げていた。
◆◆◆
駅から会社までダッシュで向かい、俺は始業30秒前に自分のデスクに滑り込んだ。
槙原さんが黒縁メガネを上げながら俺のことを一瞥したが、何も言われなかった。
俺は仕事中、何度もあの超絶美少女のことを思い出す。
本当に可愛かったなぁ……。
一方で社会人4年目にして、高校生が可愛いとか言ってる自分ってどうよ? という葛藤もあったりした。
我ながら、ちょっと気持ち悪いかも……。
でも可愛いものは可愛い。
可愛いは正義!
それに……誰にも迷惑をかけるわけじゃないだろ?
「あー……もう会うこともないんだろうな……」
定時の5時15分を過ぎたところで、俺はデスクに座ったままそう呟いていた。
今日はこれから予定があるので、俺はまだ自分の席に座って待っていた。
しばらくすると……
「暁斗、お待たせ」
「行きましょうか、暁斗先輩」
大柄な男と小柄な女子のコンビが、こちらへやって来た。
大柄な男は俺と同期入社の
巨漢の男で身長188cm、体重は95キロらしい。
沖縄出身で、大学時代はラグビー部の副主将でポジションはプロップ。
裏表のない、いいヤツなんだが、とにかく声がデカい。
対照的に小柄な女子は、
髪の毛をいつもポニーテールかサイドテールにしている小動物系の印象の可愛らしい女子だ。
菜々世は短大卒の入社3年目、会社では俺と大悟の1年後輩だ。
そして菜々世と大悟はお隣の財務課で、俺のデスクから見渡せば二人ともすぐに見える距離にいる。
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