第002話
「毎日作って、偉いわね。私なんて、ずーっと外食だもの」
「課長、お忙しいですからね。今日はコンビニ弁当ですか?」
「そうなの。午後早く出かけないといけないから、時間がなくって」
岩瀬課長はそう言って手に持ったコンビニの袋をひょいと掲げると、俺の正面に座った。
うちの部署は財務経理部で、財務課と経理課に分かれている。
ちなみに係長はいないので、岩瀬課長が俺の直属の上司になる。
課長がコンビニ袋から弁当を取り出すと同時に、俺も弁当箱のふたをあける。
「うわー、美味しそうね。それは……鶏肉?」
「はい。鶏肉の煮込み料理ですね」
「家庭的ねー……野菜も入ってるし、栄養バランスがとれてるわ」
「一応考えるようにはしてますよ。課長は……炭水化物が多いっすね」
課長のコンビニ弁当は、焼きそばとチャーハンのセットだった。
「もうそれ言わないでよ。最近体重が増えちゃってさ」
「それは全然気にしなくてもいいんじゃないですかね? 課長スタイルいいですし……あ、これ、セクハラっすか?」
「んー、ギリセーフ。まあ褒めてくれてるわけだしね……でも他の女子社員には言わないほうがいいわよ」
そういう岩瀬課長は、実はスタイル抜群だ。
豊満な胸を武器に、ボン・キュッ・ボンのグラマラス体型で、社内でも注目を集めている。
正面に座った俺は課長が少し前かがみになる時に、少し開いた襟元からチラッとのぞく白のレースのブラをステルスモードでガン見する。
眼福だ。白米が進む。
岩瀬課長は外資系金融機関からの転職組だ。
この会社に入って3年目で、俺が入社1年目の途中に経理課にやってきた。
とても優秀な人で、仕事はできるし対人能力、管理能力、ITスキル等々、全てに秀でていて、隙がない。
歳はたしか……33か34か?
独身なのが不思議なくらいの美貌の持ち主だ。
本人いわく、「仕事をしすぎて、恋愛とかする時間がなかった」とのことらしいが、今社内で課長のことを狙っている男どもがたくさんいることを、俺は知っている。
俺は1年目から、岩瀬課長には結構可愛がってもらっていると思っている。
まあ出来の悪い部下ほど可愛い、ということなのかもしれない。
自分で言うことではないが。
「山中君、そっちの箱は何?」
コンビニ弁当を食べ終えた課長が、俺の手作りデザートを指さした。
「こっちはデザートです。チーズケーキっすね」
「え? もしかして自分で作ったの?」
「ええ。って言っても、炊飯器で作ったんですよ」
「ええ?! 炊飯器でチーズケーキとか焼けるの?」
「はい。簡単っすよ」
それこそ材料を混ぜて、スイッチポンだ。
課長の視線が俺のチーズケーキにロックオンされた。よっぽど興味があるらしい。
「あの……食べますか?」
「いいの?」
「はい。1回作ると炊飯器サイズですから、食べきれないんですよ。家の冷蔵庫にまだたくさんありますから」
俺はそう言って、チーズケーキを容器ごと課長の前に置いた。
「うわー、嬉しい! 私、チーズケーキ大好きなんだ。半分でいいからもらえる?」
「いや、全部食べちゃって下さい」
「ダメダメ。炭水化物の上に糖質までたくさん取ったら、それこそ大変だよ」
課長はそう言って、容器を開けてチーズケーキを半分切って、コンビニ弁当のふたの上に置いた。
俺が戻された半分のチーズケーキを食べ始めると、正面から小さな歓声が聞こえる。
「んーー!! 美味しい! これ、売ってるのと遜色ないわね。山中君、あとでレシピ教えてくれる?」
「了解っす。リンク送りますよ」
そんなやり取りをしていると……周りにいた数名の男子社員からの視線が痛い。
岩瀬課長の人気ぶりは健在だ。
俺はちょっとした優越感に浸ってお茶を飲みながら、頭の中で午後の予定を確認した。
幸い今日はそれほど忙しくない。
◆◆◆
午後の仕事も無事終了。
定時の5時15分に俺は帰り支度をする。
月末を除いては、この会社は残業がほとんどない。
平均すると、多分月間10時間あるかないかだ。
ただし、課長以上の管理職はバリバリ残業している。
そして基本的に、残業手当がつかない。
まあその分年収が高めなのかもしれないが。
ただ残業がないのはいいのだが……その分給料が安い。
同業他社の平均と比較しても、うちの会社の給料は低いのだ。
本当はもっと飲みに行ったり遊びに行ったりしたいのだが……一人暮らしで家賃と水道光熱費、食費やら雑費やらの出費の後は、手元にはあまり残らない。
たまに外食もするが、高い寿司屋とかはとてもじゃないが行けない。
B級グルメを巡るのが関の山だ。
なんとか借金せずに生活をするようにしているが、家電とかちょっと大きな買い物をしたときはボーナス払いをすることもある。
そのボーナスでさえ、昨今の不景気でどんどん減る一方だ。
生活は縮小均衡で、ますます家に閉じこもって自炊して、動画を見るぐらいしか楽しみがない。
だから俺としては、もう少し残業したいというのが本音だ。
本当は何か副業ができるといいのだが……。
一応資格試験の勉強とかも少しやっているので、なかなかいろんなことを器用にこなすことは俺にはできない。
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